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03 魔界の闇

 着た。

 というか、着させられた。


 そもそも、私に服の選択権は無いのだ。



 それを見たグレモリー家の人々は涙を流しながらスタンディングオベーション、アルとアイリスは笑顔で握手を交わしていた。

 ……仲良くなれたようで何よりだよ。



 結局、アイリスが魔法や病気にかかっているのかは分からなかったけれど、少なくとも、魂には異常はない。

 というか、明らかに生き生きしているので、問題は無いのだろう。


 しかし、年頃の女の子が欲望を隠そうともしない――いや、女の子に限らず、私の周りには欲望全開の人が多い気がする。


 もしかして、私が原因だろうか?


 いやいや、私が出しているのは魔素くらいのもので、魔素は人体に悪影響を与えるものではない。

 むしろ、魔素は健康に良いものだ。


 だったらなぜ……?

 私が可愛すぎるのが悪いのか?


 冗談はさておき、欲望も階梯を上げる上で重要なものかもしれないし、不健康よりはマシだ。


 とにかく、これで全ての問題は解消されたのか、ただ気が済んだだけなのかは分からないけれど、その後は普通に実務的な話になった。




 まずは、ルナさんの状況について。


 ルナさんは、外見上は有翼有角の文句のつけようのないサキュバスで、一族史上最高ともいわれる魔力を保有している。

 しかし、なぜかそれを上手く扱えない。


 姉と兄が優秀なため、そんな自分と比べてコンプレックスを感じているらしいのだけれど、努力家である彼女は、魔法以外では姉や兄と同じか、それ以上に優秀らしい。


 私としては、能力云々はさておき、努力家という評価が素晴らしい。



 そんな彼女は、現在、魔界の中央都市「魔界村」で学園に通いながら、外界へ進出するための選抜に参加しようとしている。

 中央都市なのに「村」なのはいかがなものかと思ったけれど、もしかすると、オリンピックなんかの選手村的な意味なのかもしれないので一旦スルーする。



 その学園は、次代の魔王育成を目的としたエリート学園である。


 実力主義である魔界では、魔王は世襲制ではない。

 何年かに一度、候補者が実力行使で地位を奪い合う「大闘領戦」が開催されて、そこで大魔王が決定する。

 さらに、在任中でも決闘に負けて交代することもある。


 ヤバいね、魔界。

 主に、頭が。


 とにかく、学園に入学できれば、高度教育で戦闘能力の底上げが期待できるので、辺境を含む、各地から有能な若者が集まっている。



 ルナさんは、そこで高みを目指して勉学や戦闘訓練に励みつつ、外界進出のための予選――というか、実績作りに励んでいるそうだ。



 ちなみに、選抜試験の内容は、時代によって変わるそうだ。


 現在は、外界で活動するための知識や戦闘能力が一定の水準に達しているかを測る一次選抜と、それをクリアした人に与えられる特別試験の二段構えだそうだ。


 前者は、模擬戦や実戦での成果――魔界にも王国や帝国とさほど変わらない冒険者ギルドのような組合があるので、大体はそこでの活動の成果を問われる。


 本番は後者の方で、内容は発表されるまでは分からないそうだ。


 ただ、裁量権を持つ人――体制派のお偉いさんの気分で決まることもあって、彼らの気に食わない人だと達成困難なお題が出ることもあるらしい。


 過去に実際に出された例だと、【大空洞】といわれる前人未到の迷宮の調査や、現体制に対する危険分子の排除とか。


 人治主義の極みである。

 二次以降の選抜は、大魔王の覚えを良くすることから始めるべきかもしれないね。



 そんな状況の中で、ルナさんの当面の目標は、半年以内に一定の成果――選抜に参加できるだけの成果を残すことだ。

 もう少し分かりやすくいうと、一次選抜にエントリーできれば目的達成だ。


 目安としては、冒険者ランクでAになるくらいだろうか。



 かなり緩い条件にも聞こえるけれど、グレモリー家の直系で、曰くありげな能力――と、初代魔王直系の血に外界に出るヒントがあると思い込んでいる過激派に大人気な彼女に、危険を承知の上で手を貸す人は少ない。

