0話 プロローグ
家族ってなんなんだ。
血が繋がってなくても家族という形はあるし、血が繋がっていてもそうは呼べない形もあると思う。きっと、うちは後者だった。
薄汚れた緑の屋根のアパートの2階。僕の父親が誰なのかを知らないのは僕だけじゃない。母親も知らなかったらしい。
どこからか持ってきたボロボロの服や靴を与えられ、スーパーの安いパンを齧る。そんな生活が、およそ6歳ごろまで続いた。……と思う。
自分の誕生日も年齢も知らない。そんな状態のまま物心ついて数年が経った頃、母親からの一切の援助が途絶えた。
スーパーの惣菜やパンを1、2個盗んできては、暗い部屋で貪るだけの生活。
そのアパートは、母であるあの女性にとって、ただのビジネスホテルかラブホテルのようなものだったのだろう。1ヶ月以上も顔を合わせないことなんてザラだった。
昼間は公園や図書館で時間を潰し、夕方になるといくつかスーパーを回ってその日の食い扶持を盗む。
ただ生き繋いでいくだけの毎日だ。
だから、家族というものが羨ましくて仕方がなかった。
図書館で母親と一緒に本を探す年下の子。父親と楽しそうに駆け回る同年代の子。彼らに酷く嫉妬した。
自分にも、そういう人がいればいいのに。
たまに顔を見せる産みの母がそんな人間ではないことくらい理解していたから、期待なんてとうに捨てていた。
血が繋がった人が欲しかったんじゃない。家族が欲しかったんだ。
ただ自分を大事にしてくれる誰かが現れてくれないかと、それだけを夢に見ていた。
――けれど、現れたのは悪魔だった。
ある日、母親が連れてきた男。
その男は一度も怒らなかった。ただヘラヘラと笑いながら僕に熱湯をぶっかけ、タバコを押し付け、顔面を踏みつける。
帰ってこない母の代わりに居座った男は、四六時中家にいて、暇つぶしのように暴力を振るった。
男が放った言葉も、母親の表情も、何一つ思い出せない。ずっと奥歯を食いしばっていた、その感覚だけが記憶に張り付いている。
どれだけの期間、耐えたのだろう。数年か、それとも数ヶ月だったのか。
ある夜僕はふらりと思いついて外に出た。
それまで思いつきもしなかった衝動が、急に頭に浮かんでいた。
数十分ほど歩いた先で見つけたマンション。住人の後ろに紛れてエントランスを通り抜け、エレベーターで9階へと上がった。 廊下の柵によじ登る。
一呼吸の間も置かず、僕は身体を投げ出した。
近づいてくる地面よりも、遠ざかっていく夜空を最後の景色にしたかった。 なのに、涙のせいで何も見えなかった。




