第5話 藤海那々子
本日は4話更新予定です。
「週末は、魔王のおじ様をぶっ殺しにいくから……実家の都合でね」
東京は文京区にあるお嬢様学校──『冥楯女学院』。
その教室の片隅で、プルムが始業前の朝っぱらから物騒なことを言った。
「ぶっ殺す」という、お嬢様学校ではあまり聞かない、治安が悪い言葉だけ聞こえた生徒たちが、怪訝そうな顔でプルムたちの方へ、数秒視線をやる。
だが、「いつものあの二人か」と、自分たちのやるべきことに戻った。
一方、プルムと机を挟んで目の前にいた少女は、泰然自若としていた。
「そういうことで、ごめんね藤海」
「ってことは、ウチとのおうちデートはリスケってこと?」
藤海と呼ばれた、眼鏡をかけたそばかすの少女が、ドスの利いた声で言った。
長い黒髪を後ろで三つ編みにしており、冥楯女学院の黒を基調とした制服もあいまって、文学少女という言葉がピッタリである。
ただ身長は同世代の男子並みに高く、小柄なプルムより顔1つ分大きい。
眼鏡の下の目つきも鋭く、気が強そうだった。第一印象は大人しそうだが、5秒も観察するか、声を聞けば、文学少女の皮を被った狂犬と感じるだろう。
藤海那々子。
プルムの数少ない、中等部時代からの友人だった。
あのプルムと友人関係が続くのは、よほどの聖女か、本人もプルムと同じくらいのヤバい魔女かのどちらかである。藤海がどちら側なのか、彼女の名誉のために明言は避けておく。
「さむい」
「だ~か~ら~藤海~、マジで悪かったわよ~」
珍しくプルムが、本心からの申し訳なさそうな顔をする。
そんなプルムの顔を見て、渋々納得したような顔を藤海がした。
「まぁ、実家の事情なら仕方ないか。いつなら大丈夫そうプルム?」
「来週ならたぶん。そん時に、私んちでアニメの料理再現お泊り会しよーよ」
「……たぶん?」
「いや絶対絶対。マジで、そん時は絶対大丈夫」
「ならいい」
藤海は不機嫌な時はハッキリ言うが、それで人を操ろうとする人間ではない。時間の無駄なので、とっとと話を切り替えた。
そもそもプルムの魔王うんぬんはふざけた冗談だと藤海は思うが、実家の都合と言われては無理を言うわけにも、事情を深堀りするわけにもいかなかった。
「それよりプルム、頼まれてたもの買ってきたよ」
そう言って藤海が、自分の学生カバンを机の上に置いた。
「マジで? マジで?」
プルムが興奮気味に、身体を前のめりに乗り出した。
「そ、それ……そんな気持ちいいの藤海?」
「うん、凄いよ。一度使ったら世界変わっちゃって、戻れなくなっちゃうから」
ふっふっふ、と怪しく笑いながら藤海がカバンからあるものを取り出して、机の上に置いた。
男性用のボクサーパンツである。
「ば、馬鹿。そんな堂々と取り出さないでよ……!!」
プルムが慌ててボクサーパンツをふんだくって、自分のカバンに入れた。
「何をそんなに恥ずかしがってるんだよー、プルム?」
「いや、男物の下着とか持ってたら、変に思われるかもしれないし……」
「ウチなんて、別に見られても気にしねーけどね」
そう言って藤海が、自分のスカートを雑にめくりあげた。
日の光を浴びてない白く、そしてちょっと駄肉がついた太ももの奥に、グレーのボクサーパンツが見える。
「見せなくていいって。荊州に流れ着いた時の劉備玄徳みてーな太ももと、男物のパンツ見せられてもエロくない……いや、エロかしら? ちょっとエロティシズムかしら? ……ダメだ、やっぱ藤海じゃ抜けないわ」
「なんだァ? てめぇ……」
そう言って藤海が、スローモーションで正拳突きを繰り出す。
それを頬に受けたプルムが、「ぐわー、見えているのに避けられない」と大げさに悲鳴を上げながら、後ろに吹っ飛ぶ仕草をした。当然、痛くも痒くもない。