 というか、ほぼいない。


 既に、彼女の姉を取り逃がしている過激派の妨害は始まっている。

 とはいえ、彼らも「可能であれば、友好的な関係を結べるに越したことはない」と思っているらしく、今はまだ警告程度のものらしい。


 それでも、万一ルナさんが順調に成果を積み重ねていくようであれば、エスカレートしていくのは明らかである。

 そして、そんな彼女に協力すれば、真っ先に狙われるのは、その協力者である。



 そんな感じで、現在のところは、従者のジュディスさんだけが仲間のようで、このままの調子では、恐らく第一条件をクリアできずに彼女のチャレンジは終了する――という見解が大勢だ。


 もちろん、そうではない可能性も確かに存在するし、その前に過激派が暴走しないとも限らない。

 だからといって、アルの《転移》や私の能力で外界に連れ出しても、彼女以外のグレモリー家やその傍系にターゲットが移るだけだ。

 さらに、グレモリー家や関係者も含めて連れ出したとしても、恐らく他の誰かがターゲットにされるだけで、根本的な解決にはならない。


 とにかく、初代魔王が死んでから二千年以上だったか、それだけの期間何の進展もなかったのなら、グレモリー家の血統に秘密があるとは考えにくい――というか、私たちはそんなものは無いことを知っている。

 それを教えても、誰も信じないと思うけれど。


 結局のところ、過激派の人たちが欲しがっているのは、ルナさんとかグレモリー家の血とかではなく、「希望」なのだ。

 ルナさんがいなくなればグレモリー家、グレモリー家もなくなれば他の何かに希望を求めるのは当然の流れで、そこに理屈など無いのだ。



 グレモリー家周辺だけの問題解決でも構わない――と、アルやルナさんが言えば、そうする。

 楽だし。

 ほかにも仕事はあるけれど――いや、あるからこそ、ひとつでも片付くのは有り難い。


 しかし、ルナさんが選抜にエントリーした理由が、「魔界を良くしたい」というものなので、その可能性は低いだろう。


 なので、当面は彼女の意志を尊重しつつ、私たち――というか、アイリスが、彼女が真っ当なレベルで選抜を受けられるように支援する。

 必要があれば、私が不当な妨害を妨害してもいい。


 ……そのくらいはいいよね?

 彼女たちの意志を踏み躙らないように気をつければ。



 しかし、彼女が自力で選抜を勝ち抜くなら、最後まで付き合うほかない。

 そうすると、ルナさんにも残ったグレモリー家に対して風当たりが強くなるだろう。


 根本的解決は難しいかもしれないけれど、本気で支援するなら、過激派をどうにかすることを考えなくてはならないかも?


