高校生の爆発
「で、なんでお前はそんなに落ち込んでんの?」
「ほっとけ」
青少年に悩みはつきものなのです。
+ + +
藤堂は急いでいた。
それこそチャイムと同時に教室を飛び出し、誰より早く靴箱にたどり着き、あとはひたすら奈々枝の家を目指す。藤堂の走りを運動部の誰かが見ていたならば、スカウトされたかもしれない。それくらい素晴らしい走りだった。
「奈々枝さんっ」
ドアの呼び鈴を連打し、ドアをごんごん、と叩いたところで、聞こえてると言いつつ、奈々枝が顔を出した。
「わかっているから、少し落ち着け。今日のアイスティーは珍しくフレーバーティーだぞ」
「そんなことより」
「そんなことではないわ。馬鹿者。話は逃げんのだから、まずは落ち着け。今日のな、フレーバーティーはなかなか珍しいものでな、知人がわざわざ持ってきてくれた貴重なものだぞ?それをふるまってやるというのだから、むしろ感謝してもらってもいいくらいだ」
確かにのどは乾いていたし、冷静になる必要があると思った藤堂は、アイスティーを一口含む。さすが興味のあることにはまっしぐらな奈々枝が貴重だというだけあって、美味しい。
藤堂がアイスティーを飲み、落ち着いたのがわかったのか、奈々枝が、まず何から話そうか、と言った。
「本来であれば、わたしから説明するのがいちばんいいのだろうが。藤堂が何を聞きたいと思ってるのかわたしにはわからないので、できれば藤堂が質問して、それにわたしが答えるという形をとるのはどうかな」
藤堂はこくりと頷く。そうして、アイスティーをまた口に含んでから質問を切り出した。
「昨日来てた柏崎さんは一体なんの用事だったの?」
「また難しいことを聞くな。なんといえばいいのか。昔話にケリをつけにきた、という感じかな。あの男はな、わたしより一つ年上なんだが、これがまたうじうじした後ろ暗いところがあって。一人じゃ決心できないっていうんでわたしが背中を押したんだよ」
「奈々枝さんが昨日、外出する予定だったのは、柏崎さんのため?」
「まあ、そうともいえるし、わたし自身のためともいえるな。わたしはずいぶん、あの男を甘やかしてきたと反省していてな、有志との関係をはっきりさせるという点においてはわたし自身のためでもある」
「甘やかしていた?」
「ああ。詳細を語ると他人のプライバシーにひっかかるからこれ以上のことは言えないがな」
「柏崎さんは奈々枝さんにとって特別なの?」
「従兄だからな」
「従兄以外の関係ではなかった?」
「質問の意図がわからん。従兄は従兄でそれ以外はないだろう?」
心底不思議そうに聞く奈々枝に、何と答えればよいものか、と藤堂は頭をめぐらせる。
昨日、藤堂が見た二人はとても仲が良さそうだった。いくら年が近い従兄だからといって、あんなに仲が良いものだろうか、と思うのだ。
事実、藤堂には同い年のいとこがいるものの、彼とは仲が悪いわけではないが、仲が良いというほどでもない。お互い、正月や盆に会えば話すものの、とりたてて普段から連絡を取ったり、ということはしない。だから奈々枝が言っていることが正しいのかいまいち判断がつかないのだ。
この時点で、藤堂は痛恨のミスをしていたのだ。本人が気づいていなかっただけで。
いつものように冷静であったならば、彼はそれに気が付いただろう。奈々枝はめったなことでは嘘はつかない、と。
奈々枝の言葉が少ないのは、それだけしか嘘なしで言えることがないからだ。
どちらかというと奈々枝は嘘を言うのが好きではなかった。嘘を言うのが苦手、というわけではない。むしろ得意である。得意であるがゆえに嘘をついていいということにはならない。人と向き合うのに誠実さは必要である、と奈々枝は考えていたし、先日、藤堂がなぜか傷ついた表情を見せていたことから、嘘を言ってはならない、と自分を戒めてすらいたのだ。普段の藤堂であれば、奈々枝が誠実に藤堂を向かい合おうとしていることくらい気づけただろう。彼は決して愚鈍ではなく、観察眼に優れているのだから。
ところが。
やはり、昨日のことが大きなショックだったのか、自分では冷静になっているつもりで、実のところ冷静ではなかったのだ。絶賛空回り中だったともいえる。
だからだろう。
あんな一言を言ってしまったのは。
奈々枝は藤堂が何を聞きたいと思っているのか把握しきれずにいた。奈々枝は有志をずっとそばで見てきていたので、男というのは理解不明な生き物だ、という固定観念があった。藤堂をやむなく家に招き入れ、会話を交わすようになると、ますます男という生き物は女とは別の世界で生きているらしい、とも。奈々枝の友人に言わせると、奈々枝の方が理解不能らしいが。
それはともかく。
奈々枝は困惑していたのである。
藤堂に質問させれば、彼の聞きたいことがわかるだろうと思って提案したのだが、むしろ余計に何が聞きたいのかわからなくなってしまったような気がする。しかも図体だけは奈々枝より大きい藤堂が小動物のようにだんだん見えてきてしまったのだ。年下、というのは案外世間的に使えるスキルなのではないか、と考えをめぐらしていたところに、藤堂が思いつめたように、付き合ってたとかはないよね、と聞いてきた。
「柏崎さんと付き合ってたことがある、とか元カレ、とかじゃないよね?」
付き合ってた、というのと元カレ、というのは同義語じゃないか、と言いたいのをぐぐっとこらえて、そうだなぁ、と口を開く。
「付き合ってたことはないが。そういうのであれば、セフレというのには少し近かったかもしれんな」
奈々枝のこの言葉が起爆剤となった。
そして、藤堂はこんなことを言った自分をずっと後悔することになる。自分はもっとできる男だと信じていたのに、と。
藤堂は言い放った。奈々枝に向かって、まっすぐに。それは奈々枝も予期せぬひとことだった。
「あんな男やめて僕にしなよ!」
自分で書きながら思いました。どこの昼ドラか、と。奈々枝さんもきっとびっくりしてるはず。