ゲ
勢いって大事!!
謁見の間には、縛り上げられたおっさん達と、縛り上げた魔族さん達がいるけれど、いった誰が魔王様なんでしょう?
ん?でも今、投げちゃダメって聞こえた様な?投げる?投げる?えっと、投げられたらしき人が見当たらないんですけど、何処ですか?
そう思って、辺りを見回す前に・・・美女さんが、私の足元に跪いていた。
「大丈夫ですか魔王様。」
え?私、魔王様じゃないですよ?
「大丈夫だ。これしきの事で怪我をする訳がないだろう。」
・・・ん?重歯目さんから、低くて渋い男性の声が聞こえた様な??
「ですが・・・。」
あれ?この流れって、もしかして・・・
「重歯目さん・・・喋れたりしますか?」
私の足元で、美女さんに跪かれている重歯目さんがゆっくりと私を見上げます。
つぶらな瞳と、ふわふわの毛、長く伸びたお耳。可愛い。こんな可愛い生物が喋れるのは、素敵だと思います。
それに、見た目に反してその声が低く心地良く響く声なのも良いです。良いのですが・・・
「聞くところは、そこなのか?」
普通ならば『まっまさか、貴方が魔王なの?』なんて、驚くところなんでしょうけど、そんな事、どうでも良いんですよ。
「何で今まで喋れるって言ってくれなかったんですかあああぁぁぁ!!!」
ただの兎さんだと思っていたので、愚痴を散々言いました。元の世界の話もしました。それに、男性の好みとか、恥ずかしい妄想話とか・・・だああああぁぁぁ
誰か、誰でも良いので、この兎さんの記憶を消して下さい!!お願いします!!
「召喚された聖女がどんな者なのか知る必要があったからな。」
「それにしても、1年ですよ。1年!!そんなに必要ありますか??ほぼ毎日会ってましたよね?こんな、騙すみたいな事しなくても。ううぅぅ・・・重歯目さんなんて、大っ嫌いだああぁぁぁぁ。」
力が抜け、床にへたり込んだ私の顔は、羞恥心で顔が真っ赤に染まり、目からは大粒の涙が溢れ落ちる。
「俺は、聖女が好きだぞ。」
「兎に好きって言われても嬉しくないんですよ。」
「兎でなければ良いのか?」
兎は兎でしょ?その言い方だと、他の何かに・・・・
・・・・
あああぁぁぁぁなっちゃったよおおぉぉぉぉぉぉ!!!
床にヘタリ込む私の前、丁度 重歯目さんが居た辺りに、今は男性が一人しゃがんだ状態で私の顔を眺めています。
真っ黒い短髪に、真っ黒い瞳。褐色の肌は、彫刻の様に鍛え上げられ、均衡の取れた肉体を彩っている。そして、何より顔が良い!勇者様の顔は好みではあるけれど、重歯目さんの顔は、ずっと眺めていたい。好みかどうかなんて飛び越えているほどの・・・美形
私は、静かに拳を握ると、全力でその拳を美形の顔面に叩き込みました。
私は、悪くない。
絶対に悪くない。
「何で、全裸なんですかあああああぁぁぁぁ。」
美形に、私の趣味とか、秘密とか、妄想とか、色々聞かれたのは恥ずかしい。恥ずかしいけれど、突然男の全裸を見せられるほどのパニックではない。大切な所は、しゃがんでいるお陰でかろうじて隠れているけれど、全裸は全裸だ。均衡の取れた肉体だから、むしろ見られてラッキーなんて思えない・・・ちょっと思ったけれど。
圧倒的になんて物、見せてくれてんだああぁぁぁ
って、気分です。恥ずかしいやら、恥ずかしいやら、暴れたいやら、地面に埋められたいやら・・・
とにかく、『あああぁぁぁぁぁぁぁ』って叫びたい気分です。
それに腹が立つのが、重歯目さん、私の拳を避けましたよ。まあね、分かってましたよ、私の拳なんて当たるわけがないって。でもね、避けられると腹が立つんですよ。
「兎が服を着てたら変だろ?」
「全裸でいる方が変でしょ!!」
「こちらの姿に戻る予定ではなかったのだから、仕方がないだろう。」
「なら兎のままでいれば良かったじゃないですか!!」
「兎に言われても嬉しくないと言ったのは、聖女だろう。あぁ、そうか・・・好きだぞ。」
「ちがあああぁぁぁう!!色々違う。人前で、全裸の男性にも言われても、嬉しくないんです。」
「そうか、人がいない所なら良いのか?」
「だから、違うってえええぇぇ!!服着ようよ、服!!!他の魔族さん達は、服着てるでしょ。重歯目さんも、服着ましょうよ。」
「ふむ、仕方がない。」
そう言いながら重歯目さんは、パチンと指を鳴らしました。
すると、どうでしょう。真っ黒な布が現れ、シュルシュルと重歯目さんの身体に巻き付いたではありませんか・・・・下半身だけ・・・
何なんですか?風呂上がりですか?何故上半身を隠さない!
