魅惑の……
後半はちょっぴり性的な描写があります
「やっと戻ってきたな」
地下迷宮に滞在していた時間は半日も無かったのだが、隼翔はすっかり夜の帳が下りた空を窓越しに眺めながらそんな言葉を漏らす。そんな隼翔の言葉に同調するようにフィオナとフィオネもまた体を解しながら耳をピクピクと動かしている。
リラックスした雰囲気を醸し出す彼らが今いるのは冒険者ギルドの様式美溢れる一階である。
「流石に夜なだけあって混雑してますね……」
「どうします、ハヤト様?急ぎではないですし、難でしたら明日にしましょうか?」
時間が夜ということだけあって、地下迷宮帰りの冒険者たちでごった返している。
この後どこの酒場で打ち上げしようとか、今日の戦闘のどこが良かった悪かったと振り返る者など聞こえてくる会話はさまざま。
基本的粗雑で暴力的と評価される冒険者だが、ギルド内では従順であまり粗暴な行動はしない。その理由はやはり本能的にギルドに逆らってはいけないと理解しているからだろう。……もちろんナンパなどは当たり前のように行われているのだが。
そんな冒険者たちの事情など知る由もない隼翔は、整然と列を作る冒険者たちに訝しげな視線を送りながらも、そんなこと気にしても仕方ないか、と思考を切り替え、思案気な表情を浮かべる。
「いや……今日中に済ませておこう。賞金首の情報も欲しいところだしな」
隼翔がそう結論付けると、フィオナとフィオネもそれ以上は何も言わずにおとなしく列の最後尾に並ぶ。流石にかなりの人数なだけあって待ち時間がかなり長い。基本的に並ぶことと待つこと、そして人の多いところが苦手な隼翔だが今はその三拍子が揃っているにも関わらず、全然機嫌が悪そうではなくむしろ口角が少しばかり上がっている。
その理由はやはり双子姉妹が左右にいるからだろう。隼翔は彼女たちと周囲の冒険者たちと同じように和気藹々とした話をしているおかげで一切の不機嫌要素を感じず、隼翔の体感で10分もしないくらいで受付へとたどり着くことができた。
「依頼の報告と納品、素材の売却それと討伐依頼の情報が欲しいんだが……」
「かしこまりました。それではまず依頼の方から確認させて頂きますね」
にっこりと微笑む受付嬢……ではなく男のギルド職員に双子の認識票だけを手渡す。この認識票を照合することによって、誰がどの依頼を受けているかがわかるようになっているのだが、ギルド職員は少しだけ困ったような表情を浮かべる。
「ああ、俺は依頼を受けていないんだ。だから気にしないでくれ」
言いたいことを察した隼翔は彼が口を開く前に薄ら笑いを浮かべながら構わず進めてくれと促す。それを聞いてギルド員は、先とは別の意味で困惑した表情を浮かべるが、それ以上は立入ってはいけないとばかりに作業を進める。
(まあ普通じゃあり得ないことだからな……だが俺の場合は強くなりたいだけだからな。無駄な名声と権力は返って邪魔になる)
隼翔が冒険者になったのはあくまでも地下迷宮に潜るのに必要だからという理由だけで、冒険者としての格を高めようとは思っていない。むしろそれだけ名が知れ渡ってしまえば同じくらい自身に関する情報も漏えいしてしまうリスクも負わなければいけないため、隼翔は依頼を受ける気もない。
ただ姉妹に関しては、ランクアップを推奨している。隼翔は自身を守るだけの力を十分有しているが、双子に関していえばまだ足りない。名を上げることにリスクもあるが当然、恩恵もある。それが無用なちょっかいが減るということだろう。名が護ってくれることもある、それを知っているからこそ、姉妹には積極的に依頼を受けさせようとしているのである。
(目標が明確であればあるほど努力はしやすい。そういう意味では冒険者ランクっていうのは二人の目標にも最適だな)
