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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第2章 冒険者の都と風変わりな鍛冶師
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第2章 エピローグ 新たな門出 2

本日三話目。

ようやくエピローグ完結。長かった……

閑話を一話挟んで第三章開始する予定です

 洋館の一階――――リビングルームと言う名の応接室。

 大きな長方形のテーブルに、8脚の木製椅子。古びた大時計は厳かに針の音を鳴らし、開かれたカーテンの合間からは暖かな光が部屋を照らす。まだまだ使う予定の無い暖炉は静かに息を潜め、代わりに空調システムとしての魔法道具が対照的に元気よく吠えている。


「悪いな、何分なにぶんここに住み着いたばかりだから嗜好品の類はほとんど買い込んでなくてな」


 空席の上座。

 本来ならここには隼翔が座るべきなのだが、生憎と彼は座れればどこでも良いというスタンスを取っており、今は長方形のテーブルの長辺部分に当たる場所に並べられた3脚の椅子の真ん中に座っている。

 そしてそのちょうど反対側にはクロードが腰かけ、左隣には難しい表情のアイリス。

 

 それぞれの前には、白い茶器ティーカップが並べられ、フィオナとフィオネが従者のように飲み物を注いでいく。

 注がれるのはそこそこの値をした茶葉から抽出した紅茶。果物のようなフルーティーな香りが部屋に立ち上り、地下迷宮で荒んだ心を優しく癒す。


「いや、十分高そうな香りだが。まあソレはいいか……まずは救援に来てくれた礼と謝罪をさせてくれ。助かった、そしてすまないこともした」


 姉妹が隼翔の世話を焼くために左右に座り、それぞれが紅茶で喉を潤したところでクロードは誠意を示すように頭を下げる。


「あ、あの……私も助けていただきありがとうございますっ。助かりました」

「気にするな。それよりもまずは自己紹介してもらっても構わないか?正直俺は二人のことを全くもって知らない」


 アイリスも追うようにして頭を下げるが、正直左右の二人と違って隼翔は感謝されたいわけでも謝罪してほしいわけでもない。

 フィオナとフィオネにしてもクロードが謝罪の言葉とともに頭を下げたので溜飲が下がったのか、コクコクと頷いたっきり、何も文句を言おうとせず黙っている。


「あ、ああ。そうだったな。俺の名はクロード・マレウス。知ってると思うが本職は鍛冶師で、副業的に冒険者をやっている。ランクはDだ。んで……」

「私はアイリス・プランシュです。クロードは幼馴染で、本職は木工細工師ウッドアーティスト。副業はクロードと同じ冒険者、ランクはCです」

「へぇ、上級冒険者なのか。すごいな」


 隼翔だけは他とは違い、黒い液体――コーヒーの入ったカップを傾ける。口いっぱいに広がる苦みとほのかな酸味。

 日常生活の品もあまり買い揃っていないはずの家で、隼翔はこれだけは譲れないと買い込んだ数少ない嗜好品の一つ。

 昔から、と言うか前世で寝る間も惜しみ勉学に没頭していた男は幼少の頃より、この苦みとカフェインの虜になっており、今では半ば中毒者のようになっている。

 だからこそ、市場で姉妹と買い物していた時に珈琲豆を見つけた時は子供のように目を輝かせ、フィオナとフィオネをキュンキュンさせたのだが……ソレはまた別の話として。

 二人の簡潔な自己紹介を聞き、隼翔は素直に感嘆した。


「いえ、貴方に比べたら私なんてまだまだですよ」

「確かにな。アイリスのCもすごいがお前はもっと上なんだろ?」

「ん?……ああ、そのことも含めて訂正と説明しないとな。まずは自己紹介から。俺は西園寺隼翔、分かるとは思うが冒険者でランクはF。んで、こっちが姉のフィオナ、反対側が妹のフィオネ。双子で俺と同じ冒険者、ランクもFだ」

