10話:買い出しから初参加が始まりそうです
ゼリー事件の翌日の日曜日。
翔矢とペネムエは、翔矢の部屋で話していた。
「次の土曜でございますか?」
「あぁ、学校の行事で空海山に登山に行くんだ」
空海山は県内では有名な山で、翔矢の地元では小学校の遠足など様々な行事に利用されている。
六香穂高校では毎年、全校生徒で登山を行うのが恒例行事となっていた。
「それで登山のリュックとか悪くなったから、市内まで卓夫と買いに行ってくる」
「次の土曜でございますか……少し厄介ですね」
ペネムエは深刻そうな顔をした。
「どうかしたの?」
「そのころにはマキシムへのゲートが広がるのです。山は危険が多いので十中八九、アテナ側の天使が翔矢様をマキシムに転生させるため仕掛けてくるでしょう」
「敵からしたら絶好の機会ってわけか」
「ですが、ご安心ください。わたくしが必ず翔矢様を守り抜いてみせます」
「頼りにしてるよ」
命を狙われているという実感が翔矢には無かったが、マジックラウドやらぺネムエの心の声を聴く能力やらを見ているので、魔法がある世界が存在することは疑う余地は無くなっていた。
相手からしたら翔矢を転生させるために魔法の武器とかで攻撃してきてもよさそうなものだが、前回は交通事故で今回は山の事故(予定)。
なんだか魔法っぽさや天使っぽさは感じないやり方だと翔矢は思っていた。
「ところでゲートって? 天使に殺されたら異世界行き確定じゃないの?」
「天使が万が一人間を死なせてしまった場合、人間への救済措置として転生させる義務があります。
そのさい転生させる世界は天使の自由なのですが、どこにでも転生できるわけではなく、ある程度ゲートが広がっている世界にしか送れないのでございます。
ゲートは世界への出入り口のようなものですが、常に広がったり小さくなったり大きさが変化しているのです」
「なるほどねー。マキシムって世界に俺を送りたいから、例えば今日俺を殺しても他の世界にしか送れないってことか」
敵の天使の狙いはあくまで翔矢をマキシムに転生させてベルゼブを倒させること。
他の世界に送っては意味がないのだ。
「そういう事です。異世界は無数にあるので必ずどこかの世界のゲートは広がっているのですけどね」
そんな話をしている内に卓夫と約束をしている時間になった。
「そろそろ、行かないとな」
「行ってらっしゃいませ。わたくしは当日に備えて道具の整理や整備をしております」
ペネムエに見送られ翔矢は卓夫との待ち合わせの駅へ向かった。
*****
その頃、県内某所上空では、空飛ぶ絨毯に乗った赤髪の少女が水晶玉に話しかけていた。
「アテナ様、申し訳ございません。先日の作戦は失敗に終わりました」
少女は申し訳なさそうに、水晶玉に向かって話す。
通信の相手は、女神アテナ。翔矢を異世界マキシムに送り込もうとしている女神だ。
「仕方ないのよー。向こうだって馬鹿じゃないのよー。
それに時間の流れも、ノーマジカルの1年がマキシムの半日程度だし、ベルゼブもマキシムの8割を支配してからは、目立った動きは見せてないのよー。
今は、そこまで急ぐ必要はないと思うのよー」
水晶玉からおっとりした雰囲気の声が聞こえてくる。
「しかしアテナ様。あの宮本翔矢という者に護衛が付いているのは間違いありません。
マークされていない、他の人間を異世界に送るわけにはいかないのですか?」
「んーーー、なかなか適任が見つからないのよー。ノーマジカルの人間は異世界で強大な力を手に入れるから、送る人間を間違えると手が付けられなくなるのよー」
「そうでしたね。引きつづき任務を遂行します」
一通り報告が終わり少女は通信を切ろうとした寸前、アテナが思い出したように話し出す。
「あぁ待ってリールちゃん。転生の件とは別件で1つ任務を頼みたいのよー」
「はいー?」
赤毛の天使の名はリール。
もう一つの任務という言葉に少し不思議そうに返事をする。
*****
こちらは、卓夫とともに登山用のリュックを買いに出かけた翔矢。
電車に乗り約1時間半ほどで市内の駅に到着した。
「ふぁーーー」
駅に着くなり卓夫が大きなあくびをする。電車の中でもずっと寝ていた。
翔矢は正直恥ずかしかったので、電車では卓夫とは少し離れたところに座っていた。
「眠そうだな。というか寝てたな。また深夜アニメか?」
「いや昨日はネトゲでござる」
廃人コースまっしぐらとか言っちゃいけない気がした。
「別に休みに何しようが個人の勝手だが、夜更かしするならこんなに朝早く出かけなくてよかったんじゃないか?」
まだ朝の9時前。登山の道具を買うだけにしては、早すぎる時間である。
「なにをおっしゃいますかーーー。登山の道具集めは翔矢殿をおびき寄せる口実。真の狙いはこれでござる」
いままで眠そうにしていた卓夫の顔が一気にシャキッとした……気がした。
そして卓夫は1枚のチラシをパッと取り出した。
「『天道ユリア直筆サイン入り写真集手渡し&握手会』……って誰?」
芸能人か著名人なのは察しが付くが『天道ユリア』という名前に翔矢は心当たりがなかった。
「御存じない??? 『異世界転生大戦』でヒロインのジュシア様を演じた声優様でござるよーーー」
まるで知っているのが世界の常識であるかのように話す卓夫。
『異世界転生大戦』は卓夫がブルーレイを強引に貸してきたので見たし、ヒロインの顔もザックリ覚えているが、翔矢はキャストまでは全く把握していなかった。
「こんな田舎県で声優のイベントとかあるんだなー」
市内に来たとはいえ田舎県から脱出したわけではない。
この辺で声優イベントなどは、ほとんど行われない事はアニメに詳しくない翔矢でも分かる。
「ユリア様は、県内出身なんでござるよーーー。ちなみに転生大戦の作者も県の出身らしいでござる。
さらにさらに、主人公が転生前に事故にあったのも、県の実在する場所なのでござる」
けっこう、このド田舎県に縁のある作品だったのかと翔矢は思った。
まぁ主人公とか冒頭1分以内で死んでしまったし、事故現場も田んぼ道で聖地というには全国に似た場所がありすぎると思う。
「で? 行くでござるか?」
「よく考えたら、スポーツ用品店まだ開いてないしな。行くよ」
かくして、宮本翔矢。人生初の声優イベントに参加する事となった。
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