「ってかさぁ、プルム。メンズのパンツくらい、自分で買えばいいじゃん。コンビニでも売ってるんだしさぁ」
「い、いやだって……なんか恥ずかしいし」
「なんで?」
「男いないのに、男物のパンツ買うって、なんか見栄張ってる感じしない?」
「自意識かじょー」
「いやいやいや、藤海あんたが人目を気にしなさすぎるだけだって!」
上履きどころか、靴下まで脱いで、椅子の上であぐらをかく藤海を見てプルムがそう言った。高偏差値のお嬢様学校の、学年2位の姿にはとても見えない。
「ウチだって、これで結構人の目気にしてんだけど?」
藤海が少しムッとした表情を見せる。
「舐められたくないじゃん」
「…………」
藤海の言葉を聞いて、プルムが左右を見回す。
「あれ? ここってヤンキー校だっけ?」
品のよさそうなお嬢様生徒たちを見ながら、プルムがそう呟いた。
「見ての通りお上品なお嬢様学校だけどさぁ、だからウチら世間から微妙に舐められてんじゃん。大人しそー、とか。運動苦手そー、とか。許せなくね?」
「何と戦ってるのよ、藤海……」
「世界と」
「うわっ……かっけぇ。主人公のセリフっぽいじゃない」
感心と呆れが半々の声をプルムが出した。
本来はもっと丁寧な言葉遣いだったのだが、藤海との3年以上の付き合いで影響されて、プルムも少々ラフな感じになってしまった。
「だからさぁ、ウチ横浜の伊勢佐木町……あそこらへんは福富町って言うんだっけ? ちょいコリアンタウンっぽくなってる町の店でさぁ。あー、そうだ。ウチそこで初めてソープ見たんよ、ソープ! 街中に普通にあってビックリしちった」
「えっマジで? そういう店って、隔離された場所にあるんじゃないの? 遊女の脱走防止の壁とかある」
「ウチも吉原遊郭のイメージあったから、そう思ってたんだけどさぁ。子供も通る街中にフツーにあってビビった。写真撮ろうと思ったけど、怖い人に囲まれたら怖いから、撮るのやめといたけどさー」
「えー、でもすごーい。今度一緒に見にいこーよ。私、そういうソープとかリアルで見たことないし、見てみたーい」
きゃいきゃいと、女子ふたりが風俗店の話で盛り上がった。
「んで、なんの話してたっけプルム?」
「藤海が舐められたくないから、横浜のそーゆー町に行ったってとこ」
「あーそうだった。んでその町の店で、胸元にペイントタトゥーとか入れてみたりしたんだけど、あれって服脱がないと見せられないじゃん」
「え? 藤海あんたそんなん入れてたの? ってか、そういうお店って未成年でもOKなの?」
「ホントはダメだけど、プルムのお姉さんの紹介で、特別にやってもらった」
「……マジかよ、お姉様なにやってんのよ?」
襟を緩め、服の中を見せる藤海を覗き込み、プルムが呆れた声を出した。鎖骨の下から乳房の上にかけて、リンゴをかじった蛇のタトゥーペイントが見える。入れてからだいぶ時間が経ったのか、かなり薄くなっていた。
「ま、これは不発だったんだけどさ、もっと安価で相手ビビらせて舐められないようにする方法、ウチ思いついたんよ」
そう言って藤海が自分の財布を取り出して、中を見せた。
小さなジッパー付きのポリ袋がある。
そして、その中には────白い粉が入っていた。
「ちょ、ちょっと藤海……これって?」
「塩」
「塩かー」
少し安心したように、プルムが復唱する。
「酸の水素イオンを他の陽イオンに置き換えた『塩』な意味の塩じゃなくて?」
「塩化ナトリウム的なほうの塩。いや、そっちも塩酸の水素イオンを、ナトリウムに置き換えてるけどさ」
そう答えて、藤海が塩が入ったポリ袋を取り出した。
「これ見せたらさ、ただの塩なのに相手勘違いしてビビるし、裏社会のこわい人たちからも舐められないんじゃねプルム?」