「姉のフィオナです。クロード様、アイリス様よろしくお願いします」

「妹のフィオネです」

「あ、ああ。よろしく……って!?お前がFだと?なんの冗談だよっ」


 可笑しいだろっ、と食って掛かるクロード。だが、当の隼翔は珈琲を味わうように優雅にカップを傾け、ふうと息を吐く。そして――――。


「冗談でも何でもないぞ?ほら、これを見れば信じるだろ」

「……え?本気でFなのかよ……どうなってんだよ」

「どうなってると言われもな……Fだとしか言いようがない。まあそんなことはどうでもいいとして、これからの話をしようじゃないか」


 隼翔の手の甲に浮かび上がる白色のF。それをみれば一目瞭然で嘘を言っていないことが明らかとなり、クロードは思わず目を見開き、何度も見直す。

 対する隼翔は意趣返しができたとばかりにニヤッとシニカルに笑みを浮かべ、満足そうにカップに口をつける。

 その所作は一言で表現するなら優雅。正体が貴族あるいは一流の冒険者と言われても信じれてしまうほど洗練されている。


 呆然とそれを眺めてしまうクロードとアイリスだが、隼翔の表情が真面目なモノに変わり、カップをコツとテーブルに置かれたことによりハッと思考が切り替わる。

 同時にクロードとアイリスは少しばかり身構える。果たしてどんな命令(要望)を突き付けられるんだろう、と。

 乾く口と喉。下が張り付き、言葉を出すのが難しくなる。だが、目の前にあるカップに手を伸ばすことがなぜか憚れる。

 クロードとアイリスはごくりと喉を鳴らし、今か今かとその内容を待つ。


「そんなに身構えなくても変なことを言うつもりはないぞ。前にも言っただろう?」

「いや、だがお前には命を何度も助けられたし、アイリスも救ってもらった。それなのに俺は返せるものがないから……何を言われても聞くしかない状況だろ?」

「別に深い糸があって助けたわけじゃないからな……」


 悪徳業者の取り立てに怯えるようなクロードに、隼翔は何とも言えず、苦い笑いを浮かべる。

 言葉の通り深い意味は本当になかった。ただ、気に入った鍛冶師だったから、偶然賞金首(デスポート)を追っていたから、それと多少の下心。それ以外は本当に何もない。

 故に怯えられても困る、と言うのが隼翔の本音。だが、せっかくだからと隼翔は以前も提案したあることを願ってみる。


「ただ、お前がそこまで恩を感じているなら以前にも頼んだが、俺の専属鍛冶師にならないか?もちろん嫌なら断ってくれても構わない」

「……それだけか?ってか無理強いしないのか?」

「それだけの価値がお前にあると思ってくれても良いぞ。それに無理強いしても仕方ないだろ?それじゃあ良い関係も良い作品(武器)も出来ないからな」


 だろ?と片目を瞑って、同意を求める隼翔。

 果たして自分にそれだけの価値があるのかクロード自身には判断できなかったが、それでも隼翔の後半の言葉にクククッ、と笑いをこぼす。


「ああ、そうだな。なら悪いがその話断らさせてもらう……代わりに俺をお前の専属鍛冶師にしてくれないか?」

「……頑固な鍛冶師だ。ああよろしく頼むぞ」


 断りの言葉に隼翔は表情を変化させず、姉妹は、なっ!?と憤慨して見せた。

 だがそのあとに続く頼みに隼翔は思わず破顔し、姉妹は……へっ?と首を可愛らしく傾けた。

 そのままどちらともなく互いに手を伸ばし、コツッと拳を互いに軽くぶつけ、契りを交わす二人。

 だが、クロードの横に座るアイリスの表情を決して明るいモノではない。


 普通なら、というか彼女の性格ならクロードが認められたなら真っ先に声をあげ、もろ手を挙げて喜ぶはず。

 それなのに今は静かに座り、俯く。

 その姿に真っ先に違和感を感じたのはなぜか隼翔だった。


(うむ……どうしたもんかね?)


 男臭く笑っているクロードをしり目に、内心で思索に耽る。

 別に普段のアイリスと比べて可笑しいと感じたわけではないし、そもそも普段の彼女とクロードの関係を知っているわけでもない。

 だが漠然とアイリスの俯き憂うような心配するような、その横顔に見覚えがあった気がした。

 

(……少なくとも今俺が考えることじゃないな。その時に、必要なら背中を押せば良いか)


