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謀婚 平和な次世代編  作者: 樫本 紗樹
公爵令嬢と侯爵令息

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24/57

素直な侯爵令息

 グレースは自分で書き出した名前を見ながらため息を吐いた。ナタリーに頼まれていた女官候補に相応しい人物が見つからないのである。成人していない女性なら『私が王太子妃になれたかもしれない』という希望は持っていない気もするが、だからといってパウリナを敬って仕えるかは別の話だ。しかし未亡人となるとグレースより年上になる場合が多く、自分の意見を聞いてもらえるか不安である。ナタリーが言っていたように、暫くは王妃と王太子妃共通の女官で対応するのが最善かもしれないと、グレースは結論を出した。

 グレースが女官見習いの仕事を終えて帰る途中、ジェームズに呼び止められた。彼女は彼に案内されるがまま王宮にある会議室で、二人で向かい合った。

「パウリナ殿下の侍女を一人探しているのだが誰か知らないか?」

「女官ではなく侍女?」

 グレースは聞き返した。パウリナの侍女を探すのは宰相補佐であるジェームズの仕事の範疇ではない。ナタリーかリチャードの管轄になるだろう。しかしジェームズは彼女の質問を肯定するように頷いた。

「あぁ、出来ればメイネス語を話せるレヴィ人がいいのだが知らないか?」

「私の知る限りではいないわね」

 グレースはきっぱりと告げた。レヴィ王国で他国語を話せる者は少ない。しかも平和を享受している彼女の世代は、他国語を習得しようとさえ思わない。実際彼女はレヴィ語しか話せなかった。

「パウリナ殿下が舞踏会の時に連れてきた通訳ではいけないの?」

「レヴィ王宮に詳しい侍女を一人パウリナ殿下に付けたいらしい」

「帝国語ならまだしも、メイネス語は王宮中探しても見つからないと思うわよ」

「見つからなかったから聞いている」

 ジェームズは困ったように言った。実際、レヴィ王宮内に張り紙が出されていたのだ。メイネス語を母国語並みに話せる、もしくは二年でメイネス語を習得する自信のある女性は、パウリナ殿下の侍女として推薦するので申し出るようにと。年齢も身分も不問であったが誰一人として申し出てこなかった。

 以前、王女サマンサが嫁いだ時も似たような募集があった。二年でアスラン語を習得し、生涯アスラン王国で暮らす事が条件だった。これには一人だけ応募があり、彼女は今もサマンサに仕えている。今回はレヴィ王国にいられるので数人は手を上げる者がいると思ったのだが、予想は外れた。

 王族の侍女は慣例としては侯爵令嬢が勤めるが例外もある。ナタリーの侍女イネスはその一人だ。平民出身で掃除係であったが、帝国語を話せる所を見込まれたのである。ナタリーはレヴィ語を流暢に話せたが、一緒に連れてきた侍女が話せなかったので彼女達と意思疎通を図るのに役に立った。故にナタリーはパウリナにもイネスのような侍女を側に置きたいと思ったのだ。しかしそれが見つからず、話は色々な所を巡って宰相の所まで届いた。

 事情を聴いてグレースは残念そうな表情を浮かべる。

「誰もメイネス語を覚える気がないのね」

 王宮で働く女性の中で給金が高いのは侍女と女官である。王妃付きの女官は人気が高く、欠員が出た場合の募集人数は多い。しかし侍女は本来平民では辿り着けない職業だ。侍女という職業に魅力がないのか、パウリナに何か悪い噂でもあるのか、グレースは判断しかねた。

「サリヴァン家には伝手がないのかしら?」

 サリヴァン夫人ボジェナの侍女はメイネス王国から連れてきているはずだ。しかしグレースの問いにジェームズは首を横に振った。

「サリヴァン夫人の侍女には男児しかおらず、他に伝手はないそうだ」

「それならメイネス王国から先に呼び寄せてレヴィ王宮で教育をさせるしかないのかしら?」

「メイネス王国にレヴィ語を理解する者は殆どいないらしい。言葉が通じなければ教えられない」

「いないの?」

 グレースは驚きを隠せなかった。レヴィ王国は大陸一だ。教養として他国語を学ぶならば第一候補に入るであろう。

「メイネス王国は山に囲まれた小国だ。学ぶ環境も整っているとは言えず、外に出て行こうと思う者がそもそも少ないらしい」

「そう言えばサリヴァン夫人は大学に進学する為に学んでいたのを、自国では白い目で見られていたと聞いた事があるわ」

「レティに頼めば可能だと思うか?」

「多分難しいわ。アリスがレティは侍女に向いていないと言い切っていたもの」

 スカーレットは独身時代、近衛兵でありながら王女アリスの侍女を兼任していた。しかしスカーレットは侍女らしい事と言えば紅茶を淹れるくらいしか出来なかったと、グレースはアリス本人から聞いている。

