第14話 王都【サカルドニア】攻略戦 ~その六~
ビュウ、と。一際鋭い風の音が吹き抜けた。
それを合図に、両陣営が駆け出す。動き始めたのはどちらが先か。とかく瞬時に相対距離が詰まる。
「ウオラァ!」
「ハアッ!」
カミーアの大振りな右腕の一撃とシュウの触手が激突する。返す刀の左腕をシュウは回転しながら躱し跳躍。
「ラアッ!」
「グおおっ!」
そのままソバットを叩き込んでカミーアを後退させる。
(第五席カミーア、こいつはハッキリ言って種が割れてる、『恩寵』は恐らく無機物に命を与え、自分の手駒を産み出すもの。応用として装甲の様に体に土石を纏って自分自身の近接戦闘力強化。わかりやすい能力だな、だが、単純膂力と、おそらくタフネスはこいつが一番上!油断は禁物だが――)
ズッ、と地面が揺らぐ。
現れたのは土塊兵の群れ。<破創>で纏めて撃滅せんと、シュウが地面に意識を向けた瞬間。
風切り音。
シュウの背後の上空から、イユレが錐揉み回転しながら斬撃を繰り出した。
空色の髪の奥から、深い紫色の瞳がシュウを捉える。
「チッ!」
シュウが舌打ちとともに一歩下がり、剣戟を躱す。
(土塊兵は眼晦まし、本命はその間に背後に回ってのイユレの斬撃か!総合力だとこいつが一番ヤバい!
こいつに切り掛かられてる時は妙に視線を感じる、何だ……?異常な斬撃な切断力と合わせて考えると、目で測定した対象の強度に応じて、体が自動で最適な一太刀を繰り出す、とかか?
頭回しても仕方がない、考察は一旦やめ、暫定で『恩寵』はそれと仮定して今はこいつの斬撃を食らわないことに集中する!)
身を屈めて横薙ぎの一線を回避、そのままスライディングで股を抜いてイユレの後ろ側に回り込む。ぐるりと反転。
「こっち!」
流れのままシュウが仕掛けた足払いだったが、これは地面に突き立った長剣に止められた。
刃に触れたシュウの足に少しだけ血がにじむ、起こった事象はそれだけ。
「そこッ!」
切り返された長剣が地面を抉りながら閃く。
耳元の横を髪の毛を切断しながら通り過ぎた冷たい刃を感じながらも、シュウはネックスプリングの要領で体を跳ね起こしながら腕力で跳躍。空中から触手の連撃を仕掛ける。
再びイユレが眼を見開いた。
「……雑。」
空気を切って飛ぶ触手の数々は二刀によって次々と切り捨てられていく。
(今!足払いをガードされた時、すわ足が切れるかと肝を冷やしたが、実際にはこの通りだ、ならやっぱりその切断力にはタネがあるんだろ!だとしたら――)
着地と同時にシュウは全力疾走を開始、包囲を狭めイユレへの通路を封鎖し始めた土塊兵達を触手を振るって破壊しつつ、一気に肉薄する。
振りかぶるは黒く変色した右腕の義手。
イユレの背筋に緊張が走る。
(来る――!ここで受けきり逆に断つ!)
大火力の右ストレートを受けきらんと左腕の短剣を構えたイユレ。一寸先は生か死か。右目が見開かれんとした、その瞬間。
「―—プレゼントだ。」
「黒」がイユレの視界を塞いだ。
それの正体は、シュウが直前まで着用していた上着である。
(しまった、右腕はハッタリ!本命は僕の視界を奪うこと!)
(斬撃にタネがあるとしたら、十中八九そのトリガーはキラキラとやたらめったら眩しいその眼!視界を奪ってしまえば近づいても怖くない!もし仮に違っても視界の塞がれた状況なら剣はまともに振れやしない!そんでその状態なら……!)
