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メドゥーサ ④

「――聞けネス。これ以上、体温と思考能力を奪われる前に、突き止めておかねばならないことが二つある。それらが何か分かるか?」

「魔物の、しょ、正体と特殊能力ですか……?」


 震えながら答えたネスに、クラッグ・トートはちちっ、と指を振って否定した。

 わたしは自身も寒さに震えつつ、気になりだすと所作の全てに腹が立つんだよなこのおじさん……と思いながらやりとりを見つめる。

 クラッグ・トートは、ネスの答えを採点する。


「四十五点だ、ネス。こうして魔物に先手を取られ能力に曝されている今、正体なんぞどうでもいい。居場所だ。魔物がどの死角から我々に攻撃を仕掛けているか、それをまず探らねばならん」

「はい、先生」


「次に魔物の能力だが、今回の場合『体温を奪う能力』と分かっているのだから、どうやって? と考えがちだが、魔物に道理を差し挟む必要はない。『何をきっかけに能力を発動しているのか』を考えろ……それは俺たちにも理解できる何かのはずだ」

「は、はい先生………………っくち!」


 ネスが可愛らしいくしゃみを披露したところで、わたしは師弟の会話に口を挟んだ。


「そんなことより、す、すごく大事なことが」


 クラッグ・トートに言いたいことがあったのだ。

 わたしが言うのも何だけれど、この状況で弟子に説教をかましている暇があるのなら、暖を取るために火を熾すとかした方が良いのではないか。

 樹木も少ないアイオリア州の荒野で、薪を今から集めるのは難しいとしても、この際、燃える物なら何でも良い。荷物の中の着替えでも何でも。


 ……それよりも何よりも。


 こちらに視線を寄越した師弟二人の前で、わたしはぴっと人差し指で天を示した。

 釣られて二人の視線が天空を向く――そこには、先程わたしが目撃した時と同じく、大きな黒い鳥が弧を描いて飛んでいた。

 クラッグ・トートが目を剥いてこちらに向き直る。そして叫ぶ。


「そういうことはァ、早く報告なさいよ、お姫さまァ――!!」

「えぇぇ」


 いやだって、わたし冒険者じゃなくて深窓の令嬢なのよ。

 危険に注意するのはわたしの仕事じゃない。たまたま気付いた事を報告しただけ偉いでしょうが。

 正常に見えていて実は、このおじさんも錯乱状態にあったのだ。

 後から知ったのだが、低体温症って怖い。


 なんかネスに対してご高説を垂れていたようだけれども、あの時点で正気かどうか怪しい。わたしは知っている――お酒を飲んでいて、直前まで平静なのに、急におかしくなってほわーんとなる人たちを。


 ――その人たちの事を、酔っぱらいと呼び習わす。



     ◆◇◆



「ネェ――――スッ!」


 酔っぱらいのおじさんが、自分の額をごんごん拳で打ちつけながら、弟子の名を叫ぶ。

 その異様を目にしながら、弟子であるネスが応える。


「は、はい」

「剣を貸してやる。そいつでお姫さまを守れ――馬に飛び乗ったら、三、二、一で行くんだ……街道を走って、乗合馬車のターミナルを目指せ。今は無人だろうが、水も薪も少しは残されてるはずだ」

