賭けの行方 その2
「は?留学…?」
「そうだ」
あまりにも奈々枝がさらっというので、聞き間違いかとも思ったがそうではないようだ。
というか、留学?留学というのはあれだ、日本ではない海外で学ぶとかそういう。
「どこに?」
「フランスだな。とはいえ、そう長いものでもないし、留学というよりも語学研修というのに近いかな」
「ごがくけんしゅう」
藤堂の優秀な脳みそはパニックを起こしているらしい。奈々枝の言葉をうまく理解できない。
それでもとりあえず、今までのようには会えないのだ、ということを理解して何とか質問を紡ぐ。
「どのくらい行くの?」
「10月から後期が始まるからちょうど一か月といったところだ」
奈々枝の言葉に藤堂は少しだけほっとした。
ようやく自分の気持ちがはっきりしたのに、一年留学するとか言われたらどうすればいいのかわからないではないか。一か月、というのならまだ我慢できる、ような気がする。
「てか、奈々枝さんさ、国文学やってるんだよね?」
「まあ、そのようなものもやってるな」
「だったらなんで留学?そしてフランスを選んだ理由は?」
「国文学をやってるからといって留学しない理由にはならんだろう。日本を離れてみるなんてこと学生の方がしやすいし、フランスを選んだのは、たまたま、というかツテがあったからだな」
「ツテ?」
「そう。昨日有志がここに来たのもひとつはそれが理由でな。あいつ、今、フランスに留学してるんだ。それでどうせなら、ってことでな」
有志の名前が出てきたことに思わずむっとしてしまう。自分でもガキっぽいと思うのだけれど、そう思ってしまうのだから仕方がない。
「っていうか、そんな簡単に留学ってできるものなの?」
「語学研修だからな。正式な留学ならもっと面倒な手続きがあるらしいが、語学学校に入るのはそう大変なことではないよ。しかも有志がいるから彼に手続きはやらせればいいし。パスポートをとるのに少し時間がかかるくらいだな」
「へぇー。ってなんか違う!」
藤堂の突っ込みに奈々枝がちょっと驚いた顔をした。こういう顔は珍しいな、と藤堂は思いつつも話を続ける。
「あっさりしすぎだよ!留学ってもっとこう、さ、いろいろあるものじゃん。それに海外だよ?日本語通じないんだよ?そんななかでひきこもりたいとか言ってる奈々枝さん、生きていけんの?」
「それは行ってみないとわからないだろう」
大して憤慨した様子も見せずに答える奈々枝に藤堂は肩を落とした。
そうだ、奈々枝さんはこういう人だった、と。大人げないというか落ち着いているくせに考えが足りないというか。だから一緒にいて楽だったんだけど。
「でもさぁ」
なおも言葉を続けようとした藤堂を奈々枝が遮って、もう決まったことだから、と言う。
「もうやめます、とはいえない段階でな。飛行機のチケットもとったし、語学学校にも金を払ってしまったんだ。それにたった一か月だぞ?言葉がしゃべれなくてもボディランゲージはできるから大丈夫だ」
だからどうしてそう自信満々なんだよ、と藤堂は内心で突っ込むものの、声に出していう元気はすでにない。奈々枝と知り合ってから藤堂が奈々枝を振り回すこともなくはなかったが、たいていは奈々枝に藤堂が振り回されている気がする。
「ひきこもりはもういいわけ?」
「いいも悪いもないな。予定は常に未定。ひきこもりの野望は達成できなかったが、それはそれ。何の問題もない」
きっぱりと言い切る奈々枝を見て、ああ、この人、別にフランスでも問題なさそう、と藤堂は思う。フランスなんてパンがおいしそうなイメージくらいしかないけど。
と、そこではっと気づく。
フランス?
フランスといえば、愛の国!きっと金髪碧眼があふれていて、女性を口説くのだって慣れているに違いない。そんなとこに奈々枝さんを放り込むなんて、オオカミの群れに羊を放り込むのと同じこと。危険すぎる!
「駄目だよっ、語学研修はともかく、フランスなんてダメ!」
「なんで?」
「だって、フランスだよ?フランスといえば愛の国!日本人はちっちゃいからすぐナンパされるってこの間、テレビで言ってた!」
「どんなテレビを見てるんだ。それにフランスがダメならドイツはいいのか?」
「ドイツ、ドイツねぇ。あれでしょ、ドイツといえばビール。ビールといえば酔っ払い。酔っ払いに絡まれる奈々枝さん。だ、ダメ!ど、ドイツも危険すぎる!」
藤堂の言葉に奈々枝は思いっきりため息を吐いた。自分が高校生だったときも、こんな思考回路をしていただろうか?
「あのな、一つ訂正しておくが、ドイツでビールが好んで飲まれるのは主にミュンヘンあたりで、ドイツ全体がビールばかり飲んでいるわけじゃないぞ」
奈々枝さん、つっこむとこそこなんだ?(笑)