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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第2章 冒険者の都と風変わりな鍛冶師
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初めての依頼と生まれる賞金首

 地下迷宮ダンジョン15階層。

 ブモモモッ、と重低音の鳴き声とともに醜い豚顔の魔物――オークが荒く粗雑な棍棒を振り下ろす。


「そんな遅いのは当たりませんっ!!」


 金色の髪を靡かせながらフィオネは棍棒を躱す。

 バキッ、と岩窟層スーテランの硬い地面に棍棒が衝突し、半ほどからへし折れる。それと同時にフィオネはオークの懐に潜り込むと小太刀をオークの心臓目がけ突き刺す。

 短い悲鳴と刃から伝わる硬い感触。それを最後にオークは黒い煙となり、後には魔石片だけが残る。フィオネはそれを急いで回収すると、横で戦う姉を気遣うように声をかける。


「フィオナ、そっちは大丈夫っ!?」

「ええ、問題ないわ。それよりもあなたは次の獲物の相手をしなさいっ」


 フィオネの視線の先ではフィオナが犬顔の魔物――コボルド10匹を相手に大立ち回りを繰り広げていた。

 いかにランクがEの魔物であっても複数匹、しかも二桁の相手を同時に行うのはつらいモノがある。難易度的にもフィオネと比べても明らかにフィオナのが明らかに難しい。その理由はやはり視野を広く保ち、ペース配分を考慮しないといけないからである。

 しかし、フィオナはそれらを難なくこなし、コボルドたちを一方的に黒煙に変えていく。とても数か月前まで戦いを知らなかった人物とは思えない成長ぶりである。

 その姉の勇士すがたにフィオネは頼もしさと、負けたくないという対抗心を燃やしながら次の獲物――宙を舞う巨大な蛾に狙いを定め、母姫ウヌヒメの刃を奔らせる。

 

 必死に戦う双子姉妹の後方で、隼翔は一見すれば杖のようにも見えなくない粗雑な細棒の一端に顎を乗せながら目の前で白煙を上げる道具に視線を向ける。

 三人がいるのは入り口が一つしかない所謂、行き止まりのルームである。そこそこの広さはあるが、それ以外本当に何もない場所。普通の冒険者なら立ち寄らないか、あるいは偶々迷い込んでしまい文句を言いながら引き返すところだが、隼翔たちはここにとある目的をもってやってきた。


小説(作り話)では地下迷宮ダンジョンにはモンスターハウスっていう場所があるが、生憎とここにはそれがないからな……まあ、それを疑似的に作り出せてるからいいんだけど」


 黙々と無臭の白煙を上げる道具を眺めながらぽつりと言葉を漏らす。

 隼翔の前にあるのは"魔寄の香"と呼ばれる魔法道具。見た目は豚のカタチをした蚊取り線香に似ており、鼻のような部分から白煙を上げる姿はまさしく隼翔の記憶にあるソレと酷似している。しかしこれは蚊を殺すような道具ではなく、名前の通り魔物を呼び寄せる道具であり、冒険者たちなどが危機に陥った時に焚くことで囮にすることができる見た目の可愛さからは想像できない魔法道具。

 この香の効力により魔物はどんどんと押し寄せてくるが、匂いを嗅ぐことにより興味が人から発生源に移るために安心して撤退が可能となる探索には必須といい代物アイテムである。

 ただ、隼翔たちはその本来の使い方を無視して別の用途として扱っている。つまり、疑似的なモンスターハウスを作り、手軽な狩り空間を作り出したのである。

 それ故に、ただ一つの通用口からは魔物が大挙として押し寄せ、壁は絶え間なくひび割れ、魔物を生み出している。

 それでも部屋ルームが魔物で満たされないのは、フィオナとフィオネの殲滅速度がある程度早いのと、何よりもダラけているように見える隼翔がきちんと魔物の数を管理しているからである。

 その証拠に隼翔の足元には無数の魔石片がキラキラと輝き、どれだけの数が一人の男によって屠られたのかを物語っている。

 

「……まあ一応これも俺の糧になっているとは言え、やっぱりもう少し張り合いが欲しいな。今度は一人・・で次の層にでも挑戦するかな」


 視線を魔法道具から、魔物たちと戦う双子に戻す。

 現状では二人でも十分に岩窟層スーテランで戦うことを証明できているが、それでも自分と一緒に下の階層に挑めるかと考えると少しばかり逡巡してしまう。そしてやはり今はまだ(・・・・)一人がいいだろうと決断を下し、一つため息を吐く。

