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38  トレスの変化

自転車のお陰で、カイルは快適な通学をしている。


これもお兄ちゃんとターナ家のお陰だ。

快晴の中サイクリング気分でカイルが学校に着くと、掲示板に人だかりが出来ている。

カイルが見に行くと、人がさっと割れる。気持ちが悪いなと感じたが掲示板の前に行くと、カイルの名前だけ別枠で一番始めに書かれていた。


カイル・フラン

歴史・運動・魔法=中等部1年生の部1位

数学・化学・経済=中等部3年生の部1位

外国語・国語=中等部3年生の部3位



「あの子だよね。貧乏貴族で一般寮に住んでる子でしょ」

「3年生の授業を受けてたの? どうりでほとんどクラスで見掛けないはずだよ」


ヒソヒソと話すが誰も話掛けてこない。

(このままここにいると、変な事に巻き込まれそうだ)

カイルは長年の勘から、早めに立ち去った。


正解だった。


カイルが立ち去った後で、第1皇子の息子のドニエマーロが付き人を従えて掲示板にやって来た。

「おい、どけ」

一言で、急いで掲示板から生徒が離れた。


自慢気に見ていたドニエマーロの顔がどんどん強張っていく。


「カイル・フランって誰だよ」


カイルが受けていない授業のほとんどでドニエが学年1位だった。


しかし、カイルの中等部3年生のテストでの1位が、話題中心でドニエマーロの学年1位は完全にその前に霞んでいた。


「ドニエ様どうされました?」

中等部2年生のサーガイル公爵の息子のトレスがドニエマーロの声を聞き付けて隣の2年生の掲示板からわざわざ嫌みったらしく微笑み、ゆっくり歩み寄る。


「トレス、これを見ろよ。カイルって奴のせいで、俺の成績が目立たないだ。くっそー、見つけたらただじゃおかない」


ドニエマーロに言われて、掲示板を見たトレスが目を瞪る。中等部2年生の彼は現在幾つかの科目で1位を取っている。しかし、カイルは3年生の問題で1位を取っている。

(父から聞いていた第2皇子のもう一人の息子は、こいつか)


トレスは前々からアダン皇子やポール皇子を見ていて、その大人げのない振る舞いにうんざりしていた。サーガイルの言いつけにしたがってドニエマーロに付いてニコニコ笑っているが、心の中では虫酸が走る程嫌っていた。


(あの父が珍しく優秀だと褒めたカイルを学校で見つけられなかったのは、3年生の授業を受けていたからか・・・父には接触するなと言われていたが、一度話してみたい)


自分の家で父がアダン皇子に頼まれて、カイルを亡き者にしようとしていたのを知っていた。

自分よりも1つ小さい子が脅威になる程とは、その時からトレスはカイルに興味を持っていた。


だから、アダン皇子のカイルの暗殺計画が上手く行かなくなるように祈っていた。

そして、カイルが行方不明だと聞いた時は本気で心配したのだった。

父、サーガイルがアダン皇子に付いているならば、いつかはカイルが敵になる事は解っている。

でも、目の前の権力を振りかざすばかりのドニエマーロの味方になるのは、どうしても気が重かった。


「おい、トレス」

ドニエマーロに呼ばれてハッとする。


「ドニエマーロ様なんでしょうか?」

苛立っているドニエマーロが何をするかは分からないが、良いことではないのは確かだ。

それでも笑顔で返事をした。


「この胸くそ悪いテスト発表の紙を片付けろ」

見るのも嫌だと言う風に親指で後ろの掲示板を指す。


「片付けろと言われても、この 用紙は学年全員が見てからでないと、勝手に処分は出来ませんよ」

トレスは困った顔で、わざと声を大きくした。トレスが処分をしたとしても自分はドニエマーロに命令され、仕方なくやった事をみんなに広く知らさないといけないからだ。


しかし、そんな手間を掛けなくても良かった。

ドニエが待ってられないとばかりに、ばりばりり・・と引き裂いた。


(ドニエマーロがバカで本当に良かった)

