とある討伐隊の最後①
書籍化、小説賞受賞作品「異世界嫁ごはん」「関ヶ原で待っているわ」「伊勢崎ウェポンディーラーズ」の作者です。
コンクール用に久しぶりの新作披露です。今回の主人公は羊飼いです。
ミッション(表):パルフェ産の羊50頭を凶暴な狼が住むムルナウの森を通って、ルルドからバインド伯爵領へ運ぶこと。時間制限:3日間
「こいつはひでえ」
捜索隊の冒険者や騎士たちは思わず目を背けた。
道の真ん中に乗り捨てられた荷馬車は、血塗られていた。食料品以外の荷物は一切手をつけられておらず、何事もなかったかのようにそのままになっている。
しかし、人が存在したであろう痕跡が見当たらない。荷馬車を引いていた馬もいない。代わりに地面には赤黒い染みが土を濡らしている。
行商人の一行が行方不明になったのは3日前。3日もあれば『奴ら』は生物の痕跡を完全に消し去ることができる。
「骨も残っていないとは……相当な数がいると考えた方がいいな」
捜索隊の内、冒険者のグループを率いるリーダー、ルイスはそう傍らの相棒であるジョバンニに同意を求めるように言った。
短髪で刈り上げ。えらの張った四角い顔には、いくつかの傷跡がある。180cmを超える巨体は鍛えられた筋肉の鎧で覆われ、見た者を畏怖するものであった。
ルイスが最も信頼する相棒もゆっくりと頷く。こちらは中肉中背の銀髪。しなやかな筋肉が俊敏さを想像させ、ルイスとは違った方向で、こちらも喧嘩を売りたくないと思わせる雰囲気があった。
ジョバンニとは冒険者になった15歳の頃からの付き合いだ。それから25年経って少しは名の知れた冒険者となった今でも、ずっと一緒のチームを組んでいる。
「馬も人も食い残しなしにするには、50頭以上いると思っていいだろう。ただ、おかしな点がある」
ジョバンニはそう答えた。二人とも革製の胸当てに革製の帽子を被っている。武器はショートソードと弓。背中には矢筒を背負っている。ジョバンニはそれらに加えて、腰の後ろにハンティングナイフと呼ばれる短剣を装着している。
これは柄が象牙でできており、さらに黒曜石が柄の中央に埋め込まれている。それがまるでオオカミの目に見えるために、他の冒険者から『オオカミ殺し=ウルフスレーヤー』と呼ばれていた。
片手で扱いやすいこの短剣はあだ名の通り、オオカミの喉笛をいくつも切り裂いており、ジョバンニの武勇伝ともなっていた。
「そうだな……」
ルイスはジョバンニの疑問を理解していた。それは雨で濡れた地面に残された足跡である。いかにも後から付けられたという欺瞞の臭いがする。
「ルイス、冒険者たちを集めろ」
そう横柄な口調で命令したのは騎士たちを率いる小隊長のミロ。7人の騎士を率いるブロンズナイトである。ミロは今年で25歳。実戦経験はないが、優秀な成績で騎士学校を卒業し、ルルドの町に赴任したエリート騎士であった。
ブロンズナイト特有のデザインの兜からは、見事な長い金髪が伸び、青色の瞳には高貴性がにじみ出る。見た目から推測するにかなり高位の貴族出身の青年であると思われた。
他の騎士6人はさらにミロよりも若く、地方採用の駆け出し騎士見習いたちである。彼らも下級貴族や騎士階級の子弟であろう。一緒に行動している冒険者たちが、ルイスを筆頭に経験20年以上のベテランで固められたのとは対照的である。
自分よりも15歳も年下の若造に命令されても、顔色一つ変えずにルイスは命令を実行した。こういうことには慣れていた。冒険者は騎士の下で働くことが多い。騎士を中心とした軍も、下働きとして優秀な冒険者を頼りにしていた。
騎士と冒険者には金銭を介したドライな関係だけでなく、大抵の冒険者は騎士のプライドを上手に扱うので、騎士の方も使い心地がよいのである。
ルイスは大声で冒険者たちを呼び集める。その声に反応して周辺を探索していた冒険者たちが次々と集まってきた。
「ミロ様、全員集まりました。この後、どうしますか?」
指揮官にそう判断を仰ぐ発言をしたが、ルイスの中ではもうやることは決まっていた。ルイスとしては、オオカミの数が50頭以上と推察できたことで、この場は退却するべきだと考えていた。
こちらは完全武装しているとはいえ、50頭以上のオオカミの群れと戦えば、かなりの損害がでるだろうことは容易に予想された。
(しかも……群れを率いているボスがピピンだったら……)
その名前は人間が付けたものではあったが、関わった人間にはそれは悪魔の名前と同等であった。ルイスは背中に冷たいかすかな衝撃が走った。
(ピピン……)3年前にルイスとジョバンニが北方地方で出くわしたオオカミの群れ。最初は20頭ほどの群れであった。それを率いたリーダーがピピンと呼ばれた巨大なオオカミであった。
灰色の毛並みは他のオオカミと変わらないが、ピピンは額に黒く長い毛が生えていた。神出鬼没の動きで、仲間との連携を取るこのボスオオカミにルイスとジョバンニのパーティーは、多くの犠牲者を出したのであった。
辛うじてその後に正規軍が投入され、物量作戦でオオカミ殲滅戦を展開したので、ピピンの群れは散り散りになった。その時の戦いでピピンは手負いでどこかへ消えたとは聞いていた。
その時は20頭程度だったから、撃退できたとも言える。実際に正規軍はピピンを撃退したが、死傷者は相当なものであったという。このことは軍の名誉のために詳細は公にされていないが、正規軍をサポートした冒険者たちから、情報は少しずつ漏れ伝わっていたのだ。
「今からムルナウの森へ入る。オオカミどもを根絶やしにする」
若き指揮官はそう告げた。その眼差しには犠牲者の弔い戦をするのだという決意が見て取れた。正規街道とは異なる裏街道とはいえ、交易に支障が出ていることを看過するわけにはいかない。
(若いな……。オオカミの恐ろしさを知らない若造だ)
ルイスは心の中で舌打ちをした。確かに1対1なら騎士の方が強いだろう。攻撃魔法が使える騎士なら、複数相手でも戦える。
しかし、優秀なリーダーに率いられた群れは、狡猾で人を罠にはめることさえあるのだ。北方での経験でルイスは、オオカミは侮ってはいけない強敵だと身に染みていた。
「ミロ様、この人数で森に入るのは危険です」
ルイスは控えめにそう教えた。森はオオカミたちのホームだ。どこから襲いかかってくるか分からないといった不利を説明した。
「ミロ様、奴らは腹がいっぱいだから、出てきませんよ。そもそも奴らは夜行性です。今は巧妙に隠された隠れ家で寝ているでしょう。この広い森を20人だけで捜すのは不可能です」
ジョバンニもそう反対する。どちらかと言えば、彼の意見の方はさらに現実的だ。広い森の中をたった20人で捜索するのは効率が悪すぎる。
しかしながら、騎士学校を優秀な成績で卒業し、今は地方で経験を積んでいる青年は、そんなベテラン冒険者の慎重論に、耳を貸すつもりはないようであった。
「奴らが寝ているのなら、先手を取れる好機である。人数を5つに分ける」
ミロはそう決断を下し、作戦を一方的に説明した。濡れた地面に簡単な図を描く。