 果たしてそれがかつての母の姿だったのか、あるいは虚空に佇む女神の姿だったのかは分からない。

 だがどちらにしても、隼翔は今はまだ自分が手を出すその時じゃないと結論付け、とりあえず椅子に座り直し、カップに手を伸ばす。

 鼻腔を抜ける苦みと微かな香り。くすりと思わず笑みが漏れる。それは珈琲の余韻もあるのだが、やはり認めた男が鍛冶師になってくれたことが大きいだろう。


「さて、これからだが……クロードどうする?ここに住むか?それなら鍛冶場である工房を敷地内に建てるが?」

「住んでいいのか?それに工房まで建ててくれるって……いや、確かにこの屋敷に住むお前なら余裕で建てられるとは思うが……」

「別に部屋は無駄に余ってるし、専属なら近くにいてくれた方が俺もありがたいからな。必要な投資は惜しまないつもりだ」

「それじゃあ、よろしく頼む。今はまだ未熟でしかないが……いつか必ず最高の作品を作り上げて見せる」

「楽しみにしてるよ。とりあえずいつでも受け入れは出来るから準備が出来たらいつでも来てくれ」

「分かった。とりあえず今日は準備もあるし、暇させてもらうよ。アイリス帰ろう……アイリス?」

「……ん?ああ、ごめんクロード。何?」

「いや、帰ろうって言ったんだが……もしかして疲れてるのか?」

「う、ううん。大丈夫!!問題ないよっ」


 今後の話し合いを済ませると、クロードは出されていた紅茶をグイッと煽り、横に座る幼馴染に視線を送る。

 いつもならすぐに返事したり気が付いたりするのだが、今日はどうにも可笑しい。

 物静かで、顔をずっと俯かせ、ぼーっとしていることが多いように見受けられ、快活なアイリスらしくない。

 クロードは心配するように肩に手を伸ばすが、はっと顔を上げるとアイリスは無理やり元気だと言わんばかりに笑顔を浮かべる。


「本当に大丈夫かよ?あんなこともあったんだし、家でしっかり休めよ?」

「うん……ありがと。それよりもクロードは……ここに住み込むって本当?」

「ああ、聞いてただろ?色々恩もあるし、何よりも俺はハヤトの鍛冶師になりたいんだ……どうかしたのか?」

「う、ううん。なんでもない。それよりも早く帰ろ」

「お、おいっ。待てよ」


 挨拶もそこそこに、逃げ出すように立ち上がり玄関に向かうアイリス。

 普段の彼女らしさが完全に身を潜め、幼馴染としてあるいはそれ以上の感情を抱く男として、その背中を追おうとするが、知らぬ間に肩に伸ばされた手がそれをさせない。

 貧弱とまで言わないまでも、かなり細い腕。だがその手に掴まれ身体は動かない。まるで巨人にでも掴まれているのではと錯覚してしまいそうなほど。


「悪い、ハヤト。今はあいつを追いかけたいんだが?」

「その前に大切な話がある。それが終わってからでも追うのは問題ないだろ?フィオナ、フィオネ。それまで彼女を捕まえておけ」

「「承りましたっ、ハヤト様。ただし、くれぐれも無理はしないでくださいね」」

「……逃げないし、話をするだけだよ」


 この細腕のどこにこんな力が、と思いつつ、クロードは以前のように声は荒げず肩を掴む隼翔に言外に放してくれと告げる。

 だが当の隼翔は放そうともせず、真剣な眼差しでクロードの瞳を覗き込む。心の奥底まで見通そうとしているかのような視線に、観念したように諦めるクロード。

 だからと言って隼翔は二人を邪魔したくてこんなことをしているわけではないので、双子にアイリスを留めておくように言い含め、クロードにもう一度椅子に座るように促す。

 緊迫した雰囲気がリビングに漂う。

 ただ、姉妹が出ていく際に残した言葉により、その雰囲気が若干緩み、少しだけ居心地が良くなった感は否めない。


「さて、話っていうのは彼女のことだ」


 ガタガタと椅子が揺れる音が静かな室内に響く。その発生源である鍛冶師はそれを鳴らしているのに気が付いていないのか、普段通りの顔をしているが、焦りを一切隠せていないその姿に隼翔は苦笑しながら話を切り出す。


「アイリスの?……あいつにも何か要求したいのか?」


 瞬間、剣呑な雰囲気が二人を包む。

 確かにアイリスに何かを要求していい立場に隼翔がいるのは理解できる。だが、ソレを容認できない自分クロードが威嚇するように暴れ出す。

 あいつは俺が護る、幼馴染以上の感情を剥き出しに睨むクロード。だが、隼翔は苦笑を継続させながらかぶりを振る。


「さっきも言ったが俺は何も要求しないって。聞きたいのはお前が彼女をどう思っているか、だ?」

「はぁ!?いや、そもそもそんなこと聞いてどうするんだよっ」

「幼馴染以上の感情を抱いているんだろ?」

「うぐっ!?いや、だからっ――――」


 クロードの言葉に取り合わず、確信を突くように言葉を重ねる。

 思わずのけ反り、言葉を詰まらせるクロード。それでもしらを切ろうと試みるが、隼翔は決してそれを許さない。


「別に他人の恋愛に口を出したいとは思わない。ただ俺の専属の鍛冶師になる以上、悔いの残る選択はしてほしくない。それは今回のことでも身に染みただろ?」

「いや……それは……まあ」

「これから俺と行動する以上、今回以上の危機は嫌でも味わうことになる。もちろん俺がソレをさせないつもりではいるが、それでも絶対という保証はない。だから常に幸せを追求して欲しい、と俺は思っている」

