24 義勇兵の試験 1
ここ義勇兵団ブリスコー事務所の面構えは北方前線らしい無骨な武人のそれだった。
石畳の床には絨毯一つ敷かれていなかった。観葉植物すら一つもない殺風景な部屋には年季の入った剥げたテーブルが置かれているだけだった。椅子の足は年老いて痩せて細った老人のようだった。乾燥した暗い部屋にはおよそ艶を放つものすら一つとしてなかった。
受付は男だった。腕一面にひじきのように太い腕毛が生えた機嫌の良い岩石のような大男だった。
「少年よ、君は大志を抱いてここに来た!」男は腕を広げながら大声で言った。「そうだろう?」
アイル達はとまどいながらうなずいた。男はゴールと名乗った。そして続けた。
「諸君は避難民であろう。全然見ない顔だからな!当義勇兵団は誰でも歓迎する、といいたいところだが・・・残念だがそうもいかん!」ゴールは言った。「すべての人間が義勇兵になれるわけではない。強くなければすぐ死ぬだけだ。そうだろう!」
アイル達はまたうなずいた。
「義勇兵団に入る資格は簡単だ」ゴールはアイルを指差しながら言った。「ゴブリンの耳を取ってこい。左耳ではなく右耳だけだ。間違えるなよ」彼は背後の壁に貼ってある紙を親指で指した。「募集は月に一度月末まで。だからちょうど3日後までだ。3日後までに一人一つのゴブリンの右耳をもってくればよし!」
「なるほど、分かりました」ジョシュアが言った。「ところでゴブリンはどこにいるのでしょう」
「それは聞くな」男は言った。「己が思考と直感で情報を峻別し敵を討つ。これが義勇兵の心得だ。だから何人でやるとかそんなことは聞いてくれるなよ」
「何人でもいいと」
「さあどうだか」男は片目をつぶりながら言った
アイルは部屋にいる全員に向かって言った。「誰か試験を一緒に受けるやついないか?俺ら四人で前衛張れるが」
その言には誰も応えなかった。
「四人じゃゴブリン討伐に足りんか?」ゴールが肩眉を上げ挑発して言った。
「もちろん足ります。ただ後衛で仲間を探しているやつがいるかもしれない」アイルが応えた。
「なるほど。気が回るね君は。実は前衛探してる奴らがいる」
下町通りの屋台は朝からごった返していた。
昼よりだいぶ前なのに屋台タンタンの串焼きには買い物客が並んでいた。鴨の油が炭火に滴り落ちる香ばしい匂いがした。
通りの反対側の石畳の上に二人のエルフが座り込み雑にねぎまを咥えて地べたに座り込んでいた。その様はどこかの不良娘のようだった。
片方はテオとかいうお嬢様エルフのお付きの魔法使いだった。もうひとりは、その赤髪のお嬢様で名はエリスといった。串を咥えながら染み込んだタレをちゅうちゅう吸っている彼女たちは、到底品のある人間には見えなかった。
「げ」ジョシュアの方を見てテオが言った。咥えた串がピンと立った。
「げとは何でしょう」ジョシュアが応えた。「おふた方は義勇兵に参加なさるのですか?」
「まあそうだけど。てか敬語きも。うちは魔術師でルシアは弓だから。盾役探してんの」
「テオ様ならゴブリンの2体ぐらい軽く屠れるのでは」
「様とかやめろお前!気持ち悪いんだよ!」テオは顔を上げて急に大声で叫んだ。それはかなり真剣な怒りだった。雑踏の何人かが彼らの方を振り向いた。テオは舌打ちして顔をそむけた。
「まあ念には念をってこと。どうせ三日後まで時間あるし。」
「ジョシュアは、うちらを仲間にしてくれるの?」ルシアは聞いた。ジョシュアは答えなかった。
「そのつもりだ」アイルが答えた。
「そっか。みんなよろしくね!」エリスは言った。
「ところでゴブリンの居場所に心当たりはあるのか?こんだけ人数多いと見られたら逆に逃げていきそうだが」トグマが言った。
「まあそこに関してはあてがある」アイルが答えた。
アイル達は冒険者ギルドに来ていた。
表の看板はフレースベルク北部連帯所属ハインツベルク領下シルバーストーン冒険者事務所と名乗っていた。しかし普通冒険者ギルドはどこでも単に冒険者ギルドと呼ばれた。というのも、少なくともこのロードラン全域においては冒険者ギルドは単一の組織に属しているからであった。
冒険者というのは、いってみれば義務のない義勇兵だった。
ローゼンハイムには表立った武力が4つあった。
1つは騎士団である。いうまでもなく騎士階級は、血縁と叙勲によって定義されており、身分と収入が保証される代わりに国家への忠誠と義務は絶対的なものであった。
2つ目は義勇兵である。彼らは加入に際して技能と魔力をさずけられるが、年に数度は国家喫緊の事態に際して武力参加を強制されている。この身分は金貨300枚で買い戻すことができた。
3つ目は冒険者である。彼らは国家に所属しない自由人の申し子であり、望めば誰にでも資格が与えられた。彼らの技量はすべて彼ら自身に委ねられ、竜狩りからドブさらいまであらゆる仕事を任された。彼らには義務が無い代わりに、技術習得の訓練もなく年金もなかった。そして実質的に冒険者は身分として機能しなかった。彼らは浮浪者として扱われる場合も少なくはなかった。無論腕の立つものたくさんいた。身分を買い戻した義勇兵は冒険者に所属する者も多かった。