切り離され、地面にボトボトと落ちた触手の断片に意識を集中する。触手はそれ自体が筋肉の塊。脳から伸びた神経から放たれる電気信号によって筋肉は伸縮するなどという一般的な理屈は外なる力である『異能』に通じるわけもなし。
力を籠めれば――
「……これは防げんだろ!」
——弾ける。
「ガッ!?」
爆破でもされたかのように勢い良く宙を舞った触手の断片は四方八方からイユレの体を叩く。当然、視界を防がれたイユレには防御不可能である。衝撃に怯み、動きが止まったイユレの横をスルリとすり抜け、シュウはただひた走る。
「なっ……!ッ、<猟|弾>《spring-field》ッ!」
「前衛二人に任せて自分はじっくり狙撃タイミング狙おう、か?甘いんだよ!」
乾いた音と共に飛翔するエネルギーの塊を小首一つで回避、速度は緩めない。
(第七席イグニス、こいつはパワーもスピードもタフネスも大したことがない!『恩寵』に関しても遠距離攻撃が面倒くさくはあるが、火力出せる技の<猟弾>も<砲弾>も冷静に発動の瞬間さえ見れれば躱せる!この中だと戦闘力は一番低い!
だが、これだけバカスカ撃ちまくって一切消耗がないのが気持ち悪すぎる!まだ何か企んでる可能性もある、最優先で潰す!)
シュウの見立てでは、イグニスは既に数十人規模の生命力を『恩寵』で使用している。だが、彼に身体的疲労は一切見られない。
その、「異質」。
それがシュウにイユレよりもイグニスを優先するという判断を下させる。
「フンッ!」
イグニスの長い脚から繰り出されるハイキックを潜り抜け懐へ。
「ラアッ!」
触手を二本繰り出して、イグニスの胸元を突き飛ばす。後退を余儀なくされたイグニスは素早く右手を突き出し、エネルギーを収束させんとするが、それよりなお早く、
「<武装>。」
シュウの宣告が響く。発動したのは煙幕の目眩まし。
(――ッ!見失った!喰ったのはイカかタコか!)
「<砲弾>!」
イグニスは咄嗟に地面に向けて射撃を叩き込む。爆ぜる衝撃が煙幕を晴らし、元のクリアな視界が戻る。
その視界に映るのは、正面からではなく右から襲いかかる『漂泊者』。
「仕切り直したつもりですかッ!」
遠間から撃っても回避されるのは確認済み、ある程度肉薄して攻撃する必要がある。二歩踏み込み、<散弾>で攻撃しようとした瞬間、眼の前にいたはずのシュウの姿が掻き消える。
(<幻影人造>――!)
「多分こうして扱うのが正解だったんだろうな……」
誰ともないシュウの呟きと共に、地面から炸裂した<玉枝蓬莱>の銀枝がイグニスの喉元に向かって伸びる。
「ボケっとしてんな、イグニス!」
その銀枝をイグニスの眼の前に立ちはだかったカミーアが土の装甲付きの両腕で受け止める。そのまま手で掴んで引き抜いた銀枝を振り回して、背後から殴り込まんとするシュウを牽制しつつ、カミーアはイグニスに叫ぶ。
「兵士を捨て駒にするような作戦を取った以上、お前にはそれに見合う結果が要求される!それがなけりゃとてもじゃねえが奴らは報われねえ!《《死守》》だ!何としてもここで奴は獲り切る!気ィ抜いてる暇があるかァ!」
手に握った銀枝を縄のように振るい、襲い掛かるシュウを拘束、そのまま引っ張り、近くへと引き寄せる。
それと同時に、拳をシュウに叩き込んだ。
「グッ――!」
防御態勢すら取れず吹き飛ぶシュウの体に、
「やれ、イユレ!」
矮躯の剣士が斬りかかる。
「―—ッ!」
