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40  ロペス怒る

トレスは、父がカイルと会う事を許可してくれたお陰で気にせず会いに行けるようになった。


ドニエマーロが来てもトレスの侍従がドニエマーロに借用書を書かせるといくらでもお金を渡した。お金を受けとると、ご満悦のドニエマーロはすぐに去っていった。


お陰でトレスは隠れ回る事なく、カイル達と遊んだり、勉強したり時間を有意義に使った。


貴族校と一般校と校舎は違うが、4人は仲良く遊んでいた。


しかし、カイルと一般寮との友情にひびが入る事件が起こった。


図書館でカイルがフィオとサハラと3人で席に座ってトレスを待っていた。

そこに伯爵の息子と言う男子生徒がいちゃもんを付けてきた。


「おい、そこは昨日俺が座っていた席だ。伯爵の椅子だ。どけ」

高圧的な態度にサハラが言い返す。

「ここは身分の関係なく使える図書館だ。しかも昨日使ったからと言ってお前の椅子になる訳がないだろう」


伯爵の息子は言い返された事に腹が立ち、益々高圧的になる。

「俺に逆らったらこの国から追い出す事も出来るんだぞ。お前を罰することも出来るんだ」


この言葉にカイルが怒る。

「君に逆らうだけで、何の権利で国外追放に出来るのか聞きたいな」

カイルの冷静な言葉で、伯爵の息子はイライラが最高潮になる。


カイルを指差し、大声で吠えた。

「お父様に言ったら、牢屋行きだ」

この『牢屋行き』に最も強く反応したのが、通り掛かったロペスだった。

「お前、カイル様に何て言った? お前ごときが誰の許しを得て、カイル様に偉そうな口をきいているんだ?」


ビックリしたのは伯爵の息子だ。

庶民に喧嘩を吹っ掛けていたのに、陛下の孫が怒っているのだ。


「ひーっ。ロペス様が何で? 私はこいつらに言ってただけで・・」

カイルをしっかり指差し、ロペスには言っていないと言いたかったのだが、この行為でさらにロペスが憤怒する。


伯爵の手をピシッとたたき落とした。

「カイル様に指を差すな」


「ロペス様、なんで? こいつは?」

伯爵の息子の質問に大きな声でロペスが答えた。


「カイル様はポール第2皇子の息子で私とは異母兄弟だ。さらに、私の命の恩人でもあらせられる」


図書館中がシーンと静まり返る。


フィオもサハラも呆然とカイルを見ている。


伯爵の息子は腰を抜かして驚いていた。

「え?・・・だって・・一般寮にいるし・・」

皇族に指を指して『こいつ』呼ばわりしては、カイルが言えば、彼自身が牢屋に入れられるだろう。

謝りもせずに四つ這いで逃げていった。


「カイル様、あの者の処分をいかが致しましょう?」

ロペスがまだ怒りが収まらないのか鼻息荒く、追撃の用意は万端のようだった。

しかし、カイルにはそんな気は更々なかった。


「彼がこれに懲りてくれたらそれでいいよ」

カイルは穏便にすませたかった。


それに何より、今はそれどころではなかった。振り返って友達を見るのが怖かった。


カイルは勇気を振り絞ってフィオとサハラの方を見た。

二人に笑顔はなかった。


「何で黙ってたんだ?」