「ええ~? そうかしら?」
「まぁ、ちょっと待っててよ。実例見せるからさ」
藤海がポリ袋を財布の中に入れる。そして靴下を履かず、上履きを踵を部分を踏みながら履いて、意気揚々と近くで談笑していたグループへ向かっていった。
(嫌な予感がする……)
一人残されたプルムが、内心そう思う。
「どうしたの、藤海さん?」
クラスの問題児として名高い藤海が急にやってきても、女生徒たちは表向きは明るく受け入れてくれた。
「…………ん」
藤海が財布を開き、女生徒たちに見せる。
「え?」「なに?」
その奇行に、女生徒たちは困惑するばかりだった。
「ん……」
藤海がわかりやすいように、塩の入ったポリ袋を指で取り出す。
そしてわざとらしく、何度も隠したり見せたりを繰り返した。
当然、そんな行動をされても女生徒たちの困惑は深まるばかりである。
いや、わからんて……
遠目に見てたプルムがそう思った。
そもそも、いいところのお嬢さんばかりなんだし、白い粉=麻薬って思う発想すらない子たちなんだって。
「安心して」
仏頂面だった藤海が、急に満面の笑みを見せる。
「これね、塩」
「えっ? あ……うん」
最後まで疑問符を浮かべながら、女生徒たちがきょとんとしていた。
だが、藤海は何かを成し遂げた顔で、満足そうにプルムのもとに戻ってくる。
「見てた?」
「見てらんなかったわよ!」
共感性羞恥に顔を真っ赤にしながら、プルムが叫んだ。
そして、両手で頭をかかえて俯く。
「うわー、なんで私こんな冷笑系クソ陰キャ眼鏡と友達やってんのかしら?」
「言ってくれるじゃない、プルム」
「中学の自己紹介の時に『日本の漫画やアニメに興味あります』って言っちゃったのが失敗だったー。それでこいつに目ぇつけられたんだもん。藤海と出会わなければ、もっときらら漫画みたいな明るいJK生活送れてたのにぃ」
「いーや、プルムあんたはウチと同じで魂が陰キャの形してるしね。あの時、ウチに声かけられなくても、どこかで出会ってこうなってたはずだから」
「うーわ、最悪すぎる。呪われた運命すぎる……」
はぁ、と深くプルムが溜息をつく。そして、一刻も早くこの藤海とかいうヤベー女と袂を分かとうと決意した。
「そういや、話はずいぶん戻るけどさぁ」
藤海が何か思い出したような顔をする。
「今度のお泊り会の食費分、ウチがメンズのパンツ買ってきたわけじゃん」
「ええ、そうだけど。その分、私が食材買うって感じで」
「金銭的には対等だけどさ、そっち一人で料理するんでしょ。ウチはファミマでパンツ買ってきただけだし、労力的に楽すぎてなんか申し訳ないなーって」
人格に問題多かれど、なんだかんだで公正な藤海がそう言った。
「だったら、最後に皿洗いでもしてくれれば、それでいーよ」
とプルムが提案する。
「ヤだ。家事とか女子供のすることだし」
「女子供でしょーが、あんた……」
はぁ、とプルムが溜息をつく。
「ってか、今どきだと男の人がそれ言ったら炎上するよ、作家の藤海センセ」
「ウチ、女子供でよかったわ」
「やっぱ女子供じゃねーか。だったら家事してよ」
「絶対に嫌」
家事嫌いの藤海が、断固として拒否する。
「まぁ、いいわ。そんじゃ、ちょっと代わりに藤海にはやってもらいたいことがあるから」
「殺人なら2人まで請け負うよ、プルム」
「皿洗いの代わりで!? 命やっす。いや、でも2人どころか、数十万数百万の命に係わることになるかも……」
「?」
プルムの言葉に、藤海がきょとんとした顔を浮かべる。
「魔王ぶっ殺したあとの、戦後処理に関して相談に乗ってほしいのよ」
そろそろ異世界を舞台にしないと、ジャンル詐欺になりそうで、ひやひやしています。
次の話からようやく異世界が舞台です。




