傭兵どもの夢の跡
時は少しだけ遡る。
「はい。腹話術の奇跡は完璧ですね」
実は2階の部屋のカーテンの裏に隠れていたアリエスは、ひょっこりと顔を出した。部屋は明かりもなく真っ暗なので見つかることはない。
アリエスはベランダへと出る。物見櫓からこちらへ向かってくるモーリスが見える。
「はい。それでは裁きのお時間です」
アリエスは腰から小さなナイフを取り出した。刃をロープの結び目に当てる。
「ギーコ、ギーコ……」
モーリスは部屋から出てきたアリエスが、ロープを切ろうとしているのを見た。全身に冷たいものが走る。
「おい、待て、お前、何をしているんだ」
「ギーコ、ギーコ、ロープを切っているのです!」
アリエスの言葉はまるで日常生活での受け答えのような平穏な響きがある。しかし、やっていることはモーリスの生死にかかわる。
「ば、馬鹿を言うな。俺を落とす気か?」
「このままでは、燃えた櫓がロープに引っ張られて、こちらに倒れてきてしまいます」
「いやいや、物見櫓の高さなら役場までは届かない。せめて、俺がベランダに、うわっ!」
ぷつんとロープの繊維が何本か断ちきられ、重さに耐えかねてロープに振動が伝わる。モーリスは必死にロープにしがみつく。
「頼む、まだ切らないでくれ、助けてくれ」
「ギーコ、ギーコ……。さて、あなたはこれまでも助けてくれと頼んだ人を助けたことはあるのですか?」
モーリスは黙った。ただの羊飼いの娘だと思っていたが、それは思い違いであった。これまで数多くの人間を残酷な目に遭わせてきたモーリスには、恨みを買うことは数多くあった。きっとどれかがこの状況を生み出しているのであろう。
「ま、待ってくれ。ここで落ちたら俺はオオカミに……」
この高さから落ちても、即死するよりも重傷を負って地面に転がる可能性が大きかった。その場合、生きたままオオカミたちに食われてしまう。
「残念でした。切れます。あなたに少しでも善意があったのなら、楽に死ねるでしょう。そのときは神様の思し召しがあったと感謝をしてください」
アリエスのにっこりする顔がモーリスの最後の記憶となった。
「うああああっ……!」
ロープがプツンと切れてモーリスは叫び声を上げながら、10mの高さから落下した。地面に叩きつけられた時に頭から激突。そのまま首がへし折れた。
それは彼にとっては幸運でもあった。即死しなければ生きたまま食われていただろう。オオカミたちが一斉にモーリスの体に食いつく。目の前の惨劇にバリケード内で奮闘していたゴードンがパニックになった。
「うおおおおおっ~」
モーリスを救おうとバリケードから踏み出し、戦槌をめちゃくちゃに振り回して近づこうとする。しかし、横から飛びかかってきた灰色の大きなオオカミがゴードンの首筋を一閃した。鋭い牙で瞬間に首を食い千切られたゴードンは、血しぶきを上げてその場に膝を着いた。
そこへ新手のオオカミたちが左右から飛びかかってくる。右手で出血する首の傷を押さえながら、ゴードンは抵抗したが怪力のゴードンでも生き残ることは不可能であった。
「ぐおおおおっ!」
苦痛の声を上げてゴードンの体は動かなくなった。そのまま、まだ意識があるうちにオオカミたちに食い殺されてしまった。
*
オオカミたちの執拗な体当たりで、ついに表扉が破壊された。村の攻略の指揮を任されたジャギが中に入る。
「ちくしょう、人間どもめ、どこへ行きやがった」
先ほどまでここにいたことは間違いが無い。3人の人間。2人は男。1人は女。そしてたくさんの羊の臭い。馬までいたことが分かる。
「どうやら逃げられたようだな」
後ろから群れの王、ピピンが話しかけた。手下のオオカミが床の臭いを嗅いで、そこで臭いが途切れていることを報告する。
「人間はよく脱出通路を作る。ここから森の出口まで続いているだろう」
「ピピン様、時間がかかりました。このジャギの失態です」
「いや、今回はよくやった。2人の人間を狩った。逃げたとはいえ、これは我の想定内だ。森の出口付近には既に包囲網がある。デオウとハクヒに手抜かりは無い。だが、奴らは手強いことも事実。すぐに追うぞ」
ピピンの命令にジャギはすぐに村の攻撃部隊を集結させる。移動先はピピンの命令に従い、森の出口から少し北へ離れた地点。ここは森の出口からは離れているが、その分、包囲網で一番弱いところだ。そこを狙ってくるとピピンは考えた。
(さあ、人間ども。よく戦った。その健闘を称え、我らの糧にしてくれよう)
夜明けの太陽が出るまで1時間を切っていた。夜の暗さが一段と暗さを増す時間帯だ。