「好きだぞ。」
すっごい美形が、すっごい良い笑顔で、好きだと言ってくれる。
それなのに何故だろう。全く心が動かない。むしろ腹が立つ。
「お断りします。」
「何故だ!!」
「1年間も、ただの兎だと思っていた相手が突然人の姿になったからって、好きになる訳ないでしょう。それに、そもそも価値観が合わなそうなので、無理です。」
「価値観など、ゆっくりとこれから擦り合わせていけば良いだろう。それに、俺の顔は聖女の好みだろう?この腹筋を見てくれ!聖女好みの肉体美だろう。」
「ック・・・。」
確かに、今の重歯目さんの顔と体型・・・好き。
しかし、騙されてはいけない。大切なのは、外見より中身です。
それに、何故かここで受け入れてはいけない気がするんです。
「あの、重歯目さん。」
「デルギルデだ。」
「は?」
「俺の名前。」
上から読んでも、下から呼んでも、デルギルデ〜
読みませんよ。呼びませんよ。
「そうですか、重歯目さん。」
「俺の名前を呼んでくれ・・・聖女。」
「デル・・・嫌です。」
「何故だ!!!今、言いかけただろう。」
私は、もう一度拳を強く握り込むと、その顔面に向けて拳を叩き込みました。
まあ、当たらないんですけどね。
「今、私の名前を呼ぶ前に、すっごい小声で呪文、唱えましたよね。それ、魔族が使う婚姻の呪文ですよね?相手の魂を縛る呪文ですよね?」
「なっ何故知っている。」
「何故って、重歯目さんが持って来た『人と魔族、文化の違い。』って本に書いてありましたよ。魔族は、婚姻の時、呪文を唱え、相手の名を呼び、相手が名前を呼んでくれれば婚姻が成立する。その為、魔族の名前を不用意に呼ぶと、うっかり騙されて結婚させられる事があるので注意しましょう。って!」
「何故だ!この世界の文字は、読めないはずだろう。」
「・・・ええ、この世界の言葉は読めません。ですが!!あの本には、私が元いた世界の文字で訳が書かれていましたからね!」
全部の本ではないですが、半分以上の本に訳が書かれていましたよ。
お陰で、この世界の文字も少しは読める様になりました。
しかし、今はそんな事、どうでも良いんですよ。
勝手に結婚させようとする重歯目さん・・・どうしてくれようか?
「ッチ、先代魔王め、余計な事を。」
え?もしかして、訳を書いてくれてたの先代魔王様ですか?
ありがとう、先代魔王様。本当に、ありがとう。
「しかし、何が不満だと言うんだ。顔良し、肉体良し、魔力も金もあって、性格も良い。寂しいと涙している時はそっと寄り添い、愚痴を言いたい時には静かに話を聞き、欲しいものは何でも用意してくれる。聖女の理想の男そのままだろう。それによく、重歯目さんが恋人だったら良かったのにって、言ってくれていただろう。」
「ソウデスネ、ですが私が知っている重歯目さんは、男性ではなく雄でしたけどね!」
「どちらも俺なのだから問題無いだろう?」
「大ありですよ。それでは、もしも私の本当の姿が、強烈な異臭を放つ巨大な怪物だったとしても、同じ私だから問題無いと言えますか?」
「そうだったのか。しかし、何も心配する必要はない。大きさなど俺がいくらでも変えてやる。まあ、一先ず一緒に風呂だな!!異臭など、我が国の石鹸を使えば消えるはずだ。さあ行こう、俺が隅々まで洗ってやる。」
そう言いながら、私の手を掴み、目をキラキラと輝かせている半裸の男。
「ちがあああぁぁぁうぅぅぅ!!!例えば話です!例えばの話です。」
「違うのか?俺としてはどちらでも良いのだが?」
キョトンとした顔をしている重歯目さんからは、嘘を言っている雰囲気は微塵も無い。多分本気で言っているのだろう事は分かるけれど。よく考えたら、そもそも何故自分の姿を偽ってまで私に近づき、騙してまで結婚しようとするのだろう。
この1年間、重歯目さんと長い時間を過ごしたけれど、今日まで重歯目さんは一言も話さなかった。
私が一方的に話しかけ、自己完結し、抱きしめていただけだ。何処に私を好きになる要素があったのか分からない。
もしかしたら、何か勘違いをしているのかもしれない。
そう思い至って、落ち着く為に、大きく溜息を吐き出した。
「はぁ・・・・何故そこまで、私の事を気に入ってくださっているのですか?」
今の私の表情は、眉間に皺を寄せ、明らかに不機嫌に見える事だろう。
それなのに・・・それなのに・・・何で赤い顔して、モジモジしてるんですか?