4つ目は傭兵であった。
この冒険者ギルドは義勇兵事務所よりは艶があった。アロエの生えた植木鉢はあった。入り口には泥除けが敷かれていた。テーブルにはニスが塗られていた。
「ゴブリン狩りの依頼?」受付の男が答えた。「となると義勇兵志望者かな?」
アイルはそうだと答えた。彼はスイと名乗った。若々しい艶のある銀髪の男だった。
「僕も義勇兵上がりでね。僕の時の試験はなんと畑仕事だったんだよ」男は笑った。「300ヤード四方のでっかい畑の石を全部拾えって言われたんだ。地面って放っておくと何個も何個も勝手に石が浮き出てくるんだよ、知ってる?それを鍬でひたすら掘り返してさ。朝から晩まで石掘り返して篭が8つもパンパンになってさ。それで陽が落ちた頃に合格って言われて。その試験管の畑だったんだけどさ」男が笑った。アイルは愛想笑いをした。
「冒険者ギルドは無試験だけどさ。一応きみの構えて見せくれる?」
アイルは短剣を抜いて構えた。一応集中して気をみなぎらせてみた。そして気配を沈め耳をすませた。膝を落とし今にもスイに襲いかかる気配を出した。
幾人かの冒険者がこちらを見ていた。
「いいじゃん」スイは言った。「ここから西に10マイルぐらいいくとゴーア川っていう渓流がある。それを北上するとすぐに橋があって、そこを渡るとルケントっていう古い砦につく。ルケントの教会の尖塔がアナトマ沿いでも見えるから迷わないと思う。で、中にはゴブリンがうじゃうじゃ」
「そんな直ぐ側にゴブリンの群れがあるんですか?」ジョシュアが訊いた。
「何度狩ってもすぐ増えるんだよね。どこかに巣穴があるのかも。何度も制圧して皆殺しにはしてるんだけどね」
「てことは若いゴブリンなんですか?」アイルが訊いた。
「それは自分で確かめないとだめだね」スイが言った。「己が思考と直感で情報を峻別し敵を討つ。これが義勇兵の心得さ」
「なるほど」
「ルケント周辺で気をつけなければならいゴブリンが2体いる」スイは机の引き出しから2枚の人相書きを取り出した。「ひとりは赤錆と呼ばれているやつ。肌が真っ赤で杖を持っていてどこかの原住民みたいに頭を飾り立ててるからすぐわかる。こいつは火炎放射の魔法を使うんだが」スイは立ち上がって赤錆の真似をした。「大道芸人みたいに口から火を吹くんだが、予備動作があって腰をかがめて吹き矢を吹くみたいに口をすぼめた後に、大体60フィートぐらいの距離まで矢のような速さで炎が飛んでくる。初心者冒険者は反応できずにあっという間に焼き殺される。で追撃しようと思ったらもう視界から消えてるんだね。こいつに出会ったらとりあえずに逃げろ。そして追撃はするな。分かったか?」
「分かりました。何人ぐらい殺されてるんですか?」
「分からない。多分30人以上じゃないか」
「30人?国が軍隊を動かして殺すべきでは?」
「ここがルケントの謎なんだがね、強者がいると赤錆も次に話す青月も姿を消してしまうんだね。一度冒険者、義勇兵、騎士団で綿密な包囲を敷いて攻撃したことがあったんだけど、ふたりとも捉えることはできなかった。なんか地下に隠しダンジョンでもあるんじゃないかという話しだけど、手がかりすらつかめないんだ」
「いっそのことルケントを破壊してしまうのは?」トグマが訊いた。
「仮にダンジョンが地下にあった場合、ダンジョンの蓋を壊すというのはろくなことにならない場合が多い。それにその方法を取れるのはダンジョンを制圧できる場合に限られるんだ。まだルケントの秘密は影も形も分かってないから触らないほうがいい。それに地上の建物を壊したところで地下の秘密がわかるかというとそうでもない。僕らは本当に綿密にルケントを調べ尽くしたんだ」
「なるほど」アイルが言った。「青月というのは」
「青月は青い肌をした曲刀持ちのゴブリンで、かなり剣の腕が立つ。こいつは背が高いし見て強者だと分かるから、速攻で逃げろ」
「なんか話聞いた感じではかなり難易度の高い入団試験に聞こえますが・・・」ルイが言った。
「そう?」スイは言った。「君はそう判断するの?」
ルイは発言の意図を測りかねた。テオが行った。「それも自分で判断しろってこと?」
「義勇兵の心得は?」
「己が思考と直感で情報を峻別し敵を討て」
「試験の内容は?」
「ゴブリンの耳取ってこい」テオが答えた。「人雇えってこと?」
スイは肩をすくめた。「冒険者ギルドではドブ攫いの仕事は常にあるよ。試験は毎月あるんだから心配なら金をためて来月受ければいい」
「それだと金持ち有利じゃないですか」ルイが言った。「戦闘能力を見るべきでは?」
「それなら義勇兵と手合わせすればすぐ終わるんだよ。でも試験はそうじゃない。なぜだと思う?」
「自分で考えろ?」
「そう、自分で考えろ。騎士団ほど型にはまってない。しかし冒険者ほど放縦でもない。そういう人間を義勇兵団は求めているんだ。より正確には国家が求めているということだ」




