名無しの少女
朝食後、僕とニウブはキキョウに付いて狩りと山菜取りに出かけた。
東に聳える山に分け入り、獲物を探す。
先頭に立つキキョウは、地面に動物の痕跡が無いか探っていた。
「なかなか最近の足跡が見つからないなぁ」
「みてみて! 凄い火の勢い! さすがカルミアさんたちですね~!」
「へぇー! こんな遠くからでも魔法の火炎が見えるなんて」
ニウブが興奮して指さした方向には、点にしか見えない人影を頂点に放射状に広がる火炎の海。
まるで、人工的なショーを見せられているような壮麗さがあった。
山の中腹で野焼きを眺めているのは、睡眠不足と朝のトラウマで疲労困憊の僕にはちょうどいい休憩になった。
しかし、すぐにキキョウが追い立てる。
「グズグズしてねぇでさっさと行くぞ!」
「はぁ、はぁ、ちょっと待ってくださいよ!」
「なんだよ? 使えねぇ奴隷だな。男ってのは体力あるんじゃないのかい?」
「昨夜はえろえろ……じゃなかった! いろいろあって眠れなかったんですよ!」
……って、なんでこんな年下の生意気女に敬語使ってるんだ俺?
クノイチ風の動きやすい生足や肩の露出した服装は、胸元も大きく開いていて無防備な白い肌が眩しい。
ある意味、一番ドキドキさせられる格好を見せつけられているし、あどけなさの残る顔も黙っていれば見惚れてしまうほど可愛いのだけれど、少しは僕にも優しさを見せて欲しいよ。
しかし、彼女は電撃魔法使い。ビリビリを喰らわせられるんじゃないかと思うと、召喚後に受けた電撃のトラウマが、彼女に対して逆らう気持ちを萎縮させるのだ。
そんな複雑な思いを抱きながら、山道を進んでいると、
――バリバリバリバリッ!!! ドッシーン!!!
突然、近くから何かが割れる大きな音とその後の衝突音が響いてきた。
「なんだ?! なんだ?」
音は、斜面の下の方からだ。
皆が音のした方を注視していると、直径1メートルは有ろうかという横倒しの大木が姿を現す。
次にその大木を右肩に担ぎ、さらにアレクサを左肩に担いでいるクマが斜面を登ってくるのが見えた。
「こらっー! クマ! 獲物が逃げるじゃねぇか!!」
クマの姿を確認したキキョウが叱責の言葉を浴びせる。
「キョウちゃんやん! こんなところで何してるん?」
「キョウちゃんやん! じゃねぇよ! こっちは、肉を狩ってるんだよ! 肉を! お前みたいに川魚だけ喰ってりゃそれで良い奴とは違うんだよ」
「まあまあ、落ち着きなさいよ。ちょうどいい木を探してたらここまで来ちゃったのよ」
自分の方が目上だとでもいうような大人ぶった態度でアレクサが宥める。
「あ! ニウブ! クルミはいっぱい取れたん?」
「ハイ! クマちゃんが言ってた通り、いっぱい落ちてました!」
すでにキキョウを無視しニウブと話し始めるクマ。
「さっさと! 山降りろよ! 邪魔なんだよテメェらはよー」
「おー、怖っ! オババがヒスってるわ。早く拠点に戻りましょクマちゃん」
終始、キキョウを見下していたアレクサがクマにも自分が目上のようにな言動で命令した。
「ほな! さいならキョウちゃんニウブと、あれ? 何て呼べば良いん?」
「タスクさんですよ! クマちゃん」
「たすく? めんどいわー。じゃあ、ターくんで。……ターくんさいなら~」
「さいならー」
……ああ俺もクマちゃんの肩に乗って帰りてぇ。
山歩きにうんざりしてきた僕は、そんな妄想で自分を慰めるしかなかった。
また、3人でしばらく獲物を求めて山の奥へと足を進めて行くと……。
――ガサガサ。ガサガサ。
頭上の木の枝葉が擦れる音が聞こえてきた。
キキョウが、静かにしろというジェスチャーを示した後、注意深く音のした木々の辺りを見つめる。
そして、
「そこだ!」
キキョウの雷撃が一本の木に命中し火柱を上げながら倒壊する。
すると、倒れゆく木から他の木へ飛び移る人影が僕たちにもはっきり見えた。
「待て! 誰だおまえは!!」
キキョウは人影を追いかけようと飛び出すが。
「誰って? 君の方こそ誰だよ?」
いきなり、飛び出してきたキキョウの目の前に降り立つ人影が聞き返してきた。
「うわわっ!」
予想外の出来事に、大きく転倒してしまうキキョウ。
「うっ…。痛ったぁ……」
「大丈夫ですか! キキョウさん」
二人が駆け付けると、キキョウは自力で立ち上がれないでいる。
「おい、大丈夫か?」
応急手当をしている二人に声を掛ける人影。
「すぐテントに戻った方が……って、君」
見上げると、心配そうに見つめる緑の瞳の少年……、いや少女か。
真っ白な短髪に小麦色の肌、動物の皮で出来た服は粗末な軽装で、ほっそりとした腕や脚がむき出しになっている。
「君は誰?」
「ふつう、自分から名乗らないか?」
少女は、ムッとした表情で人差し指を僕に突き付けてきた。
「え? あ、はい! 僕は、タスク。我楽匡です」
僕は慌てて答える。
「タスクさん! 早くキキョウさんを!」
ニウブの言葉に、やらなくてはならないことを思い出し。
「ああそうだ。荷物は置いて……」
僕らはキキョウを両肩で抱えて戻ろうと……。
「そっちの小さい子大変そうだけど? 手伝ってやろうか?」
「え?」
僕との身長差で重心がかかっていたニウブから、気がついた時には謎の少女が肩を担ぐのを引き継いでいた。
謎の少女は、僕より少し小さい程度だったのでニウブよりバランスが取れた。
「さ、行くぞ」
「う、うん」
事の成り行きで、僕たちは謎の少女とテント場に戻ることになったのであった。