 とはいえ、過激派を含む「人間界侵略派」は、魔界の大勢を占めている。

 どこからが過激派なのかの線引きは不明だし、皆殺しにして終わりにしようとすると、最悪の場合は魔界が終わる可能性もある。

 どうしたものかね。



 なお、グレモリー家をはじめとする、人間との共存を目指す――いわゆる「穏健派」はごく少数でしかない。

 それこそが、グレモリー家が初代魔王の血を引いているといわれながらも、権力の中枢にいない理由だそうだ。

 もっとも、本人たちは権力に固執していないようだけれど。




 とまあ、いろいろと面倒な条件が付いているので、作戦が長丁場になるのは覚悟しなければならない。


 もちろん、私はどんな環境でも適応できるので、どうにでもなると思う。


 問題は、アイリスがどこまで適応できるかだ。

 私を経由すれば、いつでも湯の川に戻れるといっても、彼女には私のように分体が創れるわけでもないので、本当に「いつでも」というわけにはいかない。



 衣食住のうち、衣服に関してはさきの説明のとおり。

 さらに、町中での魔法の使用は、環境の悪化や治安の観点から原則禁止。

 異世界で魔界のくせに、ファンタジー要素抜きで対処しなければならないのだ。

 最悪の場合は、私が絆創膏で生活することになる。


 さすがに朔もそれは嫌みたいだけれど、だからといって代替案も無い。

 アイリスが暖を取れるような何かを用意するのがいいだろうか。


 一応、石材や鉄などの鉱石資源は豊富らしく、それらで造られた建物は堅牢で、石炭ストーブ的な暖房器具も広く普及しているので、屋内にいる分には寒さは凌げると思う。

 もちろん、呼吸を卒業していないアイリスは、一酸化炭素に注意が必要だけれど。



 衣服に関してはそんなところだけれど、一番の問題は食にある。


 魔界での上流階級層の食事が、人間界の平民レベル。

 平民層ともなれば人間界のスラム以下で、食べられるものは何でも食べる。

 むしろ、腐っていても毒があっても、それで即死しないなら、「そのうち耐性がつくさ」と食べる。


 それでもなお、慢性的な食糧不足が続いている。


 一応、一部では農業も行われているけれど、耕作に適した土地が少なく――適していた場所は、熾烈な争奪戦の末に瘴気で汚染されてしまったというケースも多い。

 莫迦なのかな?


 それでも、いまだに食料を求めて、悪魔族同士で争いが起こっていて、環境が悪化していく。

 それが分かっていても、未来の食糧事情よりも現在が逼迫(ひっぱく)しているので、他に選択肢が無い――という悪循環が続いている。

 単純に、身体が闘争を求めているだけの人も多いみたいだけれど。



 近年、アルが持ち込んだ環境に強い作物などによって、環境は改善されつつあるものの、実を結ぶのはまだまだ先の話だそうだ。


 そんな事情があるからこそ、食事以外でも生命力や魔力を補う方法――サキュバス族の「吸精」のような能力を持つ種族が生まれたのかもしれない。



 そんな理由から、魔界の人たちの前で、私のご飯を出すことは極力控えた方がいいとアルに釘を刺されている。




 しばらくそんな話をしていたところ、いつの間にか姿を消していたイザベラさんに、「食事の準備ができましたよ」と言われて食堂に案内された。


 アルが蒼い顔をしていたのが気になったけれど、とりあえず、どの程度のものなのかを確認するため、後に続いた。



 案内された先の、食堂のテーブルの上には、見慣れた野菜の丸焼き、見慣れない食材の丸焼き、見たくもない何かの丸焼きがずらりと並べられていた。

 私はバケツを被っているので気づかれないと思うけれど、明らかにアルとアイリスの顔色が悪い。



「皆さんにとっては粗食――それ以下のものかもしれませんが、こちらが今の当家でお出しできる最高級の料理です。よろしければご賞味ください」


 恐らく、当主であるイザベラさん自らが作ってくれたのだろう。

 調理の過程で飛び散ったであろう何かが身体に付着しているし。

 こちらも直視できない。


「イザベラは、料理が趣味でして――まあ、外界に比べれば大したものではないかもしれませんが。おお! 今日は香辛料も使っているようです! これは楽しみだ!」


「母様、こんなに奮発してしまって――その、大丈夫なのですか?」


「アルフォンス君の支援のおかげで、このまま順調にいけば、数年後には借金も完済できるはず――。あら、おほほ。こちらの話ですので気にしないでくださいな」


「ははは。お恥ずかしい話ですが、今の我が家には多額の借金がありまして――。ですが、アルフォンス君のおかげで順調に返済できていますので、イザベラの言うように、3年後には。皆さんは、どうかお気にされずに食事を楽しんでいただければと」


「父様、母様も――来年どころか、そんな先の話をしていては、鬼に笑われますよ?」


「「「あっはっはっ!」」」


 悪魔族が鬼に笑われる。

 魔界で定番のジョークとか、そういうものだったのだろうか。

 あまり面白くない。


 しかし、今の私たちには、そんなことを気にしている余裕は全く無い。



 パンらしき物とか、ジャガイモとかトウモロコシとか、そういった物の丸焼きは分かる。

 しかし、お茶碗に盛られた大量の小さな虫――直視できたものではないので種類は分からないけれど、Gの子供っぽい虫の丸焼き山盛りは分かりたくない。


 他にも、ウネウネ動いて新鮮さをアピールしている何かの幼虫だとか、百舌鳥(モズ)速贄(はやにえ)彷彿(ほうふつ)とさせるカエルの串焼き。


 極めつけは、テーブル中央の大皿に盛られた、子供サイズだけれど、頭部が異様に大きい、人型の塩釜焼き。

 ニュース番組での再現映像に登場する人形を彷彿とさせる、極めて不穏な造形である。


 料理というより猟奇。



 アイリスが蒼い顔で私を見てくるけれど、私にはどうすることもできない。

 精々が「美味しくな〜れ」とお(まじな)いをかける程度……やっぱり無理だ!



