45 突然の別れ
晩餐会が始まり、陛下の口から次期皇太子の名前が第1皇子アダン・デ・アルフォンと告げられ、盛大な拍手と共にアダンが立ち上がり、満足そうに手を振っていた。
第3皇子が歯軋りをしながら、その様子を見ていた。第2皇子のポールは、不機嫌な妻と一緒に家に帰ると言う勝手な行動をとっていた。
妻に引きずられて帰る様子は情けないを通り越し、哀れな物があった。
皇太子となったアダンは晩餐会の順序を無視して、自分がどれ程に優秀なのかを熱く語りだし、乾杯のグラスが温くなってもまだ話し続けっていた。
陛下はうんざりした様子で椅子に腰かけて、頭は全く他の事を考えていた。
迎えにやらせたロラン団長の報告と、着替え等を申し付けた侍女の話しを総合し照らし合わせていたのだ。
ロラン団長の話では、カイルが屋敷に住んでおらず、他の建物に住んでいるようなのだ。だが皇族が住むべき適切な建物がなく、もしかすると使用人の建物に住まわされている可能性があると報告してきたのだ。
次に侍女の話しでは、カイルはこれまで侍女などに仕えてもらった経験がなく、一人でなんでもされていたのではと言ってきた。さらに、その侍女が「御髪をセットする時に、首に痣があり、魔法を使う奴隷の魔法無効化のチョーカーを付けられた時の痣に似ている」と報告を受けたばかりだったのだ。
(カイルは長年虐待をうけていたのか? しかし、一度もそんな事をカイルは言わなかった・・・言えなかったのか?)
『虐待』の言葉が考察に上がった途端、激しい胸騒ぎが陛下を襲う。
その時、第1側近のリジュールが陛下の側に立ち、耳打ちする。
「ご歓談のところ申し訳ございません。第2皇子のご令息のロペス様が至急陛下に申し上げたき事があるそうで、控えの間までご移動願いますか?」
すましたリジュールの顔がこわばっている。
「カイルの事か?」
「そのようです」
リジュールの言葉を最後まで聞かず陛下が立ち上げる。
そして、気持ち良さそうに自慢話を繰り返しているアダンの話しを遮って「私は急用の為辞すが、最後まで楽しんでくれ」言うなり、さっさと退席した。
陛下が控えの間に入ると、青い顔のロペスが席を立つ。
「陛下におかれましては・・」
「よい、その方の用件を申せ」
ロペスは陛下と二人で話す機会はこれが初めてで、舞い上がりかけたが陛下の気迫に早口で話しだした。
「カイルは我が母に殺されてしまいます。止められるのは陛下だけです。どうぞ、助けてください」
泣き出さんばかりのロペスの様子に差し迫っている事が伝わる。
陛下はロペスに「ついて参れ」と
言うとマントを翻してリジュールを呼んだ。
「私は今から、ポールの屋敷に向かう。先行してロランを連れていくが、おまえは第1、第2騎士団を連れてこい」
「承知いたしました」
陛下の体から怒りが形となって現れた。憤怒の蒸気が立ち上った。
宮殿からの帰り道、カイルはエルザの怒りの捌け口にされていた。
エルザの隣に座るポールは、窓の外を見てエルザの怒りが自分に向かないように静かにしているだけだった。
馬車が屋敷に付くと、カイルは下男のダリルに引きずり下ろされた。
数人の男に押さえつけられたカイルは、首輪を付けられる。
「なんて顔なの。今まで育ててやった恩を忘れて睨んでいるわ」
カイルはいつもの嫌みに、何も言わなかった。
それがエルザの嗜虐精神に火を着けたのかいやらしく笑う。
「ダリル、今日はお前が殴った分だけコインをあげるわ」
ダリルの足元にエルザがコインを一枚投げた。
ダリルの善悪のない顔が無邪気な喜び一杯の顔に変わる。
「そんな事なら、いくらでもやります」
腕を他の男に捕らえられているカイルは反撃も出来ない。
無防備な腹にダリルが殴る。
「カハッ」
カイルはあまりの痛みに体をよじるが、すぐに顔も殴られた。