「それにレティはパウリナ殿下の友人になりたいの。侍女にはしないで」

「そうか。難しいな」

「ねぇ、メイネス語は誰も学びたくない程難しいの?」

「私もよくは知らないが、グレンに聞いた話では公国語がわかれば何とかなるらしい」

「それなら公国語を話せる人を探せばいいのでは? 前王妃が公国人なのだから王宮内に何人かいるでしょう?」

「それが王宮内には今一人もいないのだ」

「一人も?」

「シェッド人の下では働けないと前陛下が退位された時に公国人は一斉に辞めたらしい」

 ジェームズの言葉にグレースは呆れた。王宮で働くのは誰にでも出来る事ではない。推薦がなければ王宮で働く為の面接さえ受けられないのだ。しかしその面接に合格さえすれば、規律を犯さない限り働ける。そもそもナタリーはシェッド出身ではあるが、どこからどう見てもレヴィ人として振舞っている。そのようなくだらない理由で優良な職場を捨てられる感性がグレースには理解出来なかった。

「八つ当たりで襲撃するような人のいる国だから、頼らない方が安全かもしれない」

 グレースは以前王都で起こった襲撃事件を思い出した。ローレンツ公国に不満を持っていた男性が、ナタリーだと勘違いをしてアリスに襲い掛かったのだ。理由は同じ宗教を信じているのに、無宗教のレヴィ王国だけ栄えさせているのがおかしいというもの。グレースには全くその男性の考えが理解出来なかった。それ以降ローレンツ公国の印象はグレースの中で良くない。

「ローレンツ公国の人間は相応しくないだろう。出来ればレヴィ人が良いのだ」

「レヴィは難しいと思う。まだケィティの方が可能性はありそう」

 グレースの提案に、その手があったかとジェームズは表情を明るくした。

「ケィティか。自治区とはいえレヴィ王国内だからありだ。アレックスに相談するか」

「アレックスはケィティも詳しいの?」

「閣下の息子というだけで色々皆が良くしてくれるらしい」

「初めて聞いたわ。今度連れて行ってとお願いしようかしら」

「アレックスと二人で行くのか?」

 ジェームズは不機嫌そうにグレースに尋ねる。彼女は冷めた視線を返した。

「別に私が誰と行こうと自由でしょう?」

「自由だが面白くない。私も参加する」

「ジミーがいたら観光が楽しくなくなるから嫌よ」

 グレースの言葉にジェームズは悲しそうな表情を浮かべて黙り込んだ。言葉を返してくるものだと思っていた彼女は不安そうに彼を見つめる。

「私はグレースと話すのが楽しいのだが、グレースは違うのか」

 ジェームズの言葉にグレースは訝しげな表情を浮かべた。彼が自分との会話を楽しんでいるとは思っていなかったのだ。

「私は普通だけど、ジミーは楽しいの?」

「愛おしいと思っている女性と話していて楽しくないはずがないだろう」

「い……っ」

 想定外の言葉がジェームズの口から出てきて、グレースは固まった。その様子を見て彼は彼女に真剣な表情を向ける。

「私の求婚をそろそろ本気で受け止めてくれないだろうか」

「本気さが感じられないのよ」

「どうすれば伝わるのだ。抱きしめればいいのか?」

「そういうのは両想いの相手としかしたくない」

「だが言葉では一向に伝わっている感じがしない」

「心が籠っているように感じないのだから仕方がないわ」

「どうすれば心を籠められるのだ。教えてくれ」

「それを私に乞うのはおかしいと思う」

「グレースに伝わってほしいのだから、本人以外に正解を持っている者などいない」

 グレースは困惑の表情を浮かべた。それを見てジェームズは微笑を浮かべる。

「この会話も私だけが楽しいのだろう。恋愛は難しいな」

「簡単なら私は既に結婚しているわ」

「私以外と結婚されても困るから、難しくて良かったと思うべきなのか判断に迷う所だ」

 ジェームズの表情は柔らかい。ケイトに向ける表情とはまた別である。グレースの心の中にまた違う何かの感情が生じた。それを彼女は必死に押さえつける。

「別に私に拘らなくてもいいでしょう?」

「グレース以外なら結婚する気はない。そもそも一人の女性として可愛いと思ったのがグレースしかいない」

 真剣な表情で告げるジェームズに、グレースは何も言い返せない。

「この前グレースがサージを褒めたのも面白くなかった。だがこれが嫉妬らしい」

「らしいって他人事ね」

「嫉妬心が自分にあるとは思っていなかった」

 確かにジェームズは嫉妬と無縁そうだとグレースは思った。元々優秀であるが、誰よりも上に立ちたいわけではない。リチャードさえ支えられればいいという姿を彼女は知っている。

「私を選ばないのなら、せめてアレックスのような敵わないと思える男性にしてくれ」

「勝手ね」

「そうだな。まずは選ばれる努力からだった。今度は二人で食事に行こう」

「食事を何度もしたからといって心が動くとは限らないわよ」

「私がグレースと一緒の時間を過ごしたいだけだ。また連絡する」

「そう、都合が合えば付き合うわ」

 グレースのそっけない返事をジェームズは笑顔で受け止める。彼女は胡散臭いと思っていた彼の言葉に少し感情が乗っているような気がして、困惑したもののそれを必死に隠して彼と別れた。

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