【月影】
銀色の満月に照らされた紺青の夜空には、雲の波がゆっくりと流れていた。
あおいはその夜、何かに導かれるようにふと目が覚めた。
彼女の場合、眠っても闇、起きても闇なのだ。
しかし、この時は違っていた。
暗闇の中に薄明かりが差して、部屋の障子戸が白く浮き出ているのが見える。
廊下に月影が入り込んで、障子戸を照らしているのだ。
あおいは何の不思議もなく、ベッドから起き上がって戸口まで歩いた。
一瞬明かりが消えて暗闇に包まれた。雲の波に月が呑みこまれたのだろう。
その雲が抜けて、再び廊下に明かりが入ると、大きな四本足の影が障子に浮かんだ。
あおいは息を呑んだが、不思議と怖いという感覚は無かった。
そこには、記憶に新しい優しい気配があったから。
「ソラ?」
あおいはその影に向かって声を掛けた。
廊下のガラス戸が開いているのだろう。風が入り込む音が聞こえ、微かにカーテンがはためく影が映った。
「そこにいるのは、ソラでしょ」
彼女は、障子に映る影がソラだと判った。
『どうだい、目が見えるっていいだろう』
ソラは言った。
「でも、やっぱり怖いよ。目玉を切られたらどうなるのか考えると、怖くてたまらないよ」
『大丈夫さ。友達が助けてくれる。あおいはいい友達がいて羨ましい』
「ソラは? あなたには友達はいないの?」
『僕はいつも一人さ………でも、今はあおいと言う友達がいるけどね』
それを聞いて、あおいは微笑むと「うん。そうだね」
「でも…… あなた、人間じゃないの?」
『僕はソラ。それ以外の何者でもないんだ』
あおいは障子戸に手を掛けた。
途端にふっと明かりが消えたような暗闇が彼女を包み込んだ。
それは、何時も見慣れた漆黒の闇だった。
「夢……」
あおいはベッドの中で、暗闇に包まれたまま目を覚ました。