賭けの行方 その1
奈々枝はここにいない有志を心底恨んだ。あいつは、疫病神なのか。
藤堂の精一杯の告白らしきものに対し、奈々枝はどうこたえるべきか迷っていた。
本心を言っていいなら、ありえない、だ。
だって、なにせ高校生。一方奈々枝は一応成人した大学生だ。大学生と高校生ならアリじゃない?と思う人もいるかもしれない。だが、考えてみて欲しい。相手は高校生。そして奈々枝は大学生。高校生といえば本能まっしぐらな時期だ。奈々枝と有志が寝たのも高校時代。つまりは、そういうこと。奈々枝は面倒くさがりなので、押し倒されたらたぶん、抵抗しない。そこに情愛があるかどうかは別として。
問題は、要するに淫行条例とかにひっかかる可能性がある、ということなのだ。
この淫行条例とかいうやつはなかなかに曲者で、都道府県によって条例のなかみは異なるものの、二十歳以下と性行すれば速攻アウト、なんてとこもあったりする。そこに真摯な理由があろうがなかろうが問答無用、なのが怖いところだ。まあ、どの条例かにもよるけれど。
そうなったら大変面倒である。
淫行条例でしょっ引かれる可能性はそう高くはないだろうが、それでもその可能性があるのだから絶対逮捕されないということはない。そんなことになったら目も当てられない。
つまり、冗談じゃない、というのが奈々枝の本音なのである。
しかし、その一方で、うっかり言ってしまった感じなだけに、さきほどの言葉は藤堂の本音なのだろうと推察される。
その本音に対し、「面倒だ」と却下するのは、年上としていかがなものか、とも思うのだ。
本来、年上たる奈々枝は年下たる藤堂を教え導く存在であるはずで、彼を傷つけることは年上としてやってはならないことだと思うのだ。
つまり、面倒だという本音は間違いなく藤堂を傷つける。それは人として最悪だろう。
うーん、と奈々枝はしばし考えた。
そうして、一息吐いてから、慎重に言葉を吐き出した。
「藤堂が何を考えているのかまではわからんが。少なくともわたしが有志とそういう関係にあったのは高校時代の一部で、高校を卒業してからはそんなことないぞ?そういう関係がないのにいまだ連絡を取っているのは、従兄だというのと、あとは有志とわたしは同じ高校だったせいで、共通の知人というのが存外多くてな、それでまあ連絡を取り合うことがあるだけで」
だから、有志の代わりとか言われても困る、と奈々枝にしてははっきりしない口調で答えた。
藤堂は奈々枝の言葉にどうしたらいいのかわからず、下手すると泣きそうでもある。藤堂は自分の口から出た言葉に驚いてはいたものの、それが本心だと、奈々枝の特別になりたいのだと、すとん、と理解していた。
しばしの沈黙が二人の間に流れる。
藤堂は深呼吸を何度か繰り返した。
自分がらしくもなく焦っているのにはさっきから気が付いている。焦っていては、奈々枝さんに対抗できないとわかっていたはずなのに、やはり自分はまだ未熟なのだ。しかし、未熟だからとその地位に甘んじていては奈々枝の特別には到底なれないだろう、ということもまた彼は自覚していた。
「じゃあ今すぐじゃなくてもいいから、これからそういう対象に見て」
まっすぐ奈々枝を見て、そう言い放つ。奈々枝には真正面から切り込んだ方が得策だと長くはない付き合いのなかですでに藤堂はわかっていた。
これにため息を吐きそうになったのは奈々枝だ。
どうしてそうなる、というのが奈々枝の心境。
「えーと、藤堂は今、混乱しているんじゃないかと思うんだ。だから日を改めてまた考えなさい」
「それは僕の気持ちが勘違い、って奈々枝さんは思ってるってこと?」
「そうじゃない。その可能性も否定できなくはないが、少なくとも藤堂はわたしにわたし自身の交友関係があるとはあまり実感していなかったんじゃないか、と思ってな。それを目の当たりにして混乱する、というのはあるだろう?とくにわたしはひきこもりなわけだし。いつも藤堂が課外が終わってここに来たら、わたしはいたわけだから、わたしの世界がここしかないと見えても仕方がないんじゃないか、とな」
「そんなこと」
「ない、と言い切れるか?」
「もちろん」
「とにもかくも、わたしは今、そういう相手を募集していないし、特に必要だとも感じない。だから藤堂の気持ちが本当であってもわたしはそれに応じることはできないよ。戯れに体を重ねることはできても事態を悪化させるだけだと学んだんでな」
「だけど、これからはわからないじゃないかっ」
「そうだな、藤堂の言うことにも一理ある。未来は誰にもわからないな」
「だったら」
「それでも、だ。それに藤堂には前、わたしは9月まで夏休みでその間中引きこもっているつもりだ、と言ったな?」
「うん」
「予定が変わった。夏休みは大学の公式なスケジュールだから変わらんが、わたしのひきこもりは8月までで終わりだ。そのあと、ちょっくら留学してくる」