 身内にはとことん甘いな、と思わず客観的に評価する隼翔。それは人らしさとも言えるが、同時に己の弱点にもなりえることが分かっているからこそ、思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「まあ、そこも含めて俺が守れるくらい強くなればいいのか」


 進む道はまさに荊だらけだというのに、隼翔は先ほどとは真逆の歓喜の笑みを浮かべる。

 もちろん隼翔はその笑みを浮かべていることには気が付いていないし、仮に気が付いていてもおそらくなぜそんな笑みを浮かべたのかは理解できないだろう。

 ただ一つ言えるとすれば、過去に人形として生きていた少年がこの世界で生きるうちに人間(・・)として着実に歩み始めているということだろう。


「とりあえず俺の予定は後で適度に決めるとして……二人の納品依頼の完遂状況は概ね問題なさそうだな」


 隼翔は足元に落ちる粗雑な骸骨の首飾りを拾いあげる。この首飾りはゴブリンが一様に持っているモノで、地下迷宮では時として魔石片のほかにこれが残ることがあり、ドロップアイテムと呼ばれる。ドロップアイテムは地下迷宮では一定の確率で残ることがあり、依頼クエストではこれらを納品するモノもある。

 そして隼翔たちが受けた依頼の中には以下のような納品依頼がある。


・ゴブリンの首飾り 10個

・コボルドの耳輪イヤリング 5つ

・ビッグモスの鱗粉 5つ

・Eランク魔石片 20個  etc


 地下迷宮でこれら納品系の依頼を完遂するのはかなりの労力が必要にある、なぜならドロップアイテムは確実に残る保証はないから。故にゴブリンなら最低でも10匹、運が悪ければ3桁狩っても完遂できるか怪しい。

 しかしながら、隼翔が作り出した疑似モンスターハウスの恩恵のおかげか、ドロップアイテムの納品および魔石片の納品依頼はほぼ完遂している。

 残るは魔物の討伐依頼だけなのだが、こちらは少しばかり毛色が違う。

 もちろん魔物と戦い、倒すという点では同じなのだが、いかんせん地下迷宮ダンジョン内で魔物を倒しても正確に何匹倒したかは分からない。かといってドロップアイテムでは討伐数とズレが生まれ、魔石片では同じランクの魔物と区別がつかない。

 そのような理由から、討伐依頼には大まかに二つのパターンが存在する。

 

 一つは地下迷宮ダンジョン以外、つまり外で魔物を狩りその討伐証明部位を必要数集めるというもの。こちらが討伐依頼のスタンダードなもので、依頼主は主に地主や町長など。

 もう一つは地下迷宮ダンジョン内で行える討伐依頼だが、かなり特殊な例な依頼といえる。それは――


「あとは……賞金首デスポートの討伐か。と言ってもコボルド種とラビット種ならフィオナとフィオネでも問題ないだろう」


 最悪は俺がコレで片づければいいな、と愛刀の柄頭を少し撫でる。

 賞金首デスポートとは地下迷宮内で成長し通常よりも力を付け、脅威度がより増したギルドによって賞金がかけられた魔物のこと。

 普通の魔物と違うのは、その見た目が通常と違うということと、倒しても煙になって消えることはないということ。何よりも通常よりも強力無比であるということ。

 それでもとれる魔石片は通常種と同程度のランクということであり、ランク指定は変わらないという少しばかり不思議な点もある。


「さて、と……二人とも、そろそろ一旦狩りは終了させる。休んでいいぞ」

「「ありがとうございますっ」」


 粗雑な棒を肩に担ぎ、地面で白煙を上げる魔法道具をガリッと踏みつぶす。本来ならその効果故、かなりの高額な魔法道具――それこそ中級冒険者でもなかなか買えないくらい――で効果時間もまだ随分と余裕がある。

 だがそんなものお構いなしに破壊する隼翔に、蚊取り豚がつぶされると同時に悲鳴を上げるように大量の煙を吐き出し壊れる。 

 溢れ出る白煙。隼翔や双子姉妹には無味無臭なのだが、蚊取り豚の最後の置き土産に三人のいる部屋の壁面全体がバキッバキッ、と蠢き出し、通路からはおびただしいほどの地鳴りが聞こえてくる。

