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番外編1 相川健次の観察日記2

結婚してからの部長は、とにかくご機嫌で、幸せオーラ全開だった


奥さんは料理がとても上手らしく、残業する時は大体みんな夜食を食べるのだか、部長だけはどんなに遅くなっても帰って食べていた


それを見ていた女性の藤川さんは

「やっぱり女は、男の胃袋掴むのが一番ね」

と真剣に呟いていた



自分の肩書きが、海外事業部第1課兼部長秘書になった頃、常務から呼ばれていた部長が帰って来るなり、俺を呼んだ


「Dインテリアの支社長就任パーティーがあるんだが、その出席者の詳しいデータをまとめてくれないか。出来るだけ早く」

「分かりました。でも、海外事業部は関係なくないですか?」

「そうなんだが……」


Dインテリアの新しい支社長、ミスターコックスは部長とは古い知り合いで、部長に会いたいと言ったらしい

それだけならよかったのだが、この常務、就任パーティーに部長を出席させて、尚且つ結婚したばかりの部長夫人も呼びましょうと、余計な事を言ったのだ

今では、ミスターコックスは部長夫妻に会うのを楽しみにしているから、絶対夫婦同伴で来るようにと言われたそうだ


「たしか以前、三浦常務の娘さんが部長に一目惚れしたとかで……」

「ああ、それで見合い話があったが、断ったことがある」

「それをまだ根に持ってるんですか?」

「恐らくな。僕は常務の娘の顔も知らないんだけどな」

部長はため息をついた


「何も知らない奥さんを、公の場に引き摺り出して、恥をかかせようってことですか」

「そうだろうな」


なんて男なんだ

自分の娘と会わなかったくらいで、こんな事を……


「分かりました。奥さんにも分かりやすいように、資料を作ります。それと、僕も同行しますから、そのパーティー」

「……ああ、頼む。悪いな」


こんなに辛そうな部長を見たのは初めてだった


それから、資料を作りはじめたのだが……

思ったより出席者が多く、結構な量の資料になった


「部長、すいません。なるべくデータをまとめて作ったんですが……」

「出席者が多いからな。かと言ってあまり雑な資料じゃ意味ないから。ありがとう。助かったよ」

「それと……奥さんは、英語出来るんですか?」

「ああ、それなら少し前から英会話を習ってて、今では日常会話は十分に出来るようになってる。たまに、練習がてら家でも英語で話すようにしてるから、それは心配しなくてもいい」

「そんな短期間でですか?」

「凄いだろ?」


部長は得意気に笑っていた

いや、しかし……


「多分、この資料もパーティーまでには完璧に覚えると思う」

「……は?」


完璧にって、A4用紙がニ〜三十枚、軽くありますけど



「奥さん、何者ですか?」

「普通の専業主婦だよ」

「普通の専業主婦は、短期間で英会話をこなしたり、膨大な資料を完璧に覚えたりしません」


部長はニヤリと笑って答えた


「僕がどこの大学出てるか知ってるか?」

「国立H大学ですよね」

「お前落ちたって言ってたな」

「残念ながら。だからそれが……」

「妻もH大学出身だ。しかも奨学金貰って卒業したらしい」

「……は?」

「僕もつい最近、見合いの時の釣書き見てびっくりした」

「なんで、そんな人が専業主婦してるんですか?しかも最近知ったって……」


部長が言うには……

奥さんは、親に負担をかけたくないからと、短大に進学するつもりだったらしい

しかし、学校の先生から1つでもいいから国立大学を受けてくれと言われ、じゃあと受けたところが、家から通えるところにあったH大だったと

それがたまたま受かったらしい

受かったからには行けと、学校と母親に言われ入学

そして、やっぱり負担をかけたくないからと、奨学金をもらっていたらしい


「たまたま受けて、受かる大学じゃないですよ」

「僕もそう思う。だから先生方も薦めたんじゃないかな」

「しかも、最近知ったって何ですか?普通、釣書き見るでしょう?」

「どうせ1回会えば終りだと思ってたからな、会う前は。だから興味がなかったんだ。勤務先も実家の近くのちょっとした工務店だったし。多分、母親のそばにいたかったんだろうな」

「じゃ何がどうなって結婚を?」

俺を睨む部長


いや、睨まれても……

何なんだよ一体……


「一目惚れだよ」

「……は?」

「だから、一目惚れ。何回も言わせるな」

「誰が?」

「僕が」

「誰に?」

「お前はバカか?妻以外に誰がいる?」

「……マジかよ……ですか?」


部長はちょっと顔を赤くして、席を外してしまった


俺は呆然としたまま自分の席に戻り、後輩の麻生に言った


「なあ、麻生。皆川部長、奥さんに一目惚れして結婚したらしいぞ」

「……は?何言ってるんですか?相川さん。そんなことあるわけないでしょ、部長に限って」

「いや、今本人から聞いたから間違いない」

「……嘘でしょ?」

「現に顔を赤くして、席を外したよ」


と、部長の席を指差した


「一目惚れ?」

「そう」

「あの皆川部長が?」

「ああ」

「……俺、奥さんを尊敬します。部長を段々人間らしくしてるですから」


思わず吹き出した

本当にそうだなと思ったから


あの皆川部長に一目惚れさせたり、大爆笑させたり、ましてや、照れて顔を赤くさせるなんて、並みの女性じゃない


尚更……


「恥をかかせる訳にはいかないな」


と、呟いた



部長はあれから何度か三浦常務に、奥さんを出席させないように、掛け合っているようだが、全く聞いて貰えないらしい


「会社の事に祥子を巻き込むなんて……僕は、夫失格だな。あんなに追い詰められてるのに、何もしてあげられない……」


そう言って、弱音を吐いている部長を何度も見た


でも俺は、部長夫妻には悪いが、これからは夫婦同伴でこういう場所に出ることが多くなると、思っている

皆川部長はこれからも出世するのは間違いないんだから


「そこのところは、祥子もちょっとは覚悟してたとは言ってたよ。でも、今回は……」

「三浦常務のやり方が気に入らないと……」

「それもあるが、マーケティング部の進藤も出席するらしい」


あぁ、元カノですか……


「俺が、会場で奥さんを絶対1人にはしませんから」

「……悪い、頼む」


『頼む』


今回、この言葉を何回聞いただろう


パーティー当日は、全力で部長夫妻をフォローしようと、心に決めた


読んで下さってありがとうございました

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