46 アイラの行方
その夜に使用人は全て捕縛。第2皇子の別館の一室に集められた後に一人一人、事情聴取をする。しかし多くの者はカイルの存在すら知らなかった。噂はあったが、『本当に牢屋に皇族が入れられていたとは・・』と一様に驚いた者が多かった。
その中で、カイルの存在を知っていて関わりの深い者は、詮議の結果が出るまで牢屋に入れられる事になった。
料理長、ダリオ以外の2人下男、いつも不機嫌な侍女、ポールの侍従、執事、エルザの侍女数人、そしてアイラもその中に入っていた。
翌朝、彼らは牢屋の建物に連れて来られて、一人ずつ牢屋を割り振りされ、入れられていく。
その時、誰かが奥のカイルがいた独房に入らなければならなくなった。
皆、その部屋だけは嫌がり、必死で抵抗するので押し付け合いになる。
この部屋に食事を持ってきていた無愛想な侍女は、以前にスライムに襲われた経験(実際にはおもちゃのスライムだったけど)があるので大声で奇声をあげて嫌がった。
そして、罪をアイラに押し付けて難を逃れようとした。
「このアイラはとてもカイル様に冷たく当たっていたわ。あの独房に入るのはアイラが妥当なのよ」
女の嘘に、皇居の騎士達はまだ詮議を終えていないために誰が罪深いのかが分からず、その侍女の言葉を信じてアイラを独房に入れてしまった。
アイラは顔は平常心を心掛けたが、この結果に喜んで独房に一人で入った。
もちろん、壁はすぐに開いて蘭の部屋と繋がった。
アイラは階段を下り、静かな1階リビングに入っていく。
いつもなら、この時間はみんなが学校に行く準備で大騒ぎをしていて、とても賑やかな時間帯なのに、静まり返っていた。
怖くなったアイラはそーっとドアを開ける。
するとドアの前に目を真っ赤にした葵がネクタイを締めていた。
人の気配に気が付いた葵がドア方向に顔を向ける。
葵は締めかけの手が止まったままで動かない。目がゆっくりと大きく見開かれていく。
アイラの方が動いて、葵の胸に飛び込んだ。
もう放さないように葵も力いっぱい抱き締めた。
「もう会えないかと思った。よく無事で帰ってきてくれた」
「私ももう二度と葵さんには会えないと諦めていました」
二人は抱き合ったまま顔を近づけてキスを交わす。
「「・・・・あのぉ~・・」」
食パンを齧っていた蘭とコーヒーを飲んでいた百合がいたたまれなくなって声をかける。
二人の世界に入りきっていた葵とアイラは飛び上がってお互いに離れた。
「お母さんは息子の成長を嬉しく思いますし、せっかくの再会の喜びに水を差したくはなかったんですが、気恥ずかしい気持ちが勝ちまして盛り上がっている最中に声をかけて誠に申し訳ありません」
百合がとんでもないものを見せられ、焦りで言い方が可笑しくなってしまう。
皆が落ち着きを取り戻し、アイラから状況を聞いた。
アイラも別館で捕まっていた為に詳しくは解らなかったが、ポールが宮殿の一室で軟禁されて、エルザは牢屋に入れられたようだ。
「エルザって女が牢屋に入れられたのは本当に嬉しいね」
葵は気分は上々だった。
カイルの様子が詳しく分からないのが残念だが、現在はまだこの第2皇子の屋敷にいるようなので歩けるようになれば、壁を乗り越え来てくれるだろうと考えていたのだった。
しかし、実際にはそううまくいかなかったのだ。
カイルが歩けるようになると、陛下が念の為にと付けた警護の騎士が、どこに行くにも大勢で付いてくる。少しの外出も許されなかった。
ここまで多いと、警護ではなく監視されている様な気さえしてくる。
食事は食べれるが、寂しい事にカイルは一人での食事だった。
それに、ロペスとその妹リロはエルザの実家に引き取られていて、会うことも出来なかった。
カイルの危険をロペスが助けてくれたと知らされてから、ずっとお礼を言いたいと思っていたのだが、それも叶わない。
体調がすっかり良くなったので、久しぶりに庭園に出る許可を医者にもらう事ができた。
それに合わせて陛下の第1側近のリジュールがリリオ先生と一緒に会いに来た。
「今日はカイル様。お加減はいかがですか?」
リジュールがいつも通りの張り付けた笑顔で聞いてきた。
「もう、すっかり元気です。ところで、兄弟一緒にお会いするのは始めてですね」
カイルは久しぶりにリリオに会えた事が嬉しかった。