そんなことを考えながら待っていると、ギルド員が応対用の笑みを浮かべながら戻ってきた。
「フィオナ様とフィオネ様ですね。受注中の依頼内容を確認できました。それでは納品依頼の品物をこちらにお出しください」
そう言って黒塗りのピカピカの受付台に銀のトレーが置かれる。隼翔は腰に括りつけられた巾着から次々と依頼の品を出すとそのトレーに乗っけていく。
「コレで全部ですね。……それでは少しばかりお待ちください、数量を確認させていただきますので」
フィオナとフィオネの二人分ということで納品量はトレーを埋めるほどの壮観な光景になったが、ギルド員は全くもって驚いた様相は見せずごく普通に対応する。
それもそうだろう。大抵のパーティーは5人程度を組んで依頼をこなす。故に納品量も5倍になるため、トレーが一枚で足りるということはあまりない。それと比較すれば今の量は二人にしては多いが、驚くに値しない。
「中々の量だが、たいして驚いていないな。普通はもっと多いのか?」
「うーん、どうなんでしょうか?フィオナ、知っている?」
「私も詳しくは知りませんが、周囲を見てると大抵はもっと多いようですね。だからあまり気にしなくても平気そうですね」
そんな理由を知る由もない隼翔は、トレーを奥へと運んでいくギルド員の後姿を眺めながら自分たちの行いが目立っていないか少しばかり警戒するそぶりを見せる。
しかしそれは杞憂だったようで、フィオナが周囲を見渡しながら述べる見解を追随するように周囲に目を向け、注目と不審を集めていないことに隼翔は静かに安堵の息を漏らす。
「確認が取れました。コレで依頼中のクエスト10件の内、8件が完了いたしました。残りはラビット種とコボルド種の賞金首討伐依頼だけですね」
「ああ、そのことで少し聞きたいことがあったんだ。話から察するにまだ討伐は未了のようだが、何か新しい情報はあるのか?」
セールススマイルを浮かべながら奥から戻ってきたギルド員からクエスト達成の言葉を受け取り喜ぶ双子姉妹をしり目に隼翔は淡々と討伐依頼に関しての情報を聞き出す。
賞金首討伐依頼は競合型依頼と呼ばれる。簡単に言えば同時に複数の冒険者が受けることができ、最初に討伐した者だけが依頼成功となる依頼である。だからこそ、必要以上に情報収集が大切な依頼であり、多くの冒険者が地下迷宮帰りに隼翔と同じようにギルド員や冒険者仲間から情報を得ようとするのである。
「今のところ、我々ギルドに寄せられている情報ではどちらの賞金首も15層以下で目撃されており、かなり強力に進化を遂げているというくらいでしょうか。それ以外ですと、本日大きめのパーティーが討伐に本腰を入れ出発したというところですかね。皆様は何か新たな情報を入手できましたでしょうか?」
「……いや、生憎と遭遇できていないからな。何も伝えられる情報はないな」
悪いな、と告げる隼翔にギルド員も対して期待していないのか残念そうなそぶりを一切見せずに簡単に言葉を返す。
(恐らくだがあの時感じたのはどちらかの賞金首の気配なんだろうな……俺の敵ではないにしろ、賞金首ってのは随分と力を増すもんだな)
目の前のギルド員の態度を気にすることなく、依頼報酬と売却報酬を受け取る隼翔だが、その思考は少しばかりでも警戒心を持たせるほどまでに進化した賞金首のまだ見ぬ姿に少しばかりの期待感を抱いている。何せ心臓を貫かれたあの日以来、強者とは片手で数えるほどしか出会っておらず、何よりも命を賭したやり取りなど皆無と言っていい。
だからこそ、賞金首という楽しみな獲物との命のやり取りを通して少しでも成長できたらという淡い期待を抱いているのだが、隼翔は一つだけ大きな勘違いをしていた。
それは決してEやD程度の賞金首がどんなに進化したところで、今の隼翔にわずかばかりでも警戒心を抱かせることなどありえないということである。
