副業冒険者
隼翔たちが地下迷宮から引き上げているころ、彼らと入れ違うようにして二人の冒険者風の者たちが地下迷宮・岩窟層に足を踏み入れていた。
一人は男。この世界で標準的な身長で腕や胴回りは中々に逞しい。粗雑に短く刈られたオレンジ色の頭髪に、首元にはゴーグルのような眼鏡をぶら下げ、深緑色のつなぎを着ている。彼の背には長剣のようなモノがあるが柄は不自然に曲がり、剣身の部分には包帯が巻かれ、なおかつ巨大な背嚢が全容を隠すため詳しい形状は分からない。またその背嚢からはツルハシやミノ、金づちといった採掘道具が見え隠れしている。
「なあ……。ここまで来て難だが、本当にお前も潜るのかよ?」
前を行く男――クロードは背後を歩く女性に困ったように声をかける。
女性としては高めの身長で、その目線はクロードよりやや低め。短く肩口に切り揃えられた薄黄色の髪に、日本人に近い黄色い肌。物腰柔らかさそうな目元に下がり眉、全体的にも温厚そうな雰囲気が漂う。
「ええ、もちろんよ!一応副業はクロードと同じ冒険者だから地下迷宮に潜るのは当たり前じゃない。それに私はクロードよりも冒険者としてのランクが上よ。だから鉱石の採掘中も護衛は任せなさいって」
ドンッ、と女性にしては少しばかり薄い胸を叩き、にっこりと笑みを浮かべる。
「そりゃあ、確かにアイリスは冒険者ランクCの上級冒険者で、俺よりも強いから護衛には打って付けだが……お前だって木工細工師としての仕事はいいのかよ?」
「確かに木工細工師としての依頼があるけど、一応地下迷宮探索も仕事のうちだよ!材料がないと作製とかできないし」
「だからって俺に付き合わなくてもいいんじゃないか?」
その質問が無駄だと分かりながらも、クロードはどこかばつが悪そうな表情を浮かべながら、朗らかな笑みを浮かべる彼の幼馴染の女性に視線を向ける。
彼女の名はアイリス・プランシュ。木工細工師という職を授かる炭鉱族の女性であると同時にクロードの幼馴染である。
木工細工師とは、名の通り生産職なのだが彼らの生み出すものは日本で知られる一般的な木工細工――玩具や民芸品ではない。彼らが造るのは弓や剣の鞘、槍の柄といった武具の装飾品である。
そのような理由から鍛冶師と木工細工師というのは提携を結んでいることが多く、マレウスとプランシュも例により提携を結んでいる。だからこそクロードとアイリスもまた幼少のころより鍛冶師・木工細工師見習いという関係で切磋琢磨し合うと同時に家族同然に育てられた。
(まあ、だから一緒にいるのは不思議じゃないんだが……こいつ冒険者としても技術者としても俺より上だから、なんつーか居心地悪いんだよなぁ)
チラッと幼馴染に視線を向けるクロード。
幼馴染として贔屓目に見なくても端整な顔立ちをしており、その温和な雰囲気と相まって万人受けする人物。現に彼女に弓や鞘・杖なんかを拵えて欲しいという者たちのおかげで顧客が増加しているという噂さえ立つほど。もちろん、容姿だけでなく木工細工師としても十分な腕があるからこその噂だろうが、それだけでもかなりハイスペックな人物だというのは分かる。
加えて冒険者としても上級に名を連ねるのだから幼馴染としては鼻が高くもある。
しかし、とクロードはため息を漏らしてしまう。
自分は鍛冶師としては未熟どころか異端とまで評され、冒険者としても凡人の域を脱しない。方や隣にいるのは木工細工師としても冒険者としても上の天才。
いくら幼馴染という繋がりがあったとしても彼女のような人が自分の隣にいれば人の目を惹いてしまうし、引け目も感じてしまう。加えるなら男としてという無駄な矜持もその一因と言えるだろう。
そんな視線を感じたわけではないが、アイリスは喜怒哀楽が見事なまでに混じり合った、複雑な表情を浮かべる。
「そんなこと言わなくていいじゃんっ!私はこうやってクロードと地下迷宮来れるの楽しいし、何よりもこうやって時間とれるの久しぶりじゃんっ!……何よりも私は頑張ってるクロードの力になりたいんだよ……」