縦に振るわれた一撃を間一髪で回避。続けて襲い掛かる連撃は塞がれている手の代わりに足で剣の腹を叩いてどうにか捌いて着地。
「ラアッ!」
銀枝を振りほどくと同時にシュウがカウンター気味に繰り出した蹴りはイユレの前に踏み出したカミーアに防がれる。
イユレが前のカミーアの背中を踏み、跳躍。
それと同時にカミーアの右腕も引き絞られる。
上空の斬撃と、正面の拳、両方の同時対処をシュウに強制させる束の間のコンビネーション。
「グッ――!」
どちらも防ぐのは不可能と判断したシュウは先んじて体に滑り込む右腕を敢えて受ける。
胸元に拳がめり込み、肺胞から血交じりの息が漏れるも、その瞬間腕を抱え込んで拘束、勢いよく持ち上げて背負い投げ。
イユレの視界を宙を舞ったカミーアの巨体が塞いだ。剣が一瞬鈍った次の瞬間、上方向に触手を噴出、イユレを打ち上げる。
「野郎ッ!」
衝撃から跳ね起きたカミーアがシュウに殴りかかる。カミーアの左腕を触手でパリィ、すぐさまケンカキックを叩き込むが、右腕のガードが間に合う。
(さっきも思ったが一撃が重ッてェ!モヤシだと思ってたが、こりゃ認識ミスだな!油断はねェ!)
吹き飛ばされないよう足元に形成したアンカーで踏ん張りながらも、カミーアはシュウと正面から殴り合う。
ぶつかり合う度に低い音が響き、剥離した土片が宙を舞う。
幾度かの衝突の後、シュウの右腕のストレートを受け止めたカミーアがそのまま押し込み、シュウの体勢を崩した。明確な隙。
「――潰れろッ!」
上から降ろされたカミーアの渾身の一撃を、シュウは無理やり振るった触手を纏う右腕の裏拳一つで止める。
(体勢が崩れてて、この膂力かよ!)
続けてシュウは素早く視線を左に飛ばし、飛来する<砲弾>を片腕で弾いて軌道を逸らした。元々壁だった瓦礫に<砲弾>が突き刺さり、轟音とともに瓦礫が宙を舞う。
(避けるまでもないと、舐めてくれる――!)
「切り飛ばす……!」
しかしその瞬間に気勢。
落着の勢い任せのイユレの斬撃が、伸びきったシュウの左手に直撃。切り離された左手が宙を舞う。
「クッソ……!」
「よくやったイユレ!」
カミーアのニーキックがシュウの腹に叩き込まれ、そのまま先ほどの意趣返しと言わんがばかりの背負い投げがシュウに襲い掛かる。
天地がひっくり返る感覚。叩きつけられた衝撃も抜けぬままに身を跳ね起こすが、そこに横薙ぎの二刀が襲い掛かる。平衡に揃った軌跡の下段を踏みつけてさらに跳躍、上段の一閃は服を掠めるに留めさせた。そのまま着地し、イユレの頭を蹴飛ばさんとするが、
「イユレ殿、頭を下げて!」
追撃の<重機関銃弾>がシュウの動きを縫い留める。
「チッ――仕切りなおす!」
触手を最大限に伸長させて近場に転がる壁の瓦礫をキャッチ、そのまま勢い任せに振り回して三人との間に距離を作る。
(クッソ、欠損直すのもただじゃないんだぞ……!)
圧縮筋繊維で形成された義手の方が圧倒的に筋力は上ではあるが、当然、その生成にもそれなりの消耗がある。それは単純な触手生成や傷の補完より遥かに上。シュウの見立てでは恐らくこれがラスト、これ以降欠損は治せない。
(戦力的には当初の見込み通り奴ら三人を同時に相手すると俺の方が微不利だな……どうにかしてさっきみたく分断して1VS1を三回繰り返す形にしたい所だが、同じ手が通用する訳もなし。こっちの消耗も激しい、そう長々と戦ってる余裕もない。この硬直を切り開く何かがいる!さぁて……)
「……どうしたもんやら」
乾いた呟きが、シュウの唇から漏れた。