激突
ぶつかった。
両軍入り乱れての乱闘ははじめ、魔族が圧しているように見えた。魔族は個の力が強く、一薙ぎで数人の胴を切断し、魔法を放てば一個小隊程度を容易に消し飛ばす。しかしそんな大立ち回りをしていても、人間の軍は一向に減る様子を見せなかった。
この戦闘での俺の立ち位置は簡単で、ずばり切り札である。自分で言うと恥ずかしいが、俺に求められていることは一兵卒として敵と剣を交えることではないことは確かだった。エルにあてがわれた数人が俺の身辺を警護している。
「死ね、チーター!」
こんなことを言いながら切りかかってくる人間がどういうことか多いのが印象的だった。彼らは概して俺しか見ていないために脇から斬られて絶命するのだが、それでも俺の肝に与えるダメージは尋常でない。明確な殺意を当てられて平常心を保てるほどの修業は、あいにく積んでいないのである。
人間は明確な役割分担をし、魔族一人に対してパーティーひとつがあたってなんとか実力を伯仲させていた。魔族は万能型だが、裏を返せば器用貧乏でもある。集団戦に慣れた人間と、あくまで個の集まりである魔族という図式が成り立っていて、俺にはどちらが有利かを推察することはできなかった。
流れ弾に注意しつつ戦線をあげていく。時間をかけるほど不利になるのは明らかに魔族の側であったから、少し急ぎ気味で。
実質的には、魔族と人間の消耗戦になると思っていた。それを破る報が入るまでは。
「勇者様! 伝令でございます。右翼部隊が件の生物兵器により打撃を受けています、急行を要請します」
「……! はい、わかりました、すぐに向かいます」
やはり、という気持ちになる。押っ取り刀で駆け出した。
責任のすべてが俺の双肩にかかる。魔族に対処できない問題を『勇者様』であり『チーター』である俺が対処しなければいけないわけだが、それは必ずしも俺に解決できるものであるとは限らないのだ。その立ち位置をエルから知らされたとき、俺は陰鬱にもため息をつきたくなったわけだが、そのときも今も、それは思いとどまる必要があっただろう。
左手から風を感じた、割れるように響く風、違う、それは雷鳴。
咄嗟に鞘のまま剣で防御すると、半拍ほど遅れて衝撃が走った。遅れていれば、遅れていれば俺の腕が絶たれていた。
「……久しぶりです」
「そうね、意外な形での再開だわ」
切りかかってきた彼女、あるいは俺の妻、アンはいけしゃあしゃあとそんなことを口にする。
「そこをどいてください」
「……無理よ」
「どうしてですか」
「どうして? いまは敵同士じゃない。要求を容れる道理はないわ」
にらみ合っていると、俺とアンの間に味方の魔族が立ち塞がった。背中は語る、ここは自分たちに任せろ、と。
……そう、俺はいま痴話喧嘩をしている暇はない。彼らを残し、俺だけでも現場に向かおうと、足を蹴り出そうという瞬間だった。
「あなたたちに用はないわ」
目を見張った。手練れの魔族、それも複数人いたはずの彼らが、ことごとく首のない死体となって崩れるのを見たからだ。
生物兵器と同じくらい、あるいはもっと危険な敵であることを、俺は理解していた。
「サブロー、……言っても無駄だとは思うけど、あなただけでも投降しない?」
「……愚問です」
「でしょうね。いいわ、なんとしてでも……!」
それ以上の言葉は不要だった。コミュニケーションの手段として気迫が選択されていた。ただ、いずれも殺気にまで昇華しきらないのが、甘さというものだろうか。
先手はアンに奪われる。雷魔法による身体強化と本人のしなやかな筋肉が相まって、圧倒的なスピードで肉薄し斬りつけるのを、なんとか防御するしかない。目が慣れているのが幸いだった。そうでなかったなら、俺も散った彼らと同じ轍を踏むことになるから。
斬りつけてくるのを弾く。突いてくるのを逸らす。防戦一方、こんなところで立ち止まっている場合ではないのに! それでも、いくら焦燥しても、彼女の剣撃は苛烈を極めて俺をせめたて、一切の余裕が与えられない。
見切っても見切っても時雨のように、また二撃三撃。体力が無尽蔵であるような切り返し。
しかし、まあ。
単調ではある。
俺は見計らって一気に踏み込んだ。間合いが一気に詰まるのをアンはステップで回避しようとするが――、どんな速度だろうと、それは遅い。
「【ザ・世界】」
俺はすべての速度を超越した。




