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ずるい。卑怯だ

先日結衣と話をした公園のベンチに座り、缶のお茶を飲む仁。

「先に聞いていい?」

若葉から話を振ってきた。仁は情報の出し惜しみをしたいがために自分から質問したかったが、若葉の前のめりな雰囲気からできそうもないのでやめた。

「いいよ」

「あなたは何故工事中の京都駅を見たことあるって言ったの?」

仁の返事に食い気味で質問をする若葉。

なるほど、そこか。仁はそう思ったと同時に何かあると断定するには情報が足らなすぎる。と感じたので、

「父親が仕事で携わってるから話し聞いたことあるだけだよ。」

ごまかすことにした。

「聞いたじゃなくて見たって言ってたでしょ。それに小学生のとき子供っぽかった宮田くんが、中学生になった途端に落ち着きすぎ。」

落ち着きすぎな自覚はあった。幾ら何でも変わりすぎだと思うのだが、中学生らしい振る舞いが考えてもわからなかった。

「噂になってるわよ。B組の酒井さんとあなたが変わったって。」

落ち着いたことは親と友人二人にも指摘されているが、全員が結衣の影響だと思って納得している。

「みんなから言われるよ。」

「両方に話聞くつもりだったから、あなたが黙ってるなら酒井さんに聞くだけよ」

仁が何も言ってないのに若葉は色々と喋ってしまっている。

『待て待て。それは脅しだ若葉。変わってくれ』

どこからかまた男性の声が聞こえ、仁はあたりを見回した。

「待って!まだやれるから!」

『まぁまぁ、こういうのは任せろ。』

カバンについているアクセサリに向かって喋っている若葉。動いて喋るアクセサリ。異様な光景に仁は恐怖した。

「わかった…宮田くん、色々ごめん。今交代するから」

「あー大丈夫だけど…交代する?」

さらに困惑する仁。一体何が起こるのかと身構えているとアクセサリから声がした。

『えーっと、初めまして。夏目和久と言います。こうなる前はジャーナリストをしておりました。』

「え、あっはい。初めまして。え、どうなってるんですか。アクセサリに宿ってるんですか。」

『寝て気づいたら、若葉の頭の中におりました。喋るときは分離しないといけないので、こうしています』

「そりゃまた…大変ですね…えっと、一応なんですが調べていいですか?その、仕掛けがないかとか」

『もちろん。』

アクセサリを見せてもらう仁。カバンにつける人型のアクセサリで手の部分だけ動くなんの変哲のない旅行先の土産屋にありそうなアクセサリだ。

腹話術の可能性も低く、仁は自身を無理やり納得させた。

「はい、ありがとうございました。」

『納得してもらえてよかった。では聞かせてもらえますか?あなたの秘密を。』

「それはいいんですが、俺を信じていいんですか?バラすかもしれませんよ?」

『動いて喋るアクセサリの話を信じてもらえると思うなら、ご自由にどうぞ』

「なるほど。確かにそうですね。」

「ずるい。卑怯だ…」

若葉はむくれていた。出汁に使われたのがわかったのだろう。

『まぁ、悪かったよ。でも、うまく行ったんだからいいじゃねぇの』

そんなやりとりを見て仁は少し和んだ。いいコンビだ。


仁は己の現状を話した。結衣に関する部分は本人のプライベートもあるので、自分と同じ境遇であることだけ伝えた。

『なるほど。2017年。私より遅いですね。私は2012年からです。』

「きっかけに心当たりはありますか?かなり私的な事情だと思いますし無理せずできればお願いします。」

『気を使っていただいてありがとうございます。構いませんよ。もうずいぶんと【昔】の話ですから』

『娘がなくなったんです。まだ1歳でした。』

重たい事情に仁は静かに話を聞く。若葉は目に涙をためていた。事情を知っているのだろう。

『不幸な事故でした。通夜と葬式も終わっても夫婦だけでなく祖父母、親戚…皆悲しんでいました』

『それでも何とか仕事に復帰し、夫婦二人で生きていこうと思っていた矢先に私はここにきました』

「…なるほど。話してくれてありがとうございます」

『娘をもっと育てたかったと思っていた私は、幼子の意識の中に入ったことを天啓のように感じました。色々苦労がありましたが何とかやってこれました。』

「私も感謝してる」