「でも、そしたら先生は? ……独りで魔物と戦うんですか?」

「心配するな、俺を誰だと思ってる。……お前のお師匠だぞ。ほれ!」


 師匠が投げ渡した剣をネスが受け取る。緩やかに湾曲した剣――カタナ。

 ハーナル州の伝統的な武器で、イスカルデ前女王の私設騎士団である〈極光騎士団〉がその剣を装備していたという。


 それを受け取ったネスの身体に、静かな気迫が宿るのを、間近にいるわたしは感じていた。緊張と不安と歓喜が入り混じったような何か。

 肩をぶるっと震わせたかと思うと、ネスはわたしに振り向いた。

 そして手を差し出して叫んだ。


「来いっ! ――――ティナ!」

「うわ」


 ずっと「お前」呼ばわりで、名前で呼ばれたのは今が初めてかも知れない。

 動揺して変な声が出てしまった。愛読している小説の主人公のように「はいっ」って瞳を煌めかせながら言えれば良かったんだけど、急だったので即座に対応出来なかった……。

 今後、名前で呼ぶ時には事前に通告して貰おう。「これから名前で呼ぶよ」って……しかし、ネスがそんなことをする性格とは思えない。


 どうしよう……「うわ」って言ってしまった。

 ネスがこれからわたしを名前で呼んでくれないとしたら、それは悲しい……。


「早く!」


 まごつくわたしの手を強引に取り、ネスは馬への騎乗を促す。

 前回は両手を組んで足置きにしてくれたが、今回は緊急ということもあり、ネスの両肩に足を置いて、肩車の要領で立ち上がる勢いを利用して、あたふたと騎乗する。

 ネスは慣れた様子で素早く馬の背にまたがり、手綱を手に取った。


 ――うわぁ近いっ。良い匂いもするっ。


 別の意味で感極まるわたしをよそに、師弟は今生の別れかとも思える会話を繰り広げる。


「先生……ご武運を」

「だから心配するな。お前こそ貸した剣無くすなよ? 必ず返して貰うからな」

「はい、もちろんです」

「……もう行け。三、二ィ、一!」


 ネスが馬の腹を蹴ると、馬は放たれた矢のような勢いで発進する。


 振り落とされそうになったわたしは、「うわわ」と慌ててネスの背中にしがみつく。ついでに邪まな心が働き、ネスの胸に膨らみがないか確認しておく。

 ……うーん。無い。無いなぁ。

 邪まなわたしと、ネスを乗せた馬が駆け去る後を、二つのものが追いかけて来ていた。一つはクラッグ・トートの声。


「ネェ――スっ! いろいろ考えろ! この魔物の能力は『低体温にする』だ! どうやってそれをしているかを考えろ! 理屈や仕組みじゃなく媒介を見つけろ! 理屈で考えるな、魔物の能力ってのは――」


 ――魔法なんだからな!

 最後にそう叫んでいた気がする。遠ざかるので聞こえなくなった。


 二つ目は、大きな鳥の影。

 荒野の大地を舐めるように、わたしとネスを追って来ていた。

 クラッグ・トートが引き受けて戦うような話の流れだったけれど、これでは逆だ。わたしたちの方が囮になっている。



     ◆◇◆



 魔鳥の影が、弟子たちを追って遠ざかって行くのを見送ると、クラッグ・トートは「ふう」と額の汗を拭った。

 見送った方向に手の平を合わせると、


「どうやら無事に『なすりつけ』に成功したか……すまんなネス。だがお前なら切り抜けられる。たぶん」


 師匠として無責任極まりないことを言ってのける。

 納得も理解も出来ないのは、もちろんサーリアであった。

 真っ青な顔でクラッグ・トートに掴み掛かる。顔色はおそらく低体温のせいだけではない。


「魔物がティナさまたちを追って行きました! すぐに追いかけないと!」

「まぁ待ちなさい、サーリアさん。我々が行っても犠牲者の列に名を連ねるだけかも知れんのだぞ? お姫さまは絶対に助かるが……仮に彼女だけで行かせた場合、どんな惨劇が待ち受けているか想像が付かん。だからネスも行かせた」


「だから! ティナさまが助かるという根拠を教えて下さい! あの方は剣も精霊法も不得意です。魔物に狙われたら助かりっこありません!」


 サーリアが懸命に訴えるも、クラッグ・トートはどこ吹く風。

 それどころか「……もうちょっと時間潰すか。うぅ、ようやく寒さが引いて来た」などと言い出す始末。


 それを聞いたサーリアは、カイユの容態を気に掛ける。

 腕の中にいる少女の震えは治まっていた。安心するサーリアだったが、どうしても目の前にいる男への不信感を拭えなくなり、きつい眼差しを向けてしまう。

 その視線を受け止めたクラッグ・トートが、困った表情で言う。


「睨まないでくれよ。たぶん一番良い選択をした……お姫さまはポンコツだから、一人で放り出しても魔物に対処できないだろう。だが何かの因果が働いてお姫さまは生き残る。その過程が想像できなくて恐ろしいから、ネスを一緒にやった」