フィオの言葉にカイルが言葉を探すが、何から説明をすれば良いのか分からず黙ってしまった。


「陛下の孫が貧乏貴族ごっこかよ!」

フィオが筆記用具を引っ付かんで、さっさと図書館から走り出していった。サハラは、何かカイルに言い掛けたが、悔しそうな顔をしてそのままフィオの後を追った。


立ち尽くすカイルにロペスがおろおろしている。

「すみません、カイル様。私の言った事でご友人との絆を壊してしまいました」


カイルは大きく頭を振る。

「違うよ。ロペスのせいじゃないよ。ずっと本当の事を言わなかった僕が悪いんだから」


カイルが傍観している人を突っ切る形で図書館を出ようとした時、トレスが入ってきた。


「カイル、どうしたの?」

青い顔のカイルに驚く。


カイルは苦しそうな顔に弱々しい笑顔を作る。

「ごめんね。今日の図書館での勉強は無くなったんだ。今度はいつあるか・・・兎に角、今日はごめん」


去っていくカイルを、トレスは見送る事しか出来なかった。

あんなに悲しそうな顔を見た事がなかったから、引き留めようもなかった。


トレスが呆然としていると、肩をロペスが申し訳なさそうに叩く。


トレスはポール皇子の息子のロペスには良い感情を持っていなかった。だが今のロペスのしゅんとしょげた顔は嫌みさがまるでなく、幼いころの会った高圧的な態度は感じられなかった。


「あの、カイル様の事でお話したいのですが、良いですか?」

ロペスは気まずそうな感じで、回りの雰囲気を気にしながら話す。


「私も聞きたいので、是非お願いしたいです。ところで貴方はポール殿下のご令息のロペス様ですよね?」

以前のロペスとは違い過ぎるので、もう一度確かめた。

しかも以前のロペスなら、皇族の彼がトレスに敬語を使う筈がなかった。


「はい、そうです。私はロペスです。えっとここでは話し辛いので、こちらに来ていただけますか?」

ロペスの言うままにトレスは図書館の空いている自習室に入った。


そこで、伯爵の息子の出てきたところから、ロペスがカイルの友人2人の前でカイルが皇族だとばらしてしまい、それを知らなかった二人が怒って出ていった事を話した。


ロペスが自分の言葉でカイル達の友達関係を壊してしまったことを後悔している事はわかった。


しかし、かつてあれほどまでに傲慢だったロペスの変わりように驚いていたトレスは、それも聞いてみた。

「ロペス様はいつからカイルの事を『カイル様』と読んでいるのですか?」


「私は、自分の行いで大きな過ちを犯したのですが、カイル様は許して下さいました。そこから恩返しになればと異母兄弟ではありますが、お仕えしようと思っております」


ロペスの気持ちは本物だと思える顔だった。

そして、トレスがずっと知りたかったことをロペスに聞いてみた。


「カイルは皇族だとは思えない程、気さくで庶民的なんです。カイルは本当にポール殿下の元で育ったのでしょうか?」


「・・・父の元では育っていません。と言うか・・・我が屋敷の者は誰もカイル様をお育てしていません。恥ずかしながら、我が父は・・・すみません。我が父親ながら口にするのも不甲斐ない事で・・これ以上私の口からお話出来ません。ごめんなさい」