「あら、これが気になるのかしら」


 私たちの――主にアイリスの視線の先にあるそれを確認したイザベラさんが、とても良い笑顔で金槌を手に持って、止める間もなく振り下ろした。


 ゴスッと鈍い音がして、塩の殻の一部が砕けて剥がれ落ちる。

 そこから虚空を見詰める白濁した眼球がチラ見えした。


 どう見ても食事ではなく、ショッキングな事件です。



 ローストビーフとかを塩釜で作るというのは聞いたことがあるけれど、人型の丸焼きでロゼとか言われても困る。

 どちらかというと、グロになると思う。

 全然上手くないし、美味くもない。


 しかし、そんな心配を余所に、塩の塊から発掘されたのは、緑色の人――どう見てもゴブリンです。

 子供じゃなかったからセーフ! とはいかない。

 どちらにしてもアウトだよ!



「あの、少しお手洗いに……」


 気分が悪くなったのか、アイリスが逃げるように食堂から出て行った。


 あ、私も追いかければよかった。


「あらあら、長旅で疲れて――《転移》酔いかしら? そういえば、リリスも最初は酷かったわよねえ。あの丈夫な子が、帰ってくるたびに食事が喉を通らなくなるくらいに弱るんですから、アイリスさんもそうなっても無理はありませんね」


「はっはっはっ。もしかすると、外界の美味い食事に慣れてしまうと、魔界のは食べられなくなる――だったりしてな」


「ははは、まさか。母様の料理はいつもとても美味しいですし――ねえ、アルフォンス義兄さん?」


 みんな笑ってはいるものの、その目は獲物を狙う獣のようにぎらついている。

 一体何が起こっているの?


「ははは……」


 アルが追い詰められているけれど、恐らく家族の問題なので、私にはどうすることもできない。




「きゃーーーーーーーーー!」


 アルが乾いた笑いを発していたところに、遠くから絹を裂くような悲鳴が聞こえた。

 間違いなくアイリスの声だ。


 何があったのかは分からないけれど、アイリスがあんな悲鳴を上げるのはただごとではない。


 トイレに行くと言っていた彼女のプライバシーというか、尊厳を侵害することになるけれど、そんなことに構っている場合ではないかもしれないので、領域を広域に展開する。

 そうすると当然のように翼が出てしまい、それがブラジャーの紐と干渉して――ポロリこそしなかったものの、ズレて大変な状態になったけれど、それにも構っている場合ではない。



