11話:握手会から神対応が始まりそうです
クラスメイトの大久保卓夫と、登山用のリュックを買いに来たはずの翔矢。
しかし卓夫の策略にはまり、人気声優『天道ユリア』の握手会に参加する羽目になってしまう。
今、2人はイベント会場の広場に到着したのだが、広場は人で埋め尽くされている。
翔矢は声優には詳しくないが、本当に人気があるのだと分かった。
「いやー想像を絶する人だな。あのアニメそんな人気あったのか……ってかこの県で放送してたのか?」
ここはド田舎県。民放など3つ程度しか映らない。
「ぷぷぷーーー。遅れてるでござるなーーー。
衛星放送やら公式ネット配信やら色々手はあるでござるよ。
それにユリア様のイベントとなれば他県からも来ているはずでござる」
すんごいムカつくが翔矢もスポーツなどは衛星放送など見るので、安直にアニメを地上波放送で見ると思い込んだ自分も浅はかだったので言い返せない。
「それはそうと、物販コーナーでサイン付き写真集の引換券やらその他もろもろ買いに行くでござるよー」
「いや……握手会に来たからには引換券は買うけど、グッツとかは買わねぇぞ……」
*****
そうこうして物販コーナーの列に並ぶことになった。
人数はそれなりに多いが列は思いのほかスムーズに進んでいる。
そして、翔矢と卓夫の少し前には、赤髪の天使のリールが並んでいた。
(アテナ様ったら……声優の天道ユリアのサイン入り写真集が欲しいって、どんな任務よ……ってか声優って何よ?)
リールは困惑していた。
宮本翔矢の異世界送りの任務の失敗を、女神アテナに報告したまでは良かったが、そのあと追加任務で『天道ユリアサイン入り写真集』の入手を頼まれたのだ。
(アテナ様に仕える天使の中でも超超超天才と言われた私がなぜこんな目に……
なんか並んでる人間みんなチェックの服着てるしメガネかけてるし不健康そうな体だし、女の人が他にいないし)
チェックの服装に関しては、もしかしたら制服みたいなものかとも思ったが、全員同じという訳でもないので違うのだろうと思った。
しかし一番の問題は、そこではなかった。
(なんかすごく嫌らしい目で見られまくっている気がする……いや見られてる)
リールも天使なので、ペネムエと同じく自分に対する近くの人間の心の声がきこえるのだ。
リールの服装は露出の多いドレスのような格好。
この世界の服は持ってなかったので、人前に出るのはまずかっただろうか?
この事をアテナに相談したら……
『イベント内容的にコスプレと思われるから問題ないのよー。コスプレとは神聖な服装なのよー』
と言われた。コスプレの意味は分からないが神聖な服装というからには超超超天才天使の自分にふさわしい意味だと思い気にしなかった。
(そういえば天使の顔立ちは、ほぼ例外なく人間受けするのよねぇ。ノーマジカルの一部の人間には特に、ビックリするくらい受けがいいって説明あったっけ)
おそらくこのチェックの集団こそ『ノーマジカルの一部の人間』だったのだろう。
天使として、決して自分に向けられた視線に対して軽蔑などしてはいけないと思いつつ、聞こえてくる心の声があまりに『あれ』であった。
何の音か分からないが自分に向けてパシャパシャという謎の音まで聞こえてきた。
そんな苦難に耐えつつ、ついに自分の順番が来た。
(3000円って高いわね……この世界のご飯、結構食べれる値段じゃないかしら?)
と思いつつも、お金はアテナにもらっていたからいいやと思い、購入を手早く済ませてダッシュで立ち去った。
どんっ
「あっごめんなさい」
人ごみの中をダッシュしたのでリールは誰かにぶつかってしまった。
「大丈夫ですよ。でもこんな人ごみの中走ったら危ないですよ」
ぶつかった相手は優しく返してくれたが、リールは相手を見て驚愕した。
(宮本翔矢……転生対象者がなぜここに?