だからね、と顔を伏せる幼馴染の姿にクロードは拳を強く握りしめる。
アイリスは心から自分のことを応援してくれている。それなのに自分はなんだ、下らない矜持でその行為を邪険にしようとしてるとは、とクロードは自己嫌悪に陥り、己の不甲斐なさに憤りを感じる。
握りしめた拳からは血が流れ、滴が地面に吸い込まれる。そして何を言葉にしていいか分からないクロードだが、どうにか口を開こうとした瞬間――。
――バキッ、バキッ
不快な音が鼓膜を揺らした。同時にクロードの思考は一気に戦闘モードへと切り替わる。
咄嗟にクロードは背中の得物に手をかける。横ではアイリスが先までも温和な雰囲気から一転して剣呑な漂わせている。
思わず目を見開きつつ、その変化に流石だなとクロードは内心で言葉を漏らしながら背嚢を落とす。ドサッと鈍重な音が通路内を反響する。
「……クロード、来るよ。準備は大丈夫?」
「応っ!まかせ、なっ」
アイリスの声に反応するようにクロードは包帯の巻かれた長剣のようなモノを力の限り壁から飛び出てきたゴブリンに振り下ろす。
グギャッ、とうめき声をあげながら黒煙へと姿を変えるゴブリン。しかしクロードはそれに目も向けず、わらわらと湧き出す魔物たちに視線を向け、ため息を吐く。
「……相変わらず一度湧き出すと、虫みたいに減らねぇな」
「仕方ないわよ。だってここは地下迷宮なんだもん」
それくらいクロードだって知ってるでしょ、とウインクを決めつつ2mを超える三日月斧を両手で薙ぎ、魔物の群れを一掃する。その切断面は隼翔のような洗礼された斬撃というよりは天性の膂力に任せた打撃に近いかもしれない。
だからこそ、クロードは思わずといった感じにありのままの感想を口にしてしまう。
「おめぇは相変わらず馬鹿力、だな……」
「ちょっ、クロードっ!!それは女の子にいう言葉じゃないよっ!?」
もうプンプンだよっ、可愛らしく頬を膨らませ窘めるアイリスだが、バカでかい得物を振りますその勇ましい姿には可愛さではなく恐ろしさを抱かせる。
もちろんクロードはその頼もしい姿に見惚れ動きを止めることはなく、むしろ負けじと巻かれた包帯を力強く破り捨てる。
汚れた包帯の下から出てきたのは片刃の直剣の峰側に細い筒が取り付けられた不思議な武器。クロードはその武器を迫りくる魔物たちに向けると、首にあるゴーグルを上げアイリスに向かって叫ぶ。
「アイリスっ!!絶対にこっちは向くなよっ、それと煩いのは許せっ」
「えっ!?ちょ、ちょっと待ってよ、クロードっ」
アイリスの必死の静止も虚しく、クロードは柄の部分に取り付けられた引き金のようなものを思いっきり引く。すると――――。
――ズドォォオオオオンッ
鼓膜が破れるのではないかというほどの轟音と視界を覆いつくすほどの眩い閃光が通路内を包み込んだ。
アイリスは思わず思い切り目を瞑る。普通なら地下迷宮の、しかも戦闘中に視界を覆うなどご法度の行為。もちろんアイリスだって上級冒険者の一端なのだからそれくらいは理解している。それでも目を瞑ってしまうのは、それほどまでにクロードの使った、ソレの威力が凄まじかったということを意味している。
「アイリスっ!!そのまま屈めっ」
未だに閉ざされたままの視界の外からクロードの強い声が聞こえ、アイリスは反射的に身を伏せる。その直後、ガァーッと空気を押しのけるような凄まじい音とともに、頭上を熱量を持った何かが一気に通過した。
「っ!?」
息を呑むアイリス。彼女自身はクロードのこの技も武器も知っているし、幾度も見たことがあるのだが、それでもこんな状態になってしまう辺り、クロードの持つコレの威力がどれほどなのかよくわかるだろう。
現に薄っすらと目を開けたアイリスの視界に飛び込んできたのは白煙漂い削られた岩肌と無数の魔石片。心なしか通路内の温度も上昇し汗ばむくらいになっているのだが、アイリスは別の意味で額から汗を流す。
