胡散臭いとは
「ジェームズは恋愛に向いていないな」
サージはジェームズに対して言い切った。ジェームズも自分が恋愛に向いているとは思っていないので、仏頂面で言葉を受け止める。その様子を見てアレクサンダーが笑う。
「俺もその席に呼んでほしかったな」
「アレックスは家族ではない」
「従兄弟だから親戚ではある」
サージの父親とアレクサンダーの母親が姉弟である。アレクサンダーの母ライラが結婚する前にサージは生まれているので同じ家で生活をしていたが、当然サージの記憶にはない。サージがレヴィ国立大学に留学すると弟から連絡を受けたライラは嬉々として甥の面倒をみようとした。しかしサージは自分に構わないでほしいと再三ライラに伝え、現在は顔を合わせない状態だ。
一方アレクサンダーは近衛兵の仕事でガレス王国へ出向く事もあり、その時は堂々と祖父母の暮らす公爵家へと足を運んでいる。その縁でサージとも仲良くしており、二人が暮らしている王都の部屋は近い。今夜はサージの部屋にアレクサンダーとジェームズが葡萄酒とつまみを持ち寄っていた。
「アレックスがいたらグレースはアレックスとばかり話をするから嫌だ」
「話術に長けていないジミーが悪い」
「アレックスの話題の豊富さに勝てる男などいるものか」
「それは言えるな」
サージはジェームズの言葉を笑顔で肯定した。彼は十五歳でレヴィ国立大学に入学し、四年で卒業後も大学に残って薬学を研究している。レヴィ王国では医学は発展していても薬学はそれ程でもない。ケィティの商人が扱っている薬の質がいいからである。しかし彼は富裕層向けにしか販売されていない薬になど興味がなかった。平民でも気軽に飲める薬を次々と開発し、最年少で教授になったのである。当然、彼も薬学以外の話題はあまり持っていない。
「グレース嬢は魅力的な女性だった。婚約者がいないのが不思議なくらい」
「グレースは恋愛結婚がしたいんだよ」
「一度彼女を連れてガレスへ行ってはどうだ? 俺達の親戚なら彼女に選ばれる男がいるかもしれない」
サージは楽しそうにアレクサンダーに提案をした。ライラは五人きょうだいであり、そのうち三人はガレス王国で結婚している。サージの弟や従兄弟で未婚の男性がいるのだ。ジェームズは手に持っていたグラスを置くとサージを睨む。
「私が彼女に求婚中だと知っていて、よくそのような発言が出来るな」
「ジェームズに脈があるとは思えない」
「お似合いだと言っていたのに」
「そうは思ったが、相手にされていなかったじゃないか」
サージにはっきりと言われ、ジェームズは口を噤む。
「だいたい何故俺達を巻き込んだ? 二人で食事をする所だろう?」
「ケイトが幸せそうな所を見たら、気持ちが動くかなと」
「動く訳がない。恋愛に向いてなさすぎる」
サージは呆れながら葡萄酒を口に運ぶ。ジェームズは視線を伏せた。ジェームズなりにグレースに対しての気持ちを伝えているのだが、どうにも手応えがない。ジェームズは何を言っても返してくるグレースとの会話は楽しいのだが、彼女の表情から楽しさは見出せないのだ。それならケイト達と一緒なら変わるかと思ったのだが、実際はサージを褒めたので面白くなかった。ケイトの機嫌は良くなったので、妹への対応は成功したのだが。
「グレースを口説き落とす自信がなくなってきた」
「むしろ今まで自信を持っていたのか?」
呟いたジェームズにサージが呆れた声で問いかける。アレクサンダーは暫く二人の話を聞きながらつまみを堪能していたが、それを飲み込んでサージの方に視線を向ける。
「ジミーは元々こういう男だ。この義兄は面倒だぞ」
「俺は別に爵位もないし、今以上には付き合わないから問題ない」
「男爵位を、という話が出ていると聞いたが」
アレクサンダーの言葉にサージは眉を顰めた。政治に興味が持てず大学に進学したサージは勿論爵位に興味がない。公爵家で育ったので貴族の柵が如何に面倒かも知っている。
「俺は貴族向けの研究はしないから要らない」
「その容姿で貴族向けは嫌だと言われてもなぁ」
公爵家出身なのでサージも容姿は整っている。栗毛ではあるが碧眼。口調は基本砕けているものの、時と場合によって使い分ける。
「容姿はどうにもならない。あの家は何故か男の顔が代々同じなんだよ」
「それは俺も会った時に驚いた。母と祖母も似ていたが、それ以上だった」
「その話は今必要か?」
サージとアレクサンダーの会話にジェームズが割って入る。ジェームズはガレス王国へ行った事がないので、二人の話はわからないし興味もない。アレクサンダーは冷めた視線をジェームズに向けた。
「そういう所だぞ、ジミー」