(こんな奴らなんて、いつもの様に、このまま少し我慢したらまた春木の家に戻って和室の布団に潜り込んで寝るんだ。それから・・・)
カイルの頭がくらくらしてくる。
歓喜の声をあげるエルザは、コインをダリルに投げる。
ポールはあまりの陰惨さに、エルザに屋敷の中に入りたいと懇願するが、エルザが許さなかった。
また一枚また一枚と投げられるコイン。その度カイルが倒れ込み、起こされる。
何度目かに倒れたカイルを見て、もう一人の下男が震え出す。そしてボロボロになったカイルを立たせる事が出来なくなった。
本能的にこれ以上は危険だと怖くなったのだ。
「何やってるのよ、早く立たせなさいよ。じゃなきゃ、ダリオが殴れないでしょ」
イライラで大声で叫ぶエルザ。
その大声を聞きながらやってくる人物がいる事に気が付かないエルザは倒れているカイルの腕を靴のまま踏みにじる。
その姿を駆け付けた皇帝陛下が凝視する。
「その汚い足をどけろ!」
エルザは苦痛に歪むカイルを見る事に最高の喜びを感じていたために、誰が誰に声を掛けているのかわかっていなかった。
「捕まえろ」
その号令を合図に、騎士団がエルザの両脇から腕を掴み、カイルから放されたと同時にひき倒された。自慢のドレスが泥だらけになる。
イサベルト陛下は腫れ上がった顔のカイルを震える手で撫でる。
微かに開いた目が驚いているようだが、またすぐに閉じてしまった。
「カイル・・・なんて事だ。こんな事になっていたなんて・・・私は全く知らずにいたことが悔しくてならん・・カイルの部屋に運び、至急医者を呼べ」
ポールに言うが、オドオドしているだけだった。
それもその筈だ。カイルの部屋は屋敷にはないからだ。
横に立っていた執事にも命令するが、彼も動かない。実際には動けないのだが。
ここでイサベルト陛下がロラン団長の言葉を思い出した。
『カイルは屋敷に住んでいない』
騎士の一人に命令する。
「どこでもいいから、屋敷のベッドにカイルを寝かせて、すぐに医者に見せろ」
医者は「打ち身が酷く、起き上がれるようになるまで時間がかかるだろう」と薬を処方し帰っていった。
イサベルト陛下は包帯を巻かれた痛々しいカイルの姿に手を握りしめて後悔した。
エルザの性格ならば、こうなっている事は見当が付いていた筈だった。
後ろで項垂れているポールに、顔を見る事なく尋ねた。
「カイルの部屋はどこにあるんだ?」
またポールは押し黙ったままだ。
「屋敷の者を全て集めろ」
埒が明かないと判断したイサベルト陛下が、玄関ホールに屋敷にいた使用人を並べた。
その中にカイルを殴っていたダリオもいた。
「お前は私の孫を傷つけていた者だったな?」
ダリオは恐ろしさで手が震えてエルザに貰ったコインを落としてしまった。
チャリー・・ン
静まり返った吹き抜けのホールに大理石の床の上に落ちたコインは、きれいな音色を響かせた。
慌てて拾うダリオにイサベルトは優しく声を掛けた。
「そんなにコインが好きならば私がもっとくれてやろう。その代わり、カイルの住んでいる場所を教えてくれないか?」
ダリオが大喜びで「陛下こっちです」と先導し始める。その後ろを陛下がついていく。さらにその後ろをガタガタ震えるポールが歩いていく。
イサベルト陛下はどんどん屋敷から離れていくのを不審に思いながらダリオの後に続く。
そして、ポツンと離れた場所に建てられた不気味な建物にダリオが入っていく。
危険を感じたロラン騎士団長が、ダリオの後ろについてその後をイサベルト陛下が入っていく。
ポールは既に顔色が土色に変わっている。
(ダリオの奴は馬鹿なのか? ここを陛下に言ってしまったら、我々がどうなるのか考えてくれ・・)
ポールの願いも虚しく、ダリオは牢屋の建物の階段を下りていく。
(ここは牢屋ではないのか? まさかここにカイルはずっといたというのか?)