何なんですか?変態さんなんですか?
いや、途中から変態さんかな?とは思っていたけれど、本当に変態さんだったんですか?
「・・・・ボソボソ・・・・」
「は?」
「・・・ボソボソボソボソ・・・」
「聞こえないんで、はっきり言ってください!」
すっごい小声で、全く聞き取れないんです。思わず大きな声で言ったら、重歯目さん、真っ赤な顔をして恥ずかしそうにしながら全力で
「初めて会った時に、俺の事を食べようとしたからだ!!」
と、叫んでくれましたよ。
ちなみに、重歯目さんが言った事は事実です。その時既に硬いパンとうっすいスープの毎日で、空腹の限界だったんです。そんな時に兎を見たから、うっかり昔祖父が『兎の肉は美味い。』って言っていたのを思い出して、かなり本気で食べようとしたんです。途中から食料を持って来てくれたので、食べませんでしたけど、最初の頃は、割と本気で罠とか作ってました。
だから『食べようとした』で、間違いありません。
しかし!!
腰に布を巻いただけの美形の男が、顔どころか全身を真っ赤に染め、好きになった理由が『俺の事を食べようとしから』だと言ったなら、どうだろう・・・・
勘違いされるでしょうがああああぁぁぁ!!!!
「あらら、聖女って大人しそうに見えて意外と・・・。」
「良い。俺すっごい好みだ。」
「食おうとしたのに、断っているの?何で?これで、食べ放題でしょ?」
「そもそも、魔王様が大人しく食われそうになってるって、聖女ってやるわね。」
そこの魔族達ニヤニヤしない!
何で縛られているおっさん達までニヤニヤしてるんですか!
違うから、皆んなが考えている様な事微塵も無いから。食欲の方だから。
思わず頭を抱え唸る私に、優しい声が聞こえてきました。勿論、重歯目さんではありません。
「聖女、気にするな。俺も彼女に初めて会った時、つい・・・。」
ついって何??違うから!!私、違うから。勇者さんの後ろに立っている美人さん、何で顔赤くして照れてるの。違うってば!!!
「さあどうする。魔王を食べようとし、魔王が好きだと言った女に手を出す様な、身の程知らずはそうそういない。いたとしても、俺が全力で叩き潰す。」
「態とかあああぁぁぁ。」
「態とだ!」
言い切るなあああぁぁぁ
「ううう・・・私の理想の恋がぁぁ・・・。」
「大丈夫だ。俺に恋をすれば良い。」
見た目とセリフは完璧なのに、何故だろう『はい』って言いたくない。
「それとも、俺が嫌いか?」
美形が悲しそうな顔をしないでください。
罪悪感が・・・
「嫌い・・・では・・ないと思う・・・」
顔と体型は!
性格は今のところ、ごめんなさいです。
総合して、嫌いでは無いと思います。
「うむ、そう言えば、魔王国にはこんなことわざがあってな『押して駄目なら引いてみろ。引いて駄目なら脅してみろ。』だから、聖女の恥ずかしい話を・・・・。」
恥ずかしい話?
ええ、ええ、いっぱい知ってるでしょうね。私が話しましたからね『内緒だからね、重歯目さんだから話すんですよ。』と言って、色々・・・本当に色々と話しました。
これぞ正しく、自分で自分の首を絞めるって事ですね!!
