【確保】
強く捉まれていた男の手が離れると、あおいはよろめいて危うく転びそうになり、手をついてそれを凌いだ。
『大丈夫かい?』
声が聞こえた。
「ソラ?」
あおいは、ソラの気配を探しながら応えた。
雑草をなぎ倒しながら、草むらで激しく揉み合う音が聞こえた。
「いててててて。やめろ! 勘弁してくれ」
包帯の男が叫んでいた。
続いて、草むらを掻き分ける複数の足音が聞こえたかと思うと
「大丈夫か!」
「手を上げろ!」
「あおい!」
いろんな声が、いっぺんに飛び交い、警官とカズキが一緒に駆け寄って来て、あおいの身体に触れた。
包帯の男はその場で逮捕された。
相棒の方は、潰れた車の中で気絶したまま捕まった。
「その声は……カズキ?」
「ああ、俺だよ」
そう言って、カズキは、あおいの肩を抱いた。
「カズキ……でも、どうやって?」
「あおいが何時も乗るタクシーのオジサンさ」
「やぁ、無事でよかったよ」
タクシー運転手が笑いながらあおいに近づいて
「キミの送り迎えは、けっこうな稼ぎになるからね」
「そうだ、犬が……」
カズキは思い出して、辺りを見回した。
「犬?」
あおいが彼に尋ねると
「ああ、俺たちが信号で一端まかれた時に、道案内してくれたんだ」
あの男たちがしきりに言っていた犬の事だろうとあおいは気付いていた。
あおいも思い出したように
「ソラ。何処なの」
近くに彼の気配は感じなかった。
「ソラ?」
カズキは、怪訝そうに彼女を見つめた。
「帰るの遅くなっちゃうな」
帰りのパトカーの中で、カズキがあおいに言った。
「うん……」
あおいは小さく肯いた。
「俺…… 楽しみにしてるよ。お前に俺を見てもらうの」
「で、でも…… 成功するとは」
「大丈夫さ。きっと大丈夫だよ」
カズキはそう言ってあおいの頭を撫でると、隣にいる警官の目を盗んで、彼女のほっぺたに軽くキスをした。
あおいはハッとして、頬を紅く染め「ちょ、ちょっとぉ」
「いいだろ、おまじないだよ」
あおいは途端に顔が熱くなり、頭の中味だけが宙に浮いてしまったような気持ちになって、心臓が急激に鼓動を早めるのを感じた。
でもその胸のドキドキで、手術の不安が完全に何処かへ飛んで行くような気がした。
「ン、ウンッ……」
運転している警官が、バックミラー越しに咳払いをして微笑んでいた。