「ドニエマーロ様、こんな事をなさっては、まだ見ていらっしゃらない方が困りますよ」


慌てる振りをしながらも、カイルの事が広く知れ渡る前に処分出来たことにホッとした。

ここで、自分が未だ見たことのないカイルにここまで心配をしている自分に驚いた。


トレスは自分でも人に興味がないのをよく知っている。そんな自分がここまで気にするのか不思議でならなかった。


この騒ぎに気が付いた先生が漸くやってきた。


「これは学年順位の掲示してあったものですが、ドニエマーロ様がご自分の順位に納得されずに破かれてしまったようです。先生、これ以上この掲示をするより、各生徒に自分の順位を渡した方が良いと思います。また、ドニエマーロ様が暴れられればアダン皇子がいらっしゃる事になるかも知れませんよ」


トレスは再びこの紙が張り出される事がないように釘を刺す。


先生はグシャグシャになった紙を教員室に持って帰った。


「さて、カイル様の居場所が漸く掴めた」

トレスは踵を返して3年生の教室に向かった。





「よーカイル。お前3年生の学年トップなんだってなー」

体が大きい男子に声を掛けられているのがカイルか・・トレスはカイルの言動を見つめる。


「僕の兄の教え方が上手くて、しかもやま(▪▪)を張ってくれたのが全部当たったんですよ」

カイルは恥ずかしげに謙遜する。


(ふーん。皇子の子供とは思えない気配りだな)

トレスは自分の気持ちが喜んでいる事に違和感を感じた。


(そうか、自分が気になってる奴がいい奴で良かったと思っているのか?)

自分の気持ちに戸惑いながらもカイルから目が離せない。


「カイル、宿題忘れたからここ、教えてよ」

また別の3年生に話しかけられている。


「この問題は難しいですね」

カイルは相手が嫌な思いをしないようそう言ったが、その手は考えるまもなくさらさらと式を解いている。


トレスはそれを見て嬉しくなっている自分に、訳が分からず3年の教室を後にした。


今日は寮に泊まる日なので、トレスは一般寮まで、カイルの後を付けた。

流石に一般庶民とカイルの間には隔たりがあるだろうと思っていたが寮の前で友達らしき人物と肩を組み合って話している。


「サハラはテスト、大丈夫だった?」


「カイルこそ大丈夫だったのかよ。俺は凄かったぜ」

そう話してる後ろから更に覆い被さる人物がいた。

「サハラの凄いのは、殆どが最下位って事だぜ。カイル今度はテスト前2週間から勉強をしないと、コイツ落第だぜ」


トレスは貴族の腹の探り合いの会話に飽き飽きしていた。

だからだろうか、3人の会話がキラキラして見えた。


「なぁ、ところでアイツ、誰かの知り合いか?」

フィオがトレスを指差した。


トレスは探りに来ていたが、どんどん前に出ていたのに気付かなかった。

隠れているつもりが、全然隠れていなかった。


3人に見つかったトレスはあたふたするが、言葉が見つからない。

どんな時も舌が何枚あるのかと自分でも思うくらいにその場に応じた会話が出来るのに、全く頭が動かない。


「俺は、サーガイル公爵の息子でトレスと言います」


偽りのないそのままを言ってしまった。

フィオとサハラが『なんで公爵の息子が?』と言う顔でお互いに見合わせる。


自分を殺そうとした奴の息子など、疎まれて当然だ。


しかし、カイルは普通に「僕はカイル・フランです」と挨拶をしてくれた。


「えーと僕に用かな?」

と聞かれたが、トレスには何の用事もない。


ノープランのトレスは頭も空っぽで心のままの言葉が出た。

「あなたと話がしたくて・・・」


言ってしまった後でトレスは顔から火が出そうになった。

(俺は乙女か!)

自分で突っ込んだ。

トレスは自分ならこんな気持ちの悪い事を言う奴は、無視するだろう。


「いいよ。今からみんなで勉強をするから、一緒にしよう」


(・・・受け入れてもらった・・・?)


