※あとがきに代えて
ーーぷあ~ん
ーーたたんたたん たたんたたん たたんたたん たたんたたん……
「ひとまず落ち着いた」
十兵衛は浅○橋のガード下の寿司屋で飲んでいた。
「知多星ゴヨウ」はほぼ打ち切りだが、終わらせないと次に進めない。
宇宙の真理を題材にしていたが、意味不明な物語であった。
なお、ゴヨウを演じたのは十兵衛である。
「あらゆる道に終わりはない、追求と洗練を繰り返すのだ」
カウンター席の十兵衛の隣では、宗矩が厳かな顔つきでヒラメの縁側を堪能していた。
わさびが利いているはずだが、宗矩は眉も動かさない。正に不動心の顕れだ。
また宗矩は「知多星ゴヨウ」ではチョウガイの役を演じていた。
「美味しい~」
「寸秒の芸術って本当ね~」
チョウガイの隣にはバレンタイン・エビルが、更にその隣にはレディー・ハロウィーンが中トロを手でつまんで口に運んでいる。
欧州系美女の二人は双子だけに、そっくりだ。レディー・ハロウィーンはショートヘアー、バレンタイン・エビルはロングヘアーだった。
「ーーで、チュパカブラの次のZ級風味小説には、肉屋と人妻の話なんかを」
十兵衛の話を聞いた途端、宗矩の額に「ビキイ!」と血管が浮かんだ。
宗矩の不動心は、十兵衛によってたびたび乱される。
「肉屋と人妻……? それは何の官能小説だ……?」
ーーやべえ、殺される……
十兵衛は宗矩を前にして、血の気の引いた顔にひきつった笑みを浮かべた。
「ーーきっと肉屋さんと人妻は昔の知り合いね」
レディー・ハロウィーンはーー十兵衛から一番、席が離れていたーー唐突につぶやいた。
あるいは、ひょっとしたら、十兵衛への助け船だったかもしれない。
「高校ではクラスが一緒だったとか」
バレンタイン・エビルもレディー・ハロウィーンの話に乗ってきた。
「そうね、それでお互い好きなのに、つきあうきっかけもなく……」
「高校生生活終了、男は家を継いで肉屋に」
「女は大学に行って彼氏ができて、今や二児の母親ね」
「そんな二人が再会して熱く燃える!!……なんて、そこまではいかないけれど」
「不倫なんか文化じゃないわ、ただの欲望よ」
レディー・ハロウィーンとバレンタイン・エビルの話を、十兵衛と宗矩は端から聞いていた。
「そして、ある日イベントが…… 銀行強盗が現れて、女は子ども二人と人質に!!」
「男は三人を助けるために、得意のカンフーで銀行強盗をやっつけるの!!」
「あなた、アクション好きねえ」
「ジャッキーとかブルース・リー大好き!!」
レディー・ハロウィーンとバレンタイン・エビルは話が弾んでいる。
バレンタイン・エビルはアクションが好きなのだ。
「アクションは三十分くらいやってくれないと」
「カンフー映画じゃないの、それじゃ」
双子の姉妹はクスクス笑った。十兵衛と宗矩は刮目して感心していた。
女性の創作力、ただ事ではない。
そして彼女達の話をまとめると、以下のようになる。
再会した肉屋と人妻の淡い恋
↓
実は二人は高校生時代、好きあっていたのに交際には至らなかった
↓
肉屋の主人は独身、人妻は二人の子持ち
↓
気持ちは伝わるのに燃え上がらない二人(この辺で読者がヤキモキする)
↓
そんな時、銀光強盗が現れ、人妻と二人の息子は人質に
↓
肉屋はカンフーで銀行強盗を倒す(※ここは激しいアクションが展開される痛快な場面)
↓
二人は気づく、もう気持ちがふれ合うことはないと
↓
肉屋は一人町を去り、人妻は家族と幸せに暮らすのだった……
「思い出ボロボロだわ~」
レディー・ハロウィーン、優雅に日本酒を飲む。
「剣と千尋みたいに最後は笑顔で!!」
バレンタイン・エビルも帆立握りを口に運んだ。
余談だがバレンタイン・エビルと宗矩は恋仲であった。詳しくは「知多星ゴヨウ」本編を参考にされたし。さりげない宣伝、お目汚し失礼。
「……そういう風にしたらどうだ?」
宗矩はアナゴを食べながら、横目で十兵衛を見た。
彼からの助言としては「肉屋は先祖から伝わる古武術の使い手」という設定を示唆された。肉屋なのに古武術?
「……ははは、やはり女性は偉大でありますな。そして、あらゆる道に終わりはない……」
十兵衛もまたウニの軍艦巻きを口に放り込む。
三船久蔵十段いわく、文武一道。
その道は真実であった。
そして少し離れたガード下の路上では……
ーーカワ~!!
ーーラッーシッシッシッ……!!
街灯の下、カワウソとアザラシが戦っていた。
馴れ合いより刺激、そのような仲かもしれない。
海の豹と称されるアザラシ、その爪と牙は本物だ。
ーーカワ~!!
カワウソはアザラシに飛びかかった。
己より強い者に挑む、それもまた太古の昔より繰り返された男のロマンなのだ。
お わ れ