「そうですね。兄は滅多な事ではこの屋敷に来ませんのでね。でも、なんとしてもカイル様に直にお会いしたくて兄に無理を言って連れて来てもらったんです。顔を見て安心しました。カイル様が元気になられたなら、早く学校に戻って頂きたいです。それと、元気になられた事を知らせたい方々がいらっしゃるだろうとここに来たのですが・・・残念ながら現在は行き来ができなくて」
『カイルが元気になった事を知らせたい所』
カイルも一番に知らせたいのだが、今日まで庭にすら出させてもらえず、それが出来なかった。
今日こそは行くぞとおもっていたのに、リリオ先生が行けないと言う意味がわからなかった。
『?』顔からクエスチョンマークが出ていたのだろう、すぐにリリオ先生が説明してくれた。
「今牢屋には沢山の人が入っています」
カイルはなぜ沢山の人が入っているのか分からない。
「そんなに沢山の泥棒か何かでたの?」
リジュールがリリオとカイルの牢屋の話を不思議に思いつつ、説明する。
「いえいえ、カイル様に対して非道な行いをしていた者に荷担していたかどうか疑わしい者を入れているのです。それで、カイル様がお元気になられてから、直にその件を尋ねたいと思い今日はお伺いさせていただいた次第です」
リジュールはカイルに負担にならないように今回の件で下男とエルザの詳しい処分について話していなかった。
なので、今までにカイルに対して行ってきた行為について、屋敷全体の人々が罪に問われている事も知らなかった。
「エルザの指示が有ったとは言え、カイル様に対しての長きに渡る非道な行いは許されるものではありません。なので、屋敷の使用人は一人残らずこの屋敷から出る事なく、罪の軽い者はそのまま働いていますが、罪が重いと判断したものは現在牢屋にて取り調べをおこなっています」
リジュールはちろっと隣のリリオ先生を見る。
「あれ? もしかしてリリオ先生も疑われているの?」
「ははは、この事を長年家庭教師をしていて兄に伝えなかったから、疑われてるんだよ」
ぽりぽりと面目無さそうに頭を掻いているリリオ先生をリジュールが、『全くしょうがない奴だ』という目で見ている。
「リリオ先生、本人を前に聞くのも失礼なのですが、リジュールさんて信用出きる方なのでしょうか?」
「あーあの事を言うつもりなのかい? どうだろうね・・・弟としては信用したいのだが、『長いものには巻かれろ』的な事もあるから一概には言えないな~」
二人の訳の分からない話にリジュールがイライラする。
「何の話だ!」
リリオに声を荒げる。
「ほら、すぐに怒る所とか、こんな所も昔から好きじゃないんです」
リリオが揶揄う。
「とにかく、カイル様にはあと3人の処分が決まっていないので、カイル様に決めて頂きたいのです」
リジュールが差し出した紙には沢山の名前が書かれていて、大きく赤丸が付けられた人が、まだ処分が決まっていない人のようだった。その中にアイラの名前があって、カイルが驚く。
「このアイラって人がなんで牢屋に入れられているのですか? 彼女には助けてもらっていたのに・・・?」
「やはり、そうでしたか。リリオからも彼女は今回の件とは関係がないと聞いていたんですが、ある侍女がアイラさんも率先してカイル様に非道な行いをしていたと言いまして、それで牢屋にいれたのですが・・・その日から行方不明になって審議が止まっているのです」
牢屋に入れたのに、そこからアイラが忽然と消えてしまい、皇族方の怒りによって消されたのではと、いろんな憶測が流れているのだ。
「忽然と消えた・・・もしかして、アイラさんが入れられたのは奥の部屋ですか?」
カイルが期待して聞いた。奥の部屋ならばアイラがどこに消えたのか分かる。一番安全な場所だ。
「そうです。カイル様が閉じ込められていた独房です」
リジュールは何故分かったのかと不思議そうにしている。
「そうか・・・よ」
『良かった』と言いかけたカイルはそのさきの言葉を止める。
もう一度リジュールにはっきりと告げる。
「アイラ・クルスは私を何度も助けてくれた恩人である。彼女の名誉の為にもこの事実を公表して欲しい」
「分かりました。それではその彼女を貶めようとした侍女には更なる罰を追加します。・・・しかし困った事になった」
リジュールが頭を抱えて唸った。
「どうしたのですか?」
アイラがいなくなってしまった事に悩んでいるのだろうか?