 這い出てくる魔物の大群。その顔触れはここまで見慣れた、ゴブリンやオーク、コボルドと言ったよく見かけるものから、これまで見かけなかった大岩に顔だけがある魔物――ストーンスタックや岩の甲羅を背負った亀などこの岩窟層の環境に適したであろう魔物が多く混じっている。


 このような状況だとふつうの初級冒険者ルーキーなら絶望で現実から逃げ出し、中級冒険者でも決死の覚悟を持ってしても五体満足での帰還は不可能、というよりも帰還できる可能性のが低い。

 しかしフィオナとフィオネに表情に絶望の色はなく、むしろ声をかけてくれた最愛の人(隼翔)の顔を見て喜色満面の笑みを浮かべ、恭しく隼翔のいる位置まで下がる。


「それじゃあ、やりますか」


 一切の気負いがないどころか、どこか気の抜けたような言葉とともに振り返り、棒を横に薙ぐ。直後鈍い殴打音とともに、魔物の断末魔が不快に耳を汚す。

 だが隼翔は気にした様子もなく、棒を引き、鋭い踏み込みと同時に今度は連続の刺突を通路とは反対側――双子が先まで戦っていた側――に打ち出す。

 体重の乗った殴打は頭蓋だけでなく岩をも砕ぎ、正確な払いは振り下ろされる棍棒とともに飛来する岩の礫を弾き、打突は正確に魔物の心臓を打ち抜き、絶命させる。

 "打たば太刀 払えば薙刀 突かば槍"――これは棒術・杖術が突き、払い、打ちの千変万化の技を繰り出すことができるということを示した言葉であるが、今の隼翔の姿はそれを体現している。

 まさしく、多彩な武術の神――武神。その実力の片鱗が垣間見えた瞬間であった。




「コレで最後、と。おっ?ついにこれも寿命か……」


 最後のストーンスタックに向けて隼翔はボロ杖を叩き付けると同時に、バギッと乾いた音が二つ重なる。

 真っ二つに割れる大岩。中からは小さな灰色の魔石片が鈍く光りながら落ちてくるが、隼翔は気にした様子もなく手に握るボロ杖に視線を向ける。

 元々枯れ枝のような杖だったので、ひび割れやささくれが目立っていた。それでも今の状態と比べれば、幾分マシだろう。なにせ、最後に振り下ろしたと同時に杖の先端は内部から破裂するように砕け散り、衝撃で半ばからポッキリと折れてしまっている。これでは枯れ枝というよりも朽ち木もしくは薪と表現することが正しいとすら思えるほどで、とてもではないが武器ではない。


「まあ、壊すことを前提に使ってたからな。感慨深さはないな」


 言葉の通り、一切の愛着を見せず棒切れを捨てる。そのまま代わりのように隼翔はしゃがみ込むと周囲に落ちている魔石片やドロップアイテム拾い集める。


「ハヤト様、お疲れ様ですっ」

「さすがハヤト様です。見ていてまた、惚れ直してしまいました」


 そんな隼翔にフィオナはいつも通り、ねぎらいの言葉をかけながら真っ白なタオルを手渡し、妹のフィオネは瞳を潤ませながら恍惚とした表情を浮かべる。

 一見すれば地下迷宮ダンジョン内で行われるべきやり取りではないようにも思えるが、隼翔は一切窘めることなく、むしろ姉妹の頭を優しく撫でる。


「ありがとな」


 汗どころか、返り血の一つも浴びていない隼翔だがタオルを受け取ると首筋を軽く拭う。フィオナが気を効かせて魔法で冷やしていたのだろう、ひんやりとした心地よさが戦闘で少しばかり上がった体温を優しく下げる。


「それで二人とも。残りの依頼は賞金首デスポート2種の討伐なんだが、とりあえずは一旦引き上げるぞ」

「え、いいのですか?」


 ああ、と短く返しながら隼翔は首にかけたタオルをフィオナに返す。そして小さく息を吐くと静まり返った岩と土だけの部屋を軽く見渡す。

 先ほどまでは気持ちが悪いほどに壁一面が割れ、カサカサと台所の隅を蠢く黒い影の如く留まることなく魔物たちが跋扈するという騒然たる状況であった。

 だが現在は一転して静謐な空気があたりを漂う。もちろんそれを成し遂げたのは隼翔自身と彼の前で不思議そうに首を傾げる姉妹であるので、その点が不思議というわけではない。