トレスは驚いていたが、自分の声にもっと驚く。

「嬉しいよ。ありがとう」


素直な気持ちが脳みその警戒腹黒領域をすっ飛ばして声がでた。


そして、トレスは自分には絶対に縁のない一般寮に入り、庶民と勉強をする事になった。


個室自習室で4人は勉強を始めた。

すぐにサハラが「全然わからん」と言うので、順番に教える事になった。

トレスも途中で数学の分からない問題で手が止まってしまった。

トレスがカイルをちらっと見る。

そうすると、すかさずカイルが教えてくれた。


「カイル様は凄いね」

トレスの言葉にカイルが慌てる。


「様はいらないよ。カイルって呼んでね」


カイルの焦りが分からないまま、必死のカイルを見て、トレスは取り敢えず呼び捨てで呼ぶことにした。

トレスは自分よりも優秀な同年代を見た事がない。まして、年下で優れていると思ったのはカイルが始めてだった。

さらに年下に教わるなど普通のトレスならばプライドが邪魔して許されない事だったが、なぜかカイルの教えは分かり易く、すんなり受け入れられた。


「カイルは誰に教わっているのですか? もし家庭教師なら私に紹介して欲しいのですが・・」


「ため口でいいからね」と前置きしてから、葵兄ちゃんに教わっていると話した。


「お兄さんですか・・・?」

トレスはカイルに兄がいない事を知っている。


ここでフィオが口を挟む。

「カイルの兄ちゃん凄いぜー。大体の事なら知っているし、頭がいいって言葉じゃたりないよな」


「そうだね。僕のお兄ちゃんは自慢の兄ちゃんだからね」


トレスは衝撃だった。あんなに謙虚なカイルが兄の自慢は止まらないのだ。その葵なる人物が気になるが、ここでトレスは大事な事をしておかなければならないのだ。


それは、次も遊びに来ていいか確かめないといけないと言うことだ。


『カイル。あの、ここにまた来て一緒に勉強やお話をしてもいいかな?』この一言が言えない・・・


「所で、サーガイルって公爵様だよな?俺らが呼ぶときはトレス様って言った方がいいのか」

フィオがトレスに聞いた。


いつものトレスなら庶民に話し掛けられる事もないし、直接話掛けられたならその庶民に罰を与えていたかも知れない。


しかし「私の事はトレスと呼んでください」と悪い憑き物が堕ちたのかと疑う程に丸くなっている。


実際は、少し庶民の分際で話掛けてくるのが腹立たしいと思ったが、カイルがフィオにもサハラにもフレンドリーに接する所を見たら同じようにしなければと考えを改めたのだ。


カイルに嫌な奴だと思われたくなかった。ただそれだけだった。


勉強をしていると、誰かが自習室をノックする。

サハラが「はーい。どうぞー」と返事をすると一般校の高等部の3年生がカイルに数学の問題を持ってきて何か頼んでいた。


「悪いな。またお前の兄ちゃんにこの問題の解いて来てもらって欲しいんだ。全く分かんなくてさー。今度の水曜日までに頼むよ」


「渡せたら見せてみるけど、だから、期待しないで待っててくださいよ」

またか、困ったなーと言う顔で問題用紙を受け取った。


「お兄ちゃん忙しいんだけどな・・」

「もう、葵君。ここで先生したらいいんだよお」

サハラが冗談を言う。


「カイルのお兄様は何歳なの?」

トレスが興味津々で聞く。

「僕の兄は高等部の3年生だけど、ここで言うと数学博士になれるんじゃないかな?」

また、カイルの鼻がふんすと自慢げに広がる。


(カイルの兄とは誰なのか分からないが、かなり優秀な人物な事は分かった。そしてカイルがこれ程までに信頼していると言うことは・・・兎に角凄い人物なのだろう)


そうこうしているうちに、日が暮れてきた。

もうすぐ食堂が開く時間なので自主勉強も終わる。


自主室の片付けをして、「また明日ねー」とカイルに言われ、トレスは「はい、よろしくお願いします」と頭を下げた。


トレスは一般寮から特別寮に帰るまで、今日あったことを考えていた。貴族校の時の自分はいつも必ず相手より上の立場で話す。

そして話題がでたらマウントを取って話す癖が出る。


正直、誰と話しても楽しくはない。話掛けてくる連中もへりくだってすり寄ってくる。

笑っている顔もどこか卑屈でイライラしてくる。


今日は心から会話を楽しめた。


カイルに「また明日」といわれたが本当に行っても良いのだろうか?と悩みながら顔は笑っていた。





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