そのことを知らぬ隼翔は少しばかり感覚を研ぎ澄ましながらギルドを後にするのだった。
現在、隼翔たちが住む屋敷は上空から眺めるとちょうどロの字の格好をしている。
門から屋敷の入り口までは石畳が整然と敷かれ、その途中には清涼感溢れる噴水が設置され、それ以外の場所も狩り揃えられた芝や剪定された苗木が品良く植えられている。その造りは隼翔の慣れた和風の屋敷というよりは洋風の屋敷――洋館と表現するのが正しいかもしれない。
部屋の数は小さいものを除いても20を超え、広間も3つほどある。とても三人で暮らすには無駄な規模であり、大部分が使われていないのだが、その中で隼翔がこだわっている場所がいくつかある。
その一つが洋館のまさに中央――ロの字の部分の2階に造られた施設。
「ふぅ……」
暖かい白煙が濛々と空間を包み、肌を湿った熱気が優しく解す。ほのかに檜に近い森の香りが心に安らぎを与え、熱めのお湯が身体を覆い緊張を和らげる。
見上げれば満点の星々と煌々と赤い光を放つ月が見え、まるで高級旅館の露天風呂に浸かっているような気分にさせ、より贅沢な気持ちとさせる。そんな場所にいるせいか、思わずといった感じに隼翔は息を漏らす。
隼翔の日本人としての性が拘らせた一つの施設――それが現在彼のいるお風呂である。
もちろん風呂と偏に言っても、個人宅にあるような一人で浸かるような規模ではない。先にも述べたように高級旅館のような施設規模であり、湯殿に関しても優に10人が寛ぎながら浸かっても余裕があるほどの木製の本格的なモノ。
「それにしてもこれだけの規模のモノを一日も掛からずに造り上げてくれるとは……随分と無理をさせてしまったな」
バシャッと熱い湯を顔にかける。そのまま湯殿の縁に両手をかけ、顔を隠すように手拭いを乗せる。
覆われた視界の外では湧き出すお湯がバシャバシャと日本人としては心地よいBGMを奏で、心身ともに脱力し思わず瞼が下がりかける。
本来この洋館にあった風呂というのはここまで日本人向けの、本格的なモノではなかった。それこそ石造りでそこそこの広さはあるが、冷たさがどこか漂うようなモノだったのだが、隼翔がほかの部分はある程度適当だったのモノの、ここだけはこだわりを見せたためにノマルもその要望をしっかりと叶えたらしい。
いくら魔法がごく普通に溢れる幻想的な世界とは言え、これを短時間で仕上げたのだからかなり無理をさせたのだろうなと心の底で感謝と謝罪の言葉を漏らしつつ、今はこの甘美な時間をゆったりと味わう。
どれくらいの時間が経過しただろうか。すっかり気を緩ませ、身体をふやかした隼翔。
普段であれば確実にここまで気を緩めることなどあり得ないのだが、日本人として決してあらがうことのできない風呂の魔力に憑りつかれ、警戒心と思考能力を落としていた。
――――その結果、この快適な空間への侵入者に気が付くことができなかった……いや、正確には拒むことを忘れていた。
「うわぁぁああっ!!凄い広いねっ」
「もうっ!!フィオネっ、はしたないわよ。……ハヤト様、ご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか?」
ガラガラッ、と控えめに開かれる扉。
「ああ、問題ない。気持ちいいぞ……」
ぼーっとしながら、何気なく返事をする隼翔。
聞こえてきた声が聴き慣れた姉妹のだったからか、あるいはのぼせて惚けていたせいか、あるいはその両方とほかの要素が混じったせいか。
「ありがとうございます、ハヤト様」
「それでは……失礼しますね」
ん?と一人でいるはずなのに、なぜ会話相手がいるんだ首を傾げつつ湯から体を起こす隼翔。その動作により、顔に乗っていた手拭いがはらりと落ち、開けた視界の先に驚きの光景が広がっていた。