「アルネストさまが魔物を倒し、ティナさまを守るという確信があると?」


「確信って程じゃないが……『未来でアーベルティナ女王が即位する』が決まってる以上、いかにポンコツでも彼女は今日死なないわけで……ってことは、今日のこの状況は、たぶんネスがどうにかするってことだ」


 逆に、いつ死ぬか分からん不確定要素満載の我々は、出来るだけ運命が決まってる奴に関わらん方が良いのだよ。

 まぁアーベルティナさんは死なんよ。ネスは運が悪けりゃ死ぬかも知れん。


「でもあいつ、人類最強だから何とかするとは思ってるが」

「? アルネストさまはそんなに荒事にお強いのですか……?」


 サーリアの観点からすれば、アルネストは線が細くて背が高くない男性……だと思っている。確かにサソリの魔物に止めを刺したし、毎日カイユと連れ立って体力作りに励んではいるが……そんなに強そうには見えない。

 その分、精霊法に長けているお方だろうとサーリアは思っていた。

 その見解を、クラッグ・トートは肯定する。


「実際そうだよ。ネスの腕を触ったことあるかい、ぷにぷにだぞ。ちゃんと俺が言うとおりに走り込んで鍛えてるのに、全然筋肉が付かないしヒゲも生えないんだ」

「でも、アルネストさまの法術というのは、凍らせる針を飛ばすという……」


 サソリの魔物との戦闘を見ていたサーリアにとって、〈氷の針弾の術〉がネスの戦闘技術の全てだった。他にあるとすると……。


「さっき、ちょっと見せただろう――〈氷の衣の術〉。あれズルなんだよなあ。氷精霊の本質は冷凍ではなく停滞。それを上手く使ってる。あの衣を展開してる時は、誰もネスに触れられない。しかも燃費が良いみたいだ」


 ネスが〈氷の衣〉を展開している時、ネスに近寄ろうとする、ある程度の速度と質量を持った物体は、近寄るほどに急速に減速する。

 それが放たれた弾丸であっても例外ではない。


 ネス本人の剣技や体術の腕前は並だ。しかし〈氷の衣〉が展開された瞬間、ネスは無敵の戦士となる。どんな達人だろうとネスの周囲では速さを発揮できないし、力自慢がネスを抱き潰そうとしたとしても、確実にすり抜けられてしまう。


「『決闘』という形であれば俺はネスに勝てんよ。たぶん百人の訓練された兵士が相手でも、ネスが勝つ。気力切れになるまで誰もネスに触れることが出来んのだから」


「……では、アルネストさまが必ずティナ様をお守りするのですね?」

「たぶん……」

「アルネストさまは最強なのでしょう?」

「いや、あいつにも弱点はあるんだ」


 毒を飲まされること。信頼してる相手に寝首を掻かれること。

 そして何より……〈氷の衣〉は物理的なものはネスの裁量で、速度・質量を設定して遅くできるようだが、魔物の能力のように、何だかよく分からないものに対して効力を発揮しない。

 今回の大きな黒い鳥の魔物の能力を防げなかったのも、そのせい。


「トビかノスリと思ったが……見上げた時には、羽根が黒と金に変わっていて、種類の判別は付かなかったな」


「ティナさまは……っ!」

「だーからぁ、お姫さまは絶対に助かるのさ。お姫さまには魔物と戦う力なんか無い。でも生き残ることが決まってる……だったらネスが、どうにかするのさ」


 ついでに、とクラッグ・トートは言う。

 この魔物の名前、「メドゥーサ」と記録しておこう、と。

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