「実はカイル様や、リリオに尋ねる前にいなくなったアイラさんを探しに行った部下が、アイラさんの母親の所に逃げ帰ったのではと訪ねてしまったのだよ。そうしたら、犯罪者の娘を持った事はないと出生証明書と離縁状、その他諸々の書類を一式渡されて、現在アイラさんはどこの家族にも属さない人になり、孤児扱いだ」
リジュールは部下のせいで、一人の女性の居場所と人生を奪ってしまった事に、焦りと申し訳なさを感じていた。しかも、その女性は無実なのに行方不明だ。飛んでもない失態にリジュールはすっかりうちひしがれていた。
ここはカイルに助けてもらうしかないとカイルに頭を下げた。
「カイル様の命の恩人ならば、彼女の母親に一筆書いてもらえれば、納得してアイラさんを元の家族として受け入れてもらえると思うのですが・・・」
だが、カイルはリジュールの提案を一蹴した。
「話も聞かず長い間家族の為に働いていたアイラさんを捨てるような家族など、こちらから願い下げだ」
「そうです。カイル様これはチャンスです。彼女に関する書類をこちらが持っているという事は、葵さんと親の承諾なく結婚出来るという事です。もし、アイラさんの了承を得られれば、我がディサ家に養子に迎えてそこから嫁がす事も出来ます」
リリオが良い考えだとばかりに立ち上がる。
カイルもその意見に賛成だ。
「そうか、リリオ先生はやっぱり素晴らしい。これで何の障害もなく、葵と結婚出来るんだね?」
「そうです。これで百合さんもこの世界のお金を稼いで結納金を作らなくても良くなったんです」
二人は大はしゃぎでハイタッチをしている。
リジュールだけが訳も解らず、二人のハイタッチに座ったまま固まっていた。
この嬉しい報告を今すぐにでも伝えに行こうと、二人は入り口に向かう。
ここで呆けていたリジュールが慌ててドアの前に立ち、二人の行く手を塞ぐ。
「カイル様は庭園以外に出る事を許されておりません。お出掛けになりたい場所があるならば、まずはお医者様の許可を頂いてからして下さい」
「ごめんねカイル様。頭のカチコチ固い兄で」
リリオが嫌味ったらしく、大袈裟に肩をすぼめる。
そんなリリオを無視するようにカイルを部屋のソファーに誘導する。
「カイル様にまだ判断して頂いてない人がいます。その他あと2名についてはどうですか?」
勝手にそとに出て、また倒れられては行けないとカイルを席に戻して尋ねた。
リジュールに促されて見た名前は、スライム騒ぎの時に侍女と一緒に部屋を見に来た男二人だった。
「二人とも私の部屋に魔獣のスライムが出たかもしれないと見に来たのが一度ありましたが、それだけです」
「そうですか、分かりました。その意見を踏まえた上で刑罰を決めます」
カイルが名前が書かれている用紙を見ていると、獄中死と書かれた名前があり瞠目した。
ダリオだった。
ダリオはエルザに言われると楽しそうに自分を殴り付けたり水を掛けたりした嫌な奴だったが、死んでしまった事にはやはり、心が痛んだ
「カイル様、彼には嗜虐性が高く、多くの罪を犯しています。カイル様が気に病む人物ではありませんよ」
リリオ先生はカイルの目先の位置を読み取って、慰めてくれた。