「もうっ、クロードっ!それを使うならもっと早めに教えてよっ」
下がり眦をキッと釣り上げ、クロードの持つ武器の筒状の部分を強く睨むアイリス。しかし文句を言われるクロードは、まるで何がいけないんだとばかりに肩をすくめて見せる。
「ちゃんと使うって宣言したじゃねーか。それにお前にだって当たってないし」
「いや、クロードが言ったの直前でしょっ!?私は"もっと早めに"って言ってるのよ!それに当たってたら大けがしてるでしょっ」
ムキーッと烈火のごとく捲し立てるアイリス。だが先ほどまでの剣呑さは無く、普段通りの温和な雰囲気なため怖いというよりは圧倒的に可愛らしいためにクロードは思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「まあ、冒険者は結果がすべてじゃねーか。だからこれ以上は騒ぐなよ」
そう言ってポンッとアイリスの頭に手を置く。するとアイリスの顔が違った意味で紅潮する。もちろんクロードはそのことには気が付かず、手元の武器に視線を落とす。
剣身の部分に歪みや刃こぼれはないが、筒状の部分からは溢れんばかりの煙と熱が出ており、少しばかり穴が潰れている。
「うーん……相変わらずクロードの造った魔導銃はすごい威力だけど、連射するとすぐダメになるね……」
「まあ少しばかり時間を置けばまだ使えるんだが……改造の余地があるな」
クロードには気づかれていないが、アイリスはそれでも恥ずかしさを紛らわすためにひょいとクロードの持つ武器をのぞき込む。
この武器はファーブラには一つしかない、クロードお手製の武器、名を魔導銃剣。その威力は先の戦いでも示した通りかなりのものだが、致命的な欠点としてその脆さが挙げられる。
もちろんその欠点を除けば誰もが欲しがるような武器かもしれないが、この世界にはいかんせん魔法という誰でも使える素晴らしく絶大な力が存在する。それ故に欲しがる人はおらず、まともな武器を作らないし作れないことからクロードは異端やら未熟やら異彩と皮肉を言われている。
「クロードならきっと出来るよっ!!だから頑張ろうよ」
思案顔のクロードを勇気づけるようにアイリスが声をかける。それに対してクロードも、ああ、と短いながらも力強く頷いて見せる。
「……そうすりゃあ、少しはあの野郎にも顔向けできるかね」
小さく呟く彼の脳裏には昼前に工房に訪れた一人の青年の姿が過ぎる。
最初こそ、人の作品を持って来てまで親に取り入ろうと考えたろくでなしだと考えていたが、よくよく思い出してみるとあの男は親を紹介して欲しそうな様子は無く、牽いては親をまるで知らない素振りを見せていた。なによりも、思い違いでなければ自分の作品を心の底から褒めているような目をしていた。
(頭に血が上っちまったとは言え……短慮が過ぎたよな)
後悔先に立たずとはよく言ったものだ、と思わず苦笑いが浮かんでしまう。
クロードは世間での評価が良くないため、少しでも後悔の無い選択を常に心掛けていた。それにも関わらず自分を評価してくれた者に罵倒を浴びせてしまったことに今は非常に悔いている。
「それにしてもクロードの作品を認めてくれた人か~私もその人に会ってみたいな」
「……また今度来るとか言ってたから、その時に会えるさ」
「その時は私にも連絡してね!さて、それじゃあその人が今度来たときに武具が造れるように鉱石を堀にいこうよ!」
クロードの出で立ちからも分かる通り、今回彼らは地下迷宮に鉱石を採掘するために訪れたのである。
その理由は昼前に訪れた青年――隼翔に今度こそ武器を打ち、謝罪するため。
今度こそは後悔しない、と決意を胸にクロードはレッツゴー!と意気揚々と進んでいくアイリスの背中を追うのだった。
予定していた内容が急に変わることはよくありますよね。