イサベルト陛下の眉間のしわがどんどん深くなる。
ついに一番奥の独房に辿り着いたダリオが告げる。
「イサベルト陛下ここですよ。へへへ、ここがカイルの棲みかです」金貨を貰えると嬉しそうにダリオいがへへへと気味の悪い声で笑う。
信じられない思いで見渡せば、今朝着ていたのだろうか、カイルの服がベッドに置かれていた。
今朝はここに届けられた礼服に着替える為に、カイルはここでパジャマを脱いだのだ。
さらに今朝置かれたままの残飯が、台に置かれたままだった。
陛下はそれを無言で掴みあげて、考えていた。
「これは・・・?」
さすがの陛下もこれがカイルに用意されたご飯だとは考えもしなかったようだ。
カイルがここで何かしらのペットを飼っていたのかとおもったようで、辺りを探す。
ここでダリオがコイン欲しさにポールを地獄に落とす一言を言ってしまった。
「それはカイルの飯ですぜ。へへへこれを食ってたんですよ」
陛下はゆっくりとポールの方に歩みより、残飯が入った器をポールに付き出した。
「ポール。これを今ここで食え」
残飯の入った器を渡されたポールは「父上ご冗談ですよね?」とヘラヘラ笑う。
しかし、目の前に差し出したままイサベルトが動かないので、ポールは器を取り、一口食べた。
途端に匂いと不味さでその場で吐き出した。
「お前は私の血を受け継ぐ者をこのような場所で育てていたのか?・・いつからだ?」
言い逃れを考えていたポールだが、観念し正直に答えた。
「あの子が6歳の時からです」
「そんな時から・・・なんという」
怒りのままイサベルト陛下は、ポールの胸ぐらを掴み締め上げた。
そのまま床に叩き付けた。
「息子を我が城に閉じ込めておけ。沙汰は追って知らせる」
皇族のポールが床に這いつくばったのが面白かったのか、ダリオがへへへへとニヤニヤ笑っている。
イサベルト陛下がロラン団長にダリオの処分を言い渡した。
「我が孫を殴り付けた不遜の腕を切り落とし、牢屋に入れておけ」
「なんだって? お前らが言う通りにしただけだろうが? おい、助けてくれ! コインは? コインをくれよ~」
泣き叫びながら、引きずられてダリオは連れていかれた。
「それから、ここの使用人全てを一旦捕縛し事情聴取をして、報告させろ」
命令した後、イサベルト陛下が暗い牢屋に立ち尽くし、6歳でここに入れられたカイルを想った。
「陛下、ここは冷えます。カイル様の意識が戻られたようなので、お声を掛けに行かれた方がカイル様も安心されます」
ロラン団長の言葉に、イサベルト陛下は頷き、踵を返して牢屋を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この一連の騒ぎを、蘭、葵、百合はずっと見ていた。
蘭が学校の提出物の課題を真面目に机に向かってやっていた。
ここに居たらカイルが帰ってきた時に一番に会えるからだ。
今年はパーティにも行くと聞いていたから、遅くなるだろうと覚悟はしていた。しかし、気になる。
(パーティと言うからには、綺麗な着飾った女の子が、カイルの回りに集まっていたらどうしよう。
可愛い女の子に囲まれてニヤケていたら・・・ムカつく)
蘭が想像の中のカイルに往復ビンタをくらわせていた。
その時牢屋のがちゃと開く音が聞こえた。
壁の方に笑顔で振り向いたが、そこにカイルの姿はなかった。
いつも、カイルに暴力を振るう下男と騎士が大勢と威風堂々とした人がいた。
ただ事ではないと葵と百合を呼びに行った。
3人でその様子を見ていたが、向こうにいる人々は誰も壁の向こうにいる蘭達に気が付いていなかった。
向こうの人たちの会話から、堂々とした人が陛下でカイルのおじい様だと分かった。
そして、カイルが下男のダリルによって大ケガを追わされたこと。そして、治療を受けて命に別状は無いこと。これに春木家は安堵した。
しかし、陛下が使用人全てを捕縛しろと言った時、葵が壁に殴り掛かった。どんなに大声をあげても向こうに行けず、どうにも出来なかった。
「アイラは何も悪くないだろう・・・」悲痛な叫びは陛下に聞こえる筈もなかった。
そして、蘭にも最も辛く悲しい事が起こったのだと理解できた。
それは、陛下にここが見つかったならカイルがここには帰ってこれない事を理解し・・・絶望した。