 アイリスは、彼女の宣言どおり、トイレ――らしき場所にいた。


 よほど衝撃を受けたのか、腰を抜かしてトイレらしき穴の前でへたり込んでいる。

 しかし、パンツを脱いでいたとか、粗相をした様子もないので、結果的に彼女の尊厳は守られていた。


 結局、そこにはアイリスの身の安全を脅かすものが存在しているようには見えず、緊急性は特になかった――と一瞬は思ったけれど、それは確かに存在していた。



 便器が、建物の建築技術からは考えられないほど原始的な――素材は陶器で、なぜか和式ではあるものの、それ自体には特に問題になるところは無い。


 しかし、その穴から、緑色の枯れ枝のように細い手がニョッキリと伸びていて、何かを求めてワキワキしていたりすれば、誰だってビビる。

 うっかり覗き込んだりすれば、その奥にいるゴブリンと目が合ったりして、更にビビるだろう。


 何より、自宅の地下で、トイレの下でゴブリンの群れを飼っている思考回路にビビる。




 後で聞いたところ、このゴブリンの養殖は、アルの発案だそうだ。


「前から不思議だったんだよ。ゴブリンって、繁殖力の高さって特性があるにしても、あの程度の能力の生物が、魔界みたいな超ハードな世界でも、絶滅せずに生き残ってる。瘴気には耐性があるみたいだけど、強さ的には雑魚オブ雑魚――そんな奴らが、余所から雌を(さら)ってきて繁殖とか無理がありすぎるだろ。それで、魔界にいる間にちょっと調べてみることにしたんだけど、いろいろと衝撃的なことが明らかになってな。食性についてはかなりの悪食で、基本的には動物の肉を好むけど、悪魔族の人たち以上に、食えるものなら何でも食う。食うものがなければ、ほかの動物の排泄物でも食う――まあ、さっきアイリス様が見たのは、ブタ便所ならぬゴブリン便所だ。ゴブリンのいる地下室に繋がってて、充分な高さは確保してるはずなんだけど、たまに仲間を踏み台にして『こんにちは』することがあるんだ。まあ、そういうときは、横に置いてある棒で殴って落とすんだけど、説明が遅れたみたいで申し訳ない。で、次に繁殖能力なんだけど、知ってのとおり、ゴブリンにも雌はいるけどその割合はかなり少ない。基本的に、雌や雌の代わりになる生物がいれば、無理矢理に交配して繁殖するんだけど、これが不可能になったときには単為生殖っぽい形態に切り替わるみたいなんだ。俺も専門じゃないから詳しいことは分からないんだけど、群れから逸れた1匹のゴブリンの様子を観察してたらさ、そいつが死ぬ寸前に地面に穴掘って、地面なのにエアー交尾しだして、そのまま昇天したんだけど、三日くらいしたら、そこからゴブリンが鈴生りに生まれたんだ。何言ってるのか分からないと思うけど、追い込まれると植物みたいな感じ? マジ母なる大地? な感じでゴブリンって増えるみたいで――ってか、マジ植物? ウ〇コ食うし、緑色だし、光合成してるかもしれんね。とまあ、極限状態だと雄だけでも雌だけでも個体数を増やせるみたいなんだ。で、魔界にはゴブリンでも食う習慣があったから、『だったら養殖すればいいんじゃね?』ってなって。で、実際に冗談半分で試してみたら、何というか上手く行きすぎてな――そんなつもりじゃなかったんだ。ただの思いつきだったんだ。それが何かナイスアイデアって俺の手を離れて――でも、最小限の手間で新鮮な肉――いや、野菜が手に入るし、野生のみたいに悪い虫もつかないし、見た目はあれだけど、それさえ目を瞑れば、魔界の食糧事情を大きく変えられるかもしれないんだ。ひいては悪魔族と人族との関係にも変化があるかもしれない! そうだ、結果だ! 結果さえ出せばいいんだ! 詳しい理屈は分かんないままだけど、ファンタジー世界とか、システムの闇だって、無理矢理納得してたんだけど、今になって思えば、湯の川ってもっと酷いじゃん? それに比べりゃ、この程度の闇なんて可愛いもんじゃないか!」


 などと、一気に(まく)し立てられたけれど、長い。



 何を言っているのかほとんど理解できなかったけれど、何かを――恐らくアル自身の闇を誤魔化そうとしていることはよく分かった。


 湯の川の切り分けされた肉や魚が生る畑など――他にも多くのことが異常なのは理解しているものの、それとゴブリンの養殖を同列に語られるのは心外だ。

 もちろん、それの善悪を問うつもりはない。

 人間が家畜を飼育したり、吸血鬼が人間を飼育するのも同様のことだ。


 生存競争とか生存戦略の一環であるそれらを否定するのは、生そのものの否定に繋がりかねないから。



 しかし、トイレを覗き込んだら何かがいるとか、トイレから手が飛び出すなんてイベントは、ホラー映画の中だけで充分だ。


 それでも、この時は、トイレに行く必要の無い私が被害を受けることはないと思っていた。



 しかし、そうではないアイリスが、深い心の傷を負ってしまった。

 精神的にはそれほどでもないのだけれど、本人がそういうのだからそうなのだろう。


 とにかく、それを癒すためにと、アイリスにはこれ以降、お風呂などでいつも以上にスキンシップが激しくなって、私も間接的な被害者となった。


 しかし、お風呂はのんびりゆったり入りたい派なのだけれど、それでアイリスの気が晴れるのなら致し方ないとも思う。



 とにかく、こうして私とアイリスの魔界生活が、波乱の幕開けを迎えた。


 しかし、こんなものは序の口にすぎないことを、この時の私たちは想像もしていなかった。

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