手を震わせながらロペスが謝る姿に、トレスはそれ以上聞けなかった。

「いつの日かカイルが話してくれる日を待ちます。色々と話して頂きありがとうございました」


頭を下げるトレスに、今度はロペスが目を見開いた。

「貴方がサーガイル公爵のご令息という事で、少し誤解をしていたかも知れません。これからはカイル様の事もあるので、どうぞよろしくお願いします」

ロペスが頭を下げる。


互いにお辞儀をして、顔をあげると微笑んだ。

アダン皇子関係が間にあって、二人はお互いに敵視していたが、カイルを間に挟むと良い友人になりそうな気がした。





図書館から出たカイルは、一般寮に帰るのも気が重く、そのまま春木家に帰った。

「おかえりーカイル」

蘭の大歓迎にホッとする。


「ただいま」

カイルは努めて明るい笑顔を蘭に向けた。しかし・・

蘭はカイルのどんな表情も見逃す訳がない。


「ねぇねぇ、カイル。今日は帰ってきて大当たりだよ。ふふふ、なんとカツカレーなの」


ニマッと笑う蘭。良かった蘭にはバレなかったと安心するカイル。

蘭の言葉通りに1階からカレーのいい匂いが漂ってきた。


「カイル、お腹空いてるでしょ。お母さんも喜ぶから早くリビングに行こ」

蘭が階段を下りながら、「お母さん、カイルが帰ってきたよー」

と報告しながらトトトと下りていった。


ちょうどご飯が炊き上がったところで、百合が「良かったわ。何か今日は多めにご飯を炊いてたのよ。カイルもいっぱい食べてね」

としゃもじを引き出しから取り出した。


「今日は次の日曜日に蘭の剣道の県予選会があるの。それに蘭が一年生ながら選ばれてて出場するのよ。だから、早めにカツで勝つなの」

蘭は恥ずかしそうにしている。

そう言えば、カイルは蘭の試合を見に行った事がなかった。


「凄いんだね。今度の日曜日か・・・蘭の試合、僕見に行ってもいいかな?」

カイルは日曜日に何か予定を入れたくてお願いしてみた。

「ウッ、いい・・けど。これは負けられないな」

蘭の顔が引き締まる。


「私も応援に行くから、カイルと一緒に行けて嬉しいわ」

百合はうきうきしている。


夜9時に「ただいまぁー・・」

ヘトヘトに疲れた葵が帰ってきた。

高校でも野球部に入った葵は、もうすぐ始まる高校野球地方予選大会の最後の追い込みで、いつもドロドロになって帰って来る。


そして、恐ろしい勢いでカレーを口にかき込んでいく。その途中で蘭が葵に話し掛けにいく。


葵はおかわりを2回したところで、満腹になったらしい。

水をごぶごぶと流し込むと、「よし」と立ち上がり、カイルの肩を叩く。


「カイル2階で話そう」


どうしたのだろう?と思いながら葵の後に続く。

葵は部屋に入るといきなり「どした?」と軽く尋ねる。


「へ?」

あまりの不意打ちにカイルは変な声がでた。


「蘭がカイルが元気がないって心配してるんだよ。学校で何かあったのか? それともアルフォン家の事か?」


カイルはビックリした。蘭はカイルの事を気にしている様子は全くなかった。

「蘭には何も言ってなかったし、心配させないように元気にしていたのに・・・」


葵はふんっと笑う。

「小学校からカイル一筋で、カイルしか見てない蘭の事を甘くみちゃダメだよー。あいつの覚悟は生半可なもんじゃないよ。兄の俺から見てもあの『カイル命』は尊敬するな。今度の日曜日に蘭の試合を見に行くんだろ? カイルを守る為に始めた剣道だから、一度見にやって来れ。頼んだぞ」


「僕の為?」


「そうだ。ところでカイルは何があったのさ。言えば少しは楽になるし、蘭も心配が解消されるかも知れないしさ」


僕はこの兄妹に甘やかされているなとつくづく感謝する。





「フィオとサハラに皇族ってばれたら、絶交されちゃった」

はははと頭を掻きながらカイルは寂しそうに笑う。


「そうか。カイルは皇族って言われてもカイルの中ではそうじゃないもんな。嫌かも知れないけど、あの部屋を見せて説明するしかないかもなぁ。もし二人に蘭のへやまで見えたらこっち側に来てもいいと思うよ。それは壁が決めてくれるさ」


「覚悟か・・」

中等部1年になって、背はだいぶと高くなったが、葵には全然届かない。

「リビングに戻って、蘭に笑い掛けてやってくれよ」とカイルの頭をクシャっとする。


二人でリビングに戻ると、蘭が葵の顔を見ている。葵がそれに気付くとカイルに目配せをする。


それでカイルは慌てて蘭にニカッと笑う。自分ではこの顔も帰ってきた時の笑う顔も一緒だとカイルは思うのだが、やはりどこか違うのか、蘭は安心したようだった。


蘭に嘘をつくのは至難の技だと今更ながらにカイルは気付いた。




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