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14.外堀を埋める

 

 オフィーリアの言葉に、ライラは驚く。姉が国からの補佐を要請しているのは知っていたが、それをレオンが担うとは思ってもみなかった。

「書いてある通りだよ。当主を失ってからのヴィルリア伯爵家の弱り様は、国としても認めるところだ。ただ弱らせている者は身内、つまり伯爵家の親戚達であることも明白」

 レオンの冷静な声に、ライラは唇を噛む。

 両親が亡くなってすぐに親戚であるゴード家がやってきて、伯爵家の財産を次々に持ちだして行った件は有名らしい。

 ライラは抵抗したもののそれを止めることが出来なかった不甲斐なさに、また苛まれる。


 先程サーベルでジェラールを追い返したオフィーリアは凛々しく、とても格好良かった。姉のように、自分にも力があれば、あの時あんな風にゴード家の面々に好き勝手させなくて済んだのだろうか。

 ぴり、とライラの魔力が反応して、隣にいたウェンディが驚いて目を丸くする。

「あ、ごめんなさいね。平気? ウェンディ」

「うん。ライラ姉様こそ、大丈夫?」

 幼い妹に小声で気遣われて、ますますライラは自分が情けなくなった。生まれもった力すらまともに制御出来ず、更にオフィーリアのような力を望んでも上手く使いこなせる筈がない。

 それに何故か以前よりも魔力の制御が難しくなってきて、疲労も強く感じるような気がした。不安になって視線を巡らせると、レオンと目が合う。

「ライラ」

「……大丈夫。ごめんなさい、話を続けて?」

 これ以上醜態を晒したくなくて、ライラは無理矢理話を促した。


 レオンは気づかわし気にこちらを見ていたが、ライラがこれ以上何も言うつもりがないことを察して話を再開した。

「……これまでは資産管財において血縁者の方が当然相応しいと見做されていた為親戚達の行いを止める手立てはなかった。資産管理の一環だと言われてね」

 ゴード家の盗人猛々しい主張に、オフィーリアははっきりと鼻白む。

「だがここまで伯爵家が弱るのは国としても予想外だ。ヴィルリア伯爵は俺と同じく外交官を務めていた、国の忠臣。このまま放っておくことは出来ない……と、リアと俺がそれぞれ嘆願書を送り続けて一年、ようやく国も認めてくれたというわけだ」

 そこまで話を聞いていて、ライラは内容的に幼いウェンディには聞かせるべきではないのではないか、と考える。しかし傍らを見遣ると、幼い妹はレオンの話を興味深そうに聞いていた。


 レオンもオフィーリアも、ウェンディを別室へ移そうとは考えていないようだ。

 これまでウェンディには幼いから、という理由であまり家の内情を話してこなかったが、かえってその方が不安を募らせる要因になってしまっていたのだろうか。

「ウェンディ……」

 そっと声を掛けると、ウェンディは爛々とした青の瞳でこちらを見上げてきた。うんうんといじらしく頷くので、同じように頷き返す。


 オフィーリアとレオンはそんな妹達の様子を見てから、話を再開する。

「うちに、国から補佐が派遣されるのは分かった。ようやくだな、助かるよ。私は剣は出来ても書類は苦手だ。あの親戚共とやり合うにも、経験・知識において力不足なのは認める」

 オフィーリアは潔く自分の非を認めた。

 うじうじ悩んでいる自分よりもよほどカッコよくて、ライラは相変わらず姉に惚れ惚れとしてしまう。


「だが何故その補佐役はレオンなんだ? 私とさして変わらぬ年の若造。しかも外国暮らしだ」

「……国が俺を補佐役に推挙してくれたのは、伯爵と同じ外交官であること、トゥーラン侯爵家の次男である為身分が保証されていて、尚且つ嫡男ではない為利害が発生しないこと。あとはまぁ、幼馴染であることも大きいかな」

「……外交官の仕事をしながら、補佐も出来るのか?」

「元よりヴィルリア伯爵もやっていたことだ。それに伯爵領は、ギードリアの王都よりガルジェラの方が近いから、通いやすいよ」

 何てことないようにレオンはにこりと笑う。その有無を言わさぬ笑顔に、オフィーリアは唇を皮肉げに吊り上げた。

「随分熱心に嘆願してくれたようだな」

 書類をひらひらと振って、オフィーリアは呆れたように言う。しかし挑発に乗ることなく、レオンは穏やかに微笑んだ。

「これぐらい出来ないと、お姫様は振り向いてくれないからな」

「それとこれとは別問題だぞ」

 途端、何の話をしているのかライラには分からなくなる。レオンはオフィーリアに、求婚しているのだろうか?

 そう考えると、胸の中を冷たいものがスッと落ちていく心地がした。


「勿論、恩に着せたつもりはないよ。憂いを取り除きたかっただけだ」

 レオンがそう言って、優しくライラを見つめる。

「ライラ。よく頑張ったね、これからは俺が手伝うから心配いらないよ」

「……あ、その……それは有難いけど、でも」

 決めるのは家長である姉だ。

 そりゃあとびきり優秀なレオンが伯爵家の運営の補佐に就いてくれたら、これほど頼もしいことはないが。

 ライラの緑の瞳が、助けを求めるようにオフィーリアを見る。その視線を受けて、オフィーリアは渋い表情を浮かべた。

「恩に着せては駄目だぞ。絶対だ」

「誓う」

 すぐさまレオンが、短く応える。

 オフィーリアは普段の潔さが嘘の様に悩み、低く唸ってから渋々頷いた。


「……分かった。レオンに補佐役を頼む」


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