「いやあああぁぁぁ分かった!分かったから!!一先ず友達からでお願いします!!」
「友達? 恋・・・。」
「そんなに急には無理です。さっきまで兎だと思ってたんですよ。ここはゆっくり、ゆっくりでお願いします。」
「うむ、仕方がないか。しかし、他の男に近づく事は許さない。聖女はいずれ俺の妻となるのだからな。」
「私に拒否権は!」
「勿論あるぞ。ただ、悲しみに暮れた俺がうっかり口を滑らせる可能性もあるからな、気をつけろよ。」
「それって、拒否権が無いって言うんですよ。」
叫ぶ私とは対照的に、重歯目さんは楽しそうに笑っている。
これは、人生という名のレールに乗せ・・・縛り付けられた気がするんですが。絶対に逃れられないように、ぐるっぐる巻きにされた気がするんですが。
気のせいですよね。気のせいのはず。まだ逃げ道はあるはず。
「まっまあ、一生独身って手もありますからね。」
「そんな事は考えなくて良いぞ、聖女の好みは把握済みだ。ゆっくり、時間をかけて落としてやる。幸い見た目は、聖女の好みだからな。」
あああぁぁぁ・・・
そうですよね、言ったの私ですもんね!!
私・・・・踏み止まれますかね?
一つの国が滅び、世界の地図が書き替えられた日から2年。
上機嫌の魔王の隣には何時も、一人の女性が立っていた。
女性は時折、当たりもしないのに魔王へ拳を振り上げ、大声で怒鳴り、顔を真っ赤に染めながらも、愛おしそうに伸ばされた魔王の手を振り落とす事無く寄り添っていた。
その姿を国民達は生温かく見守り続け、更に3年の月日が流れた頃。女性の腕の中には、可愛らしい男の赤ん坊が心地良さそうに眠っていた。女性は、赤ん坊を愛おしそうに眺め、魔王は女性と赤ん坊を、眩しそうに眺めていた。
ただ、女性の怒鳴り声は変わらず、時折響いていたらしい。
あまりに短いので、後書きにオマケを入れておきました。
〜お・ま・け〜
「駄目だ。絶対駄目だ。」
淡い色に包まれた、広々とした部屋。その中心に置かれたベビーベットの前で、魔王は眉間に皺を寄せいていた。
「何でですか!私が産むんですから、私が名付けをしても良いでしょう。」
ベビーベットの中は、暖かく心地良さそうに整えられているが、まだそのベットで眠る主人はいない。
ベットの主人は、魔王の前にあるベビーベットを挟んだ反対側に立っている、聖女のお腹の中。
「はっきり言わせてもらうが、聖女の名付けセンスは皆無だ。」
「そんなわけがないでしょう。私は、両親に付けられた名前でとっても苦労したんですから。私は、この子の事を考えて、最高の名前をプレゼントするんです。」
「苦労とセンスは関係無いと思うぞ。だいたい、元の世界で改名しようとしていた名前も、かなり酷いかった。」
「どこがですか!千条 才女の何処が酷い名前なんですか!素晴らしい名前でしょう。」
「・・・本気か?才女だぞ。」
「勿論です。聖女は職業名みたいなものでしょう。才女は、私の目指す目標なんです。目標を名前にするなんて素晴らしいでしょう。」
「それなら、何で俺の名前は重歯目なんだ?」
「ずっと、只の兎だと思っていたんですから仕方がないでしょう。愛玩動物と自分の子供の名前は別問題です。」
「しかし、それにしても子供名前が『すっごい可愛い子』って何だ!目標でも何でもないだろう。」
「私の子が可愛くないと!」
「確かに可愛いだろうが、子供が成長した時にどうする気だ、子供の外見が筋肉の塊の様な屈強な子に育っても『すっごい可愛い子』と、呼ぶ気か?」
「当然です。それでも私の子はすっごい可愛いんです!」
「ならば、子供の子供・・つまり、孫が産まれた時はどうする気だ?子供が親に向かって『すっごい可愛い子』なんて言うのか?」
「それは・・・ややこしいですね。」
ようやく、『すっごい可愛い子』という名が変だと気づいた聖女は、小さく唸ると、新しい名前を口にしようとする。
「なら・・・。」
「ヴェルグエルだ。」
「は?」
「遠い異国で『すっごい可愛い子』はヴェルグエルと言う。遠い異国だから、知る者も少ないし、変に思われる事はないだろう。」
「ヴェルグエル、ヴェルグエル、ヴェルグエル・・・すっごく可愛い子・・・ヴェルグエル。良い!!!その名前にします!!」
ちなみにヴェルグエルは、どこの国の言葉でもなく、単なる名前である。
その事に聖女が気付くのは、何年も先の事。
そして、その話を聞いた息子は、涙を流して父であるデルギルデに感謝した。