旅行前日
楽しい時間はあっという間と昔から言うが。
修学旅行が近くになるとクラス全体がそわそわしだし、いよいよ明日出発というとこまできた。
結局、行動学習は低予算で済ませる事と、商品についてお店から許可をちゃんと得る事を条件に写真を撮る事などの条件で担任から許可が出た。
帰りのホームルームが終わり、一斉に椅子を引きずる音が教室に響く。いつもよりうるさい気がする。
俺はみんなから遅らせて立ち上がる。
後ろを振り返りミナと一緒に帰ろうとしたが姿がない。荷物はあるのに。
「じゃあ、ソラ明日な」
「お、おうカズ、じゃあな」
戸惑いながら俺はカズを見送る。
ユリカはまだ自分の席で明日の準備をしている。
「あれ、ミナはどこに行ったの」
俺はユリカの邪魔にならないように手が止まったとこで声をかけた。
「あ〜、なんか職員室に行くってすぐに出ていったよ」
「先に帰っててって言ってたから結構時間かかるみたい」
「ふ〜ん、そっか」
あいつが一人で職員室に呼ばれる。なんか変だな。俺らで呼ばれるならまだしも。
「それじゃあ、あたしも先に帰るね、じゃあねソラ君」
「ん、じゃあまた明日」
俺はユリカを見送り教室を見渡す。ものの五分でいつものざわつきが消えてしまった。
さっきまで教室に溜まっていた熱が一気に放出して少し寒気を感じる。
今日は一緒に帰りたかったからミナの帰りを待つことにした。
ミナと旅行に行くに間違いはないが、二泊三日の団体行動。
しばらく手も握れないかと不安になる。
ならばと今日のうちに少しでも一緒にいたかった。
とりあえず、行動学習の準備は嫌というほどしたから机にうつ伏せになり時が経つのを待った。 両腕を机に乗せ交差した手首におでこをつける。自分の息で机の表面に水滴が現れはじめた。
目の前だけ湿度が高くなり少しだけ息苦しい。
ガララッ。
ようやく慣れた頃、鈍い金属音が鼓膜に侵入してきた。
「っ、びっくりしたぁ」 「ソラ、まだいたの」
苦手な金属音のあとには待ち焦がれた彼女の声が鼓膜を訪ねてきた。
「ミナを待ってたんだよ」
俺は熱くなった頬を隠す様に窓を見ながら返事をした。
「ありがと」
「あたしもソラに話があってね」
いつにも増して大人しいミナは淡々と帰り仕度を始める。
ようやく顔を熱も取れたところで、俺に話とは。ミナに尋ねるが帰りながらねと濁される。
ミナの目を見ると少し赤かった。なんでだろ。
「手、握っていいか」
校門を過ぎしばらく歩いたところで俺が提案する。もっと早くに繋ぎたいのにいまだに度胸がすわらない俺。
「うん」
いつも様子が違うミナの手を取ると異常に冷たかった。
でも今の俺には片手で温めるほかに方法はなく、いつもよりも力を込めて握るしかなかった。
手を温めるのに神経を使い教室での疑問は既に秋の乾いた風がどこかに運んでいってしまっていた。
「ソラの部屋、寄っていっていいかな」
二人で帰る時はほとんど俺の部屋に寄っていくミナがわざわざ聞いてくるとは。
「いいよ」
俺は返事と一緒にミナの手を握り直した。
「ちょっと待ってて」
「温かい飲み物用意するから」
かすかに響いたミナの返事をあとに俺は自分の部屋を出る。
やかんでお湯を準備しながら、戸棚を漁り始めた。
目的は前に残しておいた粉末のレモンティー。
頼りない記憶を頼りに探している間にやかんが鳴き出した。
目的のレモンティーをやっとの事で見つけ出し慌てて火を止める。この音はあんまり聴いていたくないな。
「おまたせ」
ひさしぶりに作った温かい飲み物の容器を慎重に部屋まで運ぶと、ミナが俺のベッドに横になっていた。
かすかに震えているのは寒いからか。
「ミナ、寒いか」
尋ねても返事はない。
それどころか徐々に水分を含んだ嗚咽の音量が大きくなる。
「ミナ、どうした」
「具合でも悪いのか」
ミナの聞きたくはなかった嗚咽をかき消すかのように俺は声を張ってしまった。
俺は慌ててミナの横に座り、顔を覗き込む。
ミナは見られたくないのか、俺が近づいたのが分かると顔を隠す様に身体を丸めた。
「大丈夫か、どこか痛いのか」
さっきよりも優しい口調で問いかける。
なにか自分が原因で泣かせてしまったのかと思い不安になっていたからだ。
「ううん、違う」
ミナが小さく首を横に振る。
とりあえず一安心するが、なおさら涙の原因が気になる。
自分が何かしたかと尋ねたいが、聞きたくもない事実を述べられたらと怖くなり、今の俺にはミナの冷たい手に自分の手を添えるだけしかできなかった。
少し離れたとこで二つのレモンティーの湯気が頼り無さそうに漂っていた。