いや落ち着くのよ……天使の気配は、遠いし私がアテナ様側の天使とはバレようがないはず
今日はゲートが開いてないから構う必要もない)
「本当にすいませんでした」
リールはペコリと頭を下げ、今度は走らずに歩いて立ち去った。
*****
「すごいコスプレだったな。コスプレ自体初めて見たからすごいのか分からないが」
「拙者が知らない衣装ということはキャラのコスではなくオリジナルでござるな。すばらしいクオリティでござった」
翔矢と卓夫は、ぶつかってきた少女の正体など知る訳もなかったが、奇抜な格好などは気になり印象に残ったようだった。
「いや……お前、全部のアニメのキャラ分かるつもりかよ」
「確かに多く見積もっても8割ほどでござるかな。
それにしても、同じ歳くらいに見えたでござるがスタイル抜群でござった。
よもや拙者が3次元に見とれてしまうとは一生の不覚」
卓夫がガクッと肩を落とす。
「あの一瞬でよくそこまで見てたな。格好が奇抜すぎて他に目がいかなかった」
「ぶつかって来たのに、スタイルを堪能しない翔矢殿が間抜けなだけでござる」
それができる技術の持ち主はそうそういないと思う。
*****
引換券を購入した翔矢と卓夫は現在、握手会の順番待ち。
「ユリア様の握手会は神対応で有名でござる。初参加の翔矢殿は絶対腰を抜かすでござるよ」
「いや……握手会とか初めてだし、神とか塩とか判別できねぇよ」
「そういう人こそ腰を抜かすでござる」
やけにハードルを上げてくるなと翔矢は少し楽しみになった。
さすがに、ほぼ知識のない有名人に腰抜かされることはないだろう。
*****
翔矢と卓夫の何人か前には、リールが並んでいた。
(まさか2度も列に並ばなきゃいけないとは……ノーマジカルは行列が文化なのかしら?
内容があれな心の声は相変わらず聞こえてくるし、ちょい後ろに宮本翔矢はいるし、何故だか天使の気配は近づいてくるし落ち着かないわねぇ)
来週には、宮本翔矢を異世界に送るため、この世界から消さなければならない。
作戦は姿を隠して行う予定だが、念のため顔を覚えられたり正体がバレるのは避けたいと思っていた。
天使の気配も、なぜか少しづつ近づいてくる。
宮本翔矢の護衛の天使だろうか?
こう人が多いと誰が天使かわからない。
超超超天才の自分でも分からないのだから、相手もリールを天使と特定するのは困難なはず。
天使を特定するより、今は自分の正体を隠す方が得策か。
などと試行錯誤している間にリールの握手会の出番が来た。
目の前にいるのは金髪で髪が肩まで伸びた、人間年齢で20歳前後の美女だった。
「今日は来てくれてありがとう!! あらあら、珍しいお客さんね!!」
握手会というものを知らないリールは、彼女のまぶしい笑顔にどう反応すればいいのか分からなかったが、とりあえず前の人の真似をして握手をして写真集を受け取って立ち去った。
(珍しいお客さんか……本当に女性少ないもんね
とっとと帰ってこの本アテナ様に送らないと)
*****
リールの後に何人かの順番が終わり、卓夫の番が回ってきた。
「くぼりんさん!! お久しぶりー。また来てくれたんだ!!」
「ユリア様の、イベントならどこにでも行くでござるよ」
「うれしいなーーー。でもほかの子にも同じこと言ってるでしょ?」
「拙者はユリア様一筋でござる」
卓夫の後ろにいた翔矢はそのやり取りを聞いていた。
『くぼりん』は確か卓夫がSNSなどで使っている名前だった気がする。
神対応と言っていたが確かにこれはすごいと思った。
卓夫がイベントとかどれくらい参加しているのか知らないが、ファンの名前まで憶えているのか。
(こりゃファンの人は確かに感激するだろうな。まるで友達同士みたいな会話じゃねぇか)
そう感心しながら、次は翔矢の番。
この人の神対応は良く分かったが、初参加の翔矢は、正直自分への対応には期待してなかった。
何度か来て覚えている人に対しては何か言葉は出てくるかもしれないが、そうでない人に対しては、さすがに決まった対応しかできないだろう。
「はじめまして!! 何だか、お友達に連れて来られましたオーラ出てるけど、こういうきっかけでもアニメ好きになってくれると嬉しいな!! できれば私の事も!!」
翔矢は何が起こったのか分からなかった。
天道ユリアという声優は、何の迷いもなく『はじめまして』と言い、どこかのメガネの探偵もビックリな推理で普段アニメを見てないことを見破られた。
対応がすごすぎてほとんど反応できないまま、翔矢の順番が終わってしまったのだった。
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