【友達・2】
「あおい、なんだよ歩きか?」
学校帰り、小林カズキが後ろから駆けて来て声を掛けた。「なんだよ」と言った割りに、彼はこの二人をめがけて走っていた。
「うん。今日はね」
あおいは学校の登下校時、本来タクシーを使う。
入学の際、登下校中に何かあっては、と言う学校側の要望があった。それに母親もその方が安心なようだ。
しかし、あおいはこうして時々圭子と一緒に歩いて帰る。
健常者なら十五分ほどの距離だ。もちろん、あおいのペースでは倍近くの時間が掛かるが、辺りの音や匂いを感じながら歩くのが彼女は好きだった。
圭子も嫌な顔ひとつ、と言ってもあおいには見えないが、そんな素振りはまったく見せずに付き合ってくれる。
圭子自身も、あおいとお喋りしながら帰るのは楽しいのだ。
「カズキ、部活は?」
隣にいた圭子が言った。
「大会が終わったばかりだから、今日は、軽くグラウンドを流して終わりさ」
「え、もう走って来たの?」
「ああ、軽いもんさ」
小林カズキは、陸上部で走り幅跳びをしている。背はそんなに高くは無いが、活発で明るい為、クラスでも人気がある。
「あたし達の歩くペースが、よっぽど遅いのね」
あおいが苦笑いで言った。
「そんな事無いよ。人それぞれなんだからさ」
圭子がそう言って笑うと、カズキは
「そうだよ。俺なんて、もし目を瞑っていたら、きっとまだ校舎の中だぜ」
その言葉にあおいが思わず笑い、三人の声が下校途中の住宅街に響き渡った。
カズキも圭子も、あおいの目が見えない事を話題にしない。と言う事はしない。
何でも普通に話し合う方が、彼女にとって気が楽だと言う事を二人は知っているのだ。
だから平気で「俺の目が見えなかったら」なんて会話も出てくる。
それでなくとも、目の見えないあおいは四六時中一緒にいる誰かに何らかの気を使わせてしまうことも多い。
それがもっとも感じないのがこの二人で、それはあおいにとって心地よいものだった。
走って来たカズキが何時の間にか自分達と一緒にいる事にふと気がついたあおいは
「別にあたし達に付き合わなくていいんだよ」
彼女なりに気を利かせたつもりだった。
「ああ、まぁ……どうせ俺も暇だしな」
「へぇ、暇な割には、何だかここまでは急いでたみたいだけど」
圭子が悪戯っぽい笑みでカズキに言った。
「急いでるんなら、遠慮しないで。引き止めてごめんね」
あおいは、カズキが自分達に遠慮をしてここから抜け出せなくなっているのだと思ったのだ。
「いや……」
「急いでたのは、あたし達に追いつくまでなんだよね」
再び圭子がカズキに言うと
「うるせぇな」
と、小声で言いながら、圭子をつついた。
カズキはグラウンドを走っているときに、彼女達が校門から出て行くのを見かけ、急いでランニングを済ませて追いついて来たのだ。
あおいと一緒に歩けるチャンスなど、そう滅多にない。
クスクスと笑う圭子の隣で、あおいは何だか判らなくて、ただポカンとしているだけだった。