若葉は涙を拭いて答えた。お互いが納得しているのならそれでよかったのだろうろ仁は思った。

「そうですか。酒井もやり直したいことがあったと言ってましたので、その手の出来事がトリガーになってるのかもしれませんね」

『そうですね。これまでそういう仮説を立ててましたが、その可能性は高くなりましたね』

ならば自分にも何かあるはずだ。仁は思ったが考えるのは後回しにして、若葉に質問した。

「小林美優って俺たちと同い年の女の子知らないか?」

「いやわからない。なっさん知ってる?」

『それは、この街が地元の?』

なっさんが少し焦った様子で会話に入ってきた。

「はい、ご存知ですか?」

『小林美優は私の妻です!どこかにいるんですか?ここが妻の地元なのはわかっていたのですが、ずっと会えなくて…』

「いえ…その…」

仁は言葉を詰まらせた。真実ほど人に残酷なものはないと言ったのは誰だったろうか。

迷った末、仁は事実を告げることにした。

「二人とも落ち着いて聞いて欲しい。美優さんはいなくなってしまったんです…私が知っている過去で美優さんの席に座っているのは若葉さんです」

若葉は困惑していた。

「え、それはどういうこと?私が代わりってこと?」

少し怒りをにじませる若葉。当然である。彼女は彼女が与えられた人生をただ生きてきただけなのだ。誰かの代わりのような発言が受け入れられないだろう。

「そういうことじゃない。君が代わりとかそういう意図はないんだ。ただ、それ以外に言い方が思いつかなかったんだ。申し訳ない。」

『若葉落ち着け。誰も君の人生を否定したりしないし、宮田さんもしてない』

「…ごめんなさい。」

若葉は落ち着いた。直情型だが間違いを指摘されると認められるのはなっさんの教育の成果なのだろう。

『宮田さん、情報ありがとうございました。今日はおひらきにしませんか。私も少し考えたいです』

「こちらこそありがとうございました。また、何かあればお伝えします。」

『はいこちらも』

奇妙な階段はおひらきとなった。おそらくなっさんは奥に引っ込んだのだろう。アクセサリは動かなくなっていた。

「じゃあ、また明日ね。今日は色々ごめんね。私、焦っちゃって…なっさん大丈夫かな」

「俺は平気だから。小林さんも大丈夫?」

「少しびっくりしただけで平気。ありがとう。」


そう言ってお互い家に帰って行った。

雲行きが怪しくなり今夜は月も隠れていた。明日からしばらく雨が降る、夜の天気予報ではそう言っていた。


若葉と話をした次の日、教室に入ると若葉が机に突っ伏していた。心配して話しかけてくるクラスメイトに大丈夫と返してはいるが疲れがにじんでいた。

「小林さんに何かあったのー?」

沙也加が心配そうに聞いてきた。

「俺もわからないよ。あの後、すぐ別れたし。」

「そっかー心配。」

沙也加も話しかけたようだが、事情は話してくれなかったそうだ。


給食が終わった後の昼休みに、結衣に事情を話した。

「そっか…夏目さん、大変だったんだね。美優ちゃんの旦那さんか。しばらくは難しいけど落ち着いたら話聞いてみたい」

「あぁ、そうするといいよ。」

「あのね、宮田、ちょっと相談したいことが…」

「…あれ?」

廊下で話していた二人だったが、若葉がカバンを持って教室から出てくるのが見えた。

そして二人の方に歩いてきた。

「小林さん、大丈夫?」

結衣は若葉に話しかけた。

「うん、ちょっと体調が悪いだけ。ありがとう。」

疲れた笑顔でこたえる若葉。結衣はかつての自身の母親と若葉を重ねてより心配になった。

「二人とも、土曜日は空いてる?話したいことがあって」

若葉はカバンのアクセサリを持ちながら二人に提案した。

「私は大丈夫」

「俺も平気」

仁と結衣は答えた。

「ありがとう。細かいことはまた連絡する。じゃあね」

若葉は帰って行った。

「大丈夫かな…あの時のお母さんをみてるみたいでちょっと不安。」

「まぁ、今はどうしようもないよ。それより土曜日だな。少し質問を考えておかないとな」

俯いて考え事を始める仁。

「…そうだね。何かわかるかな。」

この時、仁はこの先の話の展開を気にするあまり大きな爆弾が足元にあることに気づかなかった。

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