「どういう所だ」
「自分が知らない話をやめさせる所。それは相手を不快にさせる」
「グレースなら話したいから話していると続けそうだが」
「確かにグレースはそう言うだろう。それでも不満を抱かないはずがない」
話を途中で遮られるのは面白くないかもしれない。しかしジェームズには不要な話をする必要性がわからない。
「グレースとレティも仲が良いから、俺は色々と聞いてるんだよね」
「それは聞き出した、の間違いではないのか?」
「そうとも言う。近衛兵は尋問も必要だからね」
笑顔で言うアレクサンダーにジェームズは猜疑の眼差しを向けた。確かに国王及び王太子が動かせる兵力なので、尋問が絶対必要ないとは言い切れない。しかし王太子の四人目の側近という役目を担っているアレクサンダーに、尋問が必要だとは思えない。楽しそうなアレクサンダーにサージが笑顔を向ける。
「アレックスは人の懐に入るのが上手いから詐欺師になれる」
「両親が泣くから犯罪には手を染めない」
「赤鷲隊隊長の息子が詐欺で捕まる。確かに伯母が泣き崩れそうだ」
「そもそも俺は詐欺をする必要性がない」
「二人が話していると話が逸れていくのは日常なのか?」
今日はサージに呼ばれたのでジェームズはここにいる。何故自分を置いて二人で関係のない話をし始めるのかジェームズには理解出来ない。サージはそんなジェームズに憐れむような視線を向けた。
「会話を続ける能力を持たないジェームズにはわからないだろうな」
「わかりたいとは思っていない」
「これ以上友人は増えないだろうから、幼なじみを大切にしろよ」
「何故サージにそのような事を言われなければならないのか」
サージに憐みの表情のまま肩に手を置かれ、ジェームズは不機嫌そうに言葉を返す。だいたいサージにも友人がいるとは思えない。アレクサンダーは従兄弟であるし、誰とでも仲良くなってしまうので論外である。
「俺は愛おしいと思った女性と結婚の約束をし、友人は別段求めていないからだ」
涼しげな表情のサージにジェームズはより不機嫌そうな表情を浮かべる。ケイトは初恋を拗らせていた。お膳立てをしたのはジェームズであるが、ケイトは兄の意見を素直に聞かないので、彼女の意思でサージとの結婚を決めたのだ。それは妹を溺愛しているジェームズが誰よりもわかっている。サージを見つめる妹の視線には恋愛感情を感じるのだ。
「ジミーの作戦は悪くない。あとは態度の問題じゃないかな」
「態度?」
話を戻したアレクサンダーにジェームズは聞き返す。アレクサンダーは優しく微笑んだ。
「ジミーは淡々とし過ぎているから、グレースを熱く見つめてみるのがいいと思う」
「熱くとはどうやればいい?」
「心から思って行動しないとグレースには届かない」
アレクサンダーの言っている意味はわからなくもないが、どうすればいいのかジェームズには見当もつかない。その様子を見てサージは再び憐れむような視線をジェームズに向ける。
「ケイトを溺愛しているのも態度からはわかり難いんだよな、ジェームズは」
「そう言われると言葉と態度が結びついていない。昔からこうだから失念してた」
「私のケイトへの愛情は一生揺るがない自信がある」
「その言葉と声の熱量が一致しない。俺は最初、好きなのか嫌いなのか判断出来なかった」
サージに言われてもジェームズはわからないので首を傾げた。その横でアレクサンダーは理解したとばかりに頷いている。
「グレースが胡散臭いと言っていたのはそういう事か」
「胡散臭い? 私は本気でグレースを口説いているのだが」
ジェームズの言葉にアレクサンダーは余計な事を口走ったと気付いたが遅い。アレクサンダーはスカーレットから聞き出したグレースの話を漏らすつもりはなかったのだ。
「俺から聞いたと言うなよ。レティとグレースの友情を壊したくない」
「それは私も壊したくないが。胡散臭い?」
ジェームズは言いながら落ち込んだ。グレースに響いていないとは感じていたが、胡散臭いという印象だとは思っていなかったのだ。
「ジェームズの嫉妬心もグレース嬢には伝わっていなかったからな。根本から見直すべきだろう」
「私は嫉妬などしていない」
「俺に張り合ってきた癖に」
サージは含みのある笑顔をジェームズに向ける。ジェームズは自覚していなかったが、食事の時にグレースがサージを褒めたのは面白くなかった。
「そこからか。前途多難だな」
「とりあえず俺達に出来る事はもうない。飲もう」
「あぁ」
アレクサンダーとサージはグラスに葡萄酒を注いで仕切り直した。ジェームズは二人が葡萄酒を片手に色々な話をしている間、黙って自分の心と向き合っていた。




