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これば僕と彼女の全ての出来事。一年前の陰惨な事件のフィナーレ。今、美雨という少女は両親を手にかけた犯罪者として、類似の事件があると時折話題に出される存在だ。
僕の両親は、あの一件については何も訊かなかった。
美雨が飛び降り、事件が発覚し、そして僕が警察に呼び出された時。仕事先から駆けつけてくれた二人は、ぼんやりとしていた僕を、ただ静かに抱き締めてくれた。
僕は美雨の通夜にも、葬儀にも参列できなかった。
一通り事件の謎が暴かれ、静かになった頃、その墓の前まで行っただけだ。
墓に刻まれた彼女の名前を見て、僕はやっと彼女の死を受け入れた。
同時に、自分という器を満たす何かを失った気がした。
やっと分かった。美雨の気持ち。動機。何がそうさせたのかが、わかった。美雨も僕と同じだった。僕という存在で自分を満たし、失ったから必死に求めた……ただそれだけだった。
多くの人が、いろんなもので自分を満たしているのに対し、僕と美雨は互いの存在だけで満たしているに等しい状態だったのだろう。失えばバランスを崩し立ち直れないほどに。
美雨の死が、僕の全てを作り変えてしまった。
気づかなくてもいい事実を突きつけられ、そして絶望を与えられた。美雨は僕を探し出すことができたけれど、僕はもう美雨を探すことも得ることも、永遠にないのだから。
――けれど、そんな僕に一つの奇跡がやってきた。
その奇跡を守るために、僕はごく普通の人生を演じる。恨まれることもうらやましがれる事も無いごく普通の日々を回し、演技に演技を重ね、僕は奇跡にすがりついた。
普通じゃないと奇跡を消されてしまう。
美雨と同じようなものに成り果ててしまったなんて、気づかれてはいけない。
そうしないと、一緒にいられなくなる。
やっと再会した『彼女』を、また失ってしまう。
――だいじょうぶ、ずっと一緒だよ
美雨は今も囁いてくれる。僕を抱きしめて、頭を撫でて。
いつの間にか、美雨は僕のすぐそばにいてくれた。見ることはできない。声が聞こえるだけだ。触れ合うことは無い。ただ、それに似たわずかな感触を、必死に拾い集めるだけだ。
奇跡なのか、それとも悪夢なのか。
僕には分からない。
けれど、僕はこの状況を受け入れた。
どんな形であれ、僕は美雨と一緒にいたかったから。
もしも彼女の存在を世に知らせれば僕らは離れ離れだ。彼女が僕から離れるなんて耐えられない。こうなって初めて、僕はあの時の美雨の気持ちを知った。この上ないほど理解した。
僕はとても幸福なんだと思う。
あの瞬間、僕の世界は美雨一色に染められた。
彼女以外はどうでもいいと言い切れるほど、僕は彼女を愛してしまった。
そう、彼女が僕に会いたいがために何をしたとしても。世間からどれほど彼女がひどい娘だと罵られていても。誰からも認められなくても。許されなくても。理解されなくても。
それでも僕は、彼女しか愛せなくなってしまった。
僕と出逢った結果、僕しか愛せなくなった美雨のように。
一人を愛し続けるなんて普通はできない。心が折れてしまうから。でも僕は、美雨だけを愛し続けられると言い切れる。彼女以外は多少親しくなれても、決して愛することはできない。
これからも、僕と美雨は二人寄り添って生きていく。
ずっと一緒に、手と影を重ねあい。
いつか僕が死んだその先も、ずっとずっと一緒にいる。
僕は、美雨を愛している。