「……」


 クロードは色々と聞きたいことが出来たが、隼翔の瞳がソレは今度必ず説明すると告げているので今は聞かず、隼翔の言葉に耳を傾ける。

 確かにアイリスに幼馴染以上の感情を抱いている。具体的には好きだという感情がある。だが、どうしても今の自分の立場がソレを言うことを憚る。

 向こうは上級冒険者で売れっ子の職人。対して自分は冒険者としても職人としても劣る。果たしてそんな男がアイリスと釣り合うのか、と。


「お前としても色々と葛藤があるだろう。だが、本当に大切な存在と己の矜持を秤かけるな。後悔することになるぞ?」

「っ。確かにそう、だな……」

「それに気持ちを伝えたとして、お前の鍛冶師としての誇りは損なわれない。将来彼女と釣り合う男になればいいんだからな」

「……悪い、助かったっ」

「ああ、気にするな。住む場所ならいくらでも提供してやる。それに俺としても戦力が増えるのは好ましいからな」

「……良い性格なのか、良い奴なのか分からないな、ハヤトは」

「さてね。それよりもさっさと気持ちを伝えてこい」


 隼翔の言葉を受けて飛び出していくクロード。

 その背中を見ながら、隼翔は柄にもないことをしたな、と肩を竦め、すっかり冷めてしまった珈琲を楽しむのだった。



















 クノス某所。

 立ち並ぶボロボロの建物に、崩れそうな石柱、めくれ上がった石畳。風が吹くたびに、砂埃が微かに舞い、ボロ小屋がギシギシと音を鳴らす。

 まだ夕暮れ前だというのに、ここはどこか他と違い薄闇が覆い、人が近づくのを拒んでいるように思える。


「アレが消された、だと?」

「はい……せっかくの実験体が殺されました」


 ひび割れた男とも女とも区別のつかない音が閑散とした廃墟の一角から響く。

 見た目としては教会のような建物。だが、漂う雰囲気に神聖さは皆無でどちらかと言えば穢れた雰囲気がある。

 首から上を失った聖母像の前に浮かび上がる複数の影。人の形にも見えるが、揺らいだり、薄れたりするさまはまさに陰と表現するのが正しい。


「……死体はどうなった?ギルドに回収されたか?」

「いえ、幸いにもどうやら焼却されたようです。何も証拠となるものは持ち去られていないかと」

「そう、か。混沌の雫のことが露見すれば今後の計画に支障が出るからな……それで、実験体を殺した奴などこの奴だ?」

「……ソレが素性がほとんど掴めませんでした」

「バカなっ!?アレは上級冒険者すら軽く屠る力があるんだぞっ!?二つのある冒険者じゃないのか?」


 割れた怒声が響き、廃教会の天井の一部が不気味な音とともに、落ちる。


「どうやらこの都市に最近やってきた者らしく……」

「それでも、それほどの力があればどこかで名が知れ渡っているんじゃないか?」

「いえ……調べてみましたが、経歴どころか名前すらも曖昧で……」

「ちっ、まあ良い。そのおかげで露見せずにすんだしな」


 陰の口元がニヤッと三日月を描く。ソレは悪魔の微笑み、人を人と思わない者の笑み。


「とりあえず報告は以上か。では我が悲願のために……捧げよっ」

「「「「捧げよっ」」」」


 陰たちは割れた声を揃えると見た事もない祈りのポーズをとり、どこからか取り出した杯を傾け、中の液体をこぼす。

 鮮血のように赤い液体がポタポタと溢れる。それらは地面に幾何学模様を描き、怪しく光る。

 廃教会の外にまで漏れる怪しい光。

 それは何度かの明滅を繰り返したのち、何もなかったかのように収まりを見せる。そしてその頃には内部にはすっかり陰は無くなり、生臭い香りだけがいつまでも漂い続けるのだった。

クロードとアイリスの関係がどう進捗していくかについては、後日別に閑話として詳しく書きます。

まあ第3章が開始されればどうなったかは分かりますので……。


恋愛は難しいですね(笑)

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