ちゃぽん、と湯殿ひいては自分の隣にやってくる二つの影。
腰まである金色の髪に、大きな三角耳。冒険者の割にその肢体には傷一つ見当たらず、きめ細やかで美しさを保っている。またここが風呂場ということもあり、その身は一切隠されておらず桃のようにハリのある双丘も、引き締まった腹部も、獣人特有の尻尾を揺らす見麗しい臀部も、すべてが丸見えである。
「…………」
「あ、あの……ハヤト様?」
「そんなに見られてしまうと……流石に恥ずかしいですぅ」
「へ、あ、いや、すまんっ!!……じゃなくて、だっ」
唯一の違いと言っていい筆の穂先のような尻尾の数を除けば体型も容姿も似ている姉妹。
いくら体を重ねた間柄と言っても身体を何度も見たわけではないし、仮にそうであったとしてもやはり女性経験の少ない隼翔は慣れることはないだろう。
それ故に、か。隼翔は左右で湯に足を浸けるフィオナとフィオネの間で視線を彷徨わせながら、思わず凝視してしまう。
あまり厭らしさの無い視線だが、やはり男としてその目は獣のような力強さも宿っている。
そこらの有象無象の男に、そのような視線を向けられればフィオナとフィオネも嫌悪を抱き、肢体を隠そうとしただろう。だが今見ているのは心から慕い、恋慕を抱く男――隼翔。彼になら見られてもいい、あるいは見られたい。そんな想いがあるからこそ、恥ずかしそうに声を細めながらもあまり隠そうとはせず、むしろ指や手の隙間からギリギリ見えるように身をよじらせる。
だからこそ隼翔の視線はより双子に集中してしまうのだが、武士としての鋼の精神か、もしくは双子の恥ずかしそうな声に反応しただけか。ハッとしたように視線を背けると、声を上ずらせながら謝罪の言葉を口にする。
しかし、そこで自分は悪くないのではないかと思い至った隼翔はちょっとだけ言い返そうと言葉を絞り出す。
「なんで二人ともここにいるんだよっ!?」
隠しながらも湯殿に浸かる二人に抗議の声を上げる隼翔。
だがそんな隼翔の抗議の声に今度は姉妹は不思議そうに首を傾げてしまう。まるで何を言っているのだと言わんばかりの姿である。
「いや、え?って顔しているが……俺が入っているんだぞ?」
「なぜ、と言われましても……」
「ハヤト様が入ってもよろしい、とおっしゃったのですが……」
桃のような双丘を湯殿に浮かし、ほんのりと肌を朱に染めるフィオナ。フィオネも隼翔の反対側で恥ずかしそうに頬を染めながらもやはり当たり前のように湯に浸かる。
そんな二人を訝し気と男としての視線を混じり合わせながら、隼翔は思索に耽る。
(俺が……入っていいと言った?何時だ、そもそも俺がそんなことを言うか?)
視線を姉妹に向けないようにしながら風呂に浸かってからのことをゆっくりと思い出す。
確かに風呂の気持ちよさに身体から力を抜いたし、心も休めた。そして何よりもいつも以上に警戒心を緩めた。それでも知らない人間が自分の領土に侵入してくれば反応できるし、拒むことができた。
(それを無意識にしなかった……と言うことはそれほどまでにフィオナとフィオネを大切にして、心を許してるんだろうな。だけど、ソレのせいでまさかこんな状況を作ってしまうとは……)
少しずつ言動を思い出し、悲しくもやはり男としてこの状況に喜んでしまう。
(……すべては俺の招いた種……どうするべきかね)
頭を抱えたくなるが、それはやはり二人に失礼になると考えその素振りは見せずに頭を悩ませる。
「「ハヤト様……」」
ウルウルと瞳を潤ませながら、肌を朱に染め上げ上目遣いで見てくる姉妹。
それを見て、隼翔は据え膳食わぬは男の恥か、と諦め、大人しく湯殿に浸かるのだった。
……ただ、本当に大人しく浸かっていたかは三人しか知りえぬ事であるのは間違いない。
三人が湯殿で何かしたか、してないかは皆様のご想像にお任せします