 姉妹が疑問に思っているのは、隼翔がどうして当初の予定であったすべての依頼を達成するという目標を果たさずに引くことを決断したのか、という点である。

 隼翔も二人が不思議そうにしているのに気が付いたのだろう、部屋ルームに向けていた視線をフィオナとフィオネに戻すと、薄く苦笑いを浮かべる。


「別にお前たち二人に非があるわけじゃない。ただ、なんとなく今は引くべき時(・・・・・)な気がするんだ」


 だからと言って何か不吉なことが起こるって感じでもないけどな、とお道化たように付け足す隼翔。ただ、やはりその瞳は少しばかり憂いを帯びているようにも思える。


「分かりました、ハヤト様。すぐに帰還の準備をしますね。やるよ、フィオネ」

「オッケー、フィオナ!ハヤト様、少々お待ちくださいねっ」


 しかし、いくら隼翔のことをよく理解している姉妹といえどその瞳に帯びていた憂いの成分があまりにも少なかったために二人は気が付くことはなく、フィオナは恭しく、フィオネはお転婆な様相で帰還の準備に取り掛かった。

 そんな二人をしり目に、隼翔は剣客としての直感が告げるままとある一点を静かに見つめるのだった。





 隼翔の視線の先――岩窟層スーテラン17階層。

 そこでは幾人もの冒険者が一匹のホーンラビットを取り囲むようにして、動きを止めていた。

 ホーンラビットと言えば白色毛皮に体高も30㎝ほどで、まさにウサギに一本角が生えたような魔物。性格は基本的温厚であることから駆け出しの冒険者が狩るには適したEランクの魔物。

 そのような魔物を大勢で取り囲んで倒そうとするなど普通ならば、まずありえない光景。だが現に様々な種族で構成されたパーティーの集まりはたった一匹の魔物を、及び腰になりながら取り囲んでいる。

 付け加えるなら、取り囲んでいる冒険者たちは一様に怪我をして、息を乱し、酷い者だと地面に横たわり息を止めている始末。


「こ、こんなの聞いてねぇよっ!?」

「う、うわぁぁああああっ!!だめだっ、皆殺しにされるっ」

「くそっ、なんでこんな化物がこの低層域にいるんだよっ!!?」

「ありえねぇっ、ありえねぇっ、ありえねぇーーっ」


 阿鼻叫喚が伝播し、辺りを喧騒が包む。

 誰もがあきらめの言葉を漏らし、目の前にいる異形・・のEランク魔物モンスターに恐れ慄く。


「だ、大体っ!なんでホーンラビットがこんなにデカいんだよっ!!それに毛も、どす黒く染まってるとか、おかしいだろっ」

「知らねーよっ!?少なくとも事前情報ではこんな魔物じゃなかったっ」

「もう終わりだっ、みんな死ぬんだっ」


 この場にいる冒険者たちは、隼翔と同様にホーンラビットの賞金首デスポートを討伐するために集結していた。

 事前の情報によれば、今回の賞金首デスポートは体高は二回りほど成長した60㎝ほどで狂暴化になっているとされていた。もちろんそれをすべて鵜呑みにするのはどうかと思うが、ギルドが公表している確度のある情報なので、参考程度に戦略を立てるのは良いだろう。現にこの場にいる者たちは、少しばかり戦力過多になるようにして集められたパーティー群なのだから。


 だが、現実は彼らの想像を大幅に裏切った。

 体高だけでも目測で2mを優に超え、立ち上がった今の状態では少なくとも5mを越える。四肢を含めた体躯ははち切れんばかりに発達しており、尾も丸く雪玉のように可愛らしい形から、突起スパイク付きの凶悪なメイスのように進化している。

 何よりも特徴的な短い一本角は鋭利な双角・・となり、新雪のように純白無垢な毛はどす黒く染まり、瞳は鮮血のように赤い。

 いくら冒険者は想定外の事態に直面しても冷静に判断しないといけない、と言われていても流石にここまで見た目(フォルム)が変わっていたら、冷静さを失ってしまっても仕方ないだろう……もちろん、それを含めて実力あるいは自己責任と言われればそれまでだが。

 

 そのような理由により、足を止め、考えることができなくなってしまった者たちの末路と言えば火を見るよりも明らかだろう。


――ガルルルルッ


 瞬く間にその場から20以上の影は消え、赤い海が突如として岩窟層に形成された。

 そして後に残ったのはたった一つ、血の海に浮かぶ巨大な体躯と捕食者(勝者)の唸り声だけだった。







オークはDランク相当の魔物なので依頼は受けられません。よって依頼内容を一部変更しました

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