【追跡】
「なんだい、あれ」
タクシーの運転手は何時も自分が乗せるはずのあおいが、おかしな車に押し込まれるのを見ていた。
「人さらいですよ。急いで追いかけて」
「ええ? そうなのかい」
いささか呑気な運転手にカズキは「早く追いかけて。見失っちゃう」
「ああ。判った」
タクシーも勢いよく走り出した。
さっきの乗用車が、かなり離れた路地を右に曲がるのが見えた。
タクシーの運転手は、それを見て直ぐに目の前の路地を右折した。
「ちょっと、オジサン」
カズキが不安げに声を上げた。
「大丈夫だ、こっちの方が、大通りに信号一つ分早く出る」
運転手はそう言って、ハンドルを握り直した。
下校時間の為、歩道にはたくさんの学生がいた。
緩いカーブを左、右と抜けると信号が見えた。その直ぐ先は大通りだった。
ちょうど青信号になった交差点を、大通りに出て走ると、その先からあおいを乗せた乗用車が出て来た。
「よっしゃあ」
カズキよりも、運転手が奇声をあげた。
「追いつける?」
「このまま追いかける事はできると思うが、止めるのは難しいな」
タクシーは慎重に車線変更を繰り返して、あおいの乗った乗用車を追った。
その時、カズキは窓の外に目を止めた。
歩道を走る一頭の大きな犬。
車と同じズピードで走っている。
流れる景色の中で、ヒラリヒラリと人波を避けて全力で走るその犬を、カズキは不思議な気持ちで眺めていた。
「しまった。ちきしょう」
運転手が声を上げて、タクシーが急ブレーキで止まった。
赤信号に引っ掛ったのだ。あおいを乗せた乗用車が、遠ざかって行く。
再び青で走り出したが、あの乗用車の姿は見つからなかった。
「ちきしょう、何処かを曲がったか」
運転手が悔しそうに舌打ちした。
「オジサン、あの犬……」
「あぁ? 犬がどうした」
「あの犬を追って」
さっきの犬だった。タクシーと並んで走っていた犬は、歩行者信号の赤を突っ切って、しばらく先に立ち止まっていた。そして、カズキを乗せたタクシーが追いついて来ると、再び走り出したのだ。
カズキは、あの犬もあおいを追っているような気がしたのだ。
「なんて、足の速い犬だ……」
タクシーの運転手が、アクセルを踏む足に力を入れ直して呟いた。
犬が路地を曲がると、タクシーも曲がった。
カズキは、その間に携帯電話で警察に通報した。