悪道
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午後11時46分。
西新宿の喧騒に目もくれず、猫背で歩く男がいる。
通行人は彼を見て、怯えたようにその名を言う。
「久保内将司」と。
夜闇に鮮血を降らせる黒雲。
帰りたい場所もなく、いつも通り老夫婦の営む駄菓子屋へみかじめ料を徴収しに向かっていた。
元は悪を成すような男ではなかった。寧ろ、好青年や優等生といった印象を与えていた。
そんな男が道を踏み外したのはいつなのか、本人にも分からなかった。
ただ、ネオンの映る水溜りを踏み抜く長靴が、彼の訣別を示していた。
顔に纏わり付いた雨が、彼を苛立たせた。駄菓子屋に着くなり男は乱暴に半分閉まったシャッターを蹴った。
「開けろ!」
シャッターの撓む音と久保内の声が老夫婦の恐怖を掻き立てた。
「今日は許してください」
老人が振り絞った声は震えていた。
久保内が更に苛立ち、唾を吐き捨てると後ろに、巨大な影が現れた。
「昨日までで終わりにすることだな」と深澤は言う。
乱入者に対し、久保内は舌打ちをした。
「なんだてめぇ。首突っ込んでくんなよ!」
大きく右足を振り上げる。深澤は半歩下がったが、久保内の長靴が深澤の顎を掠った。
深澤晴希はただ久保内を見つめた。
「気色悪ぃなァ!」
久保内がダスターナックルはめ込む。
深澤は拳を力強く握ると、構えた。
「それが構えか?ダッセェなァ!アンパンマンでも見て学んだのか?」
久保内がそう思うのも無理はなかった。
一切身を引かず、ただ拳を握るのみ。まるで戦うものの構えではなかった。
久保内が勢いよく右のストレートを叩き込んだ。
深澤は身を右に翻して回避すると、カウンターの右フックを叩き込んだ。
久保内は咄嗟に防御したが、防ぎきれなかった。
怯んだ久保内に鉄拳が迫った。
久保内は姿勢を低くし、拳を回避した。
そして金的を撃ち込む。
「クッ!」
深澤の反応が少し遅れた。久保内はその隙を見逃さず、落ちていたビール瓶を頭に力の限り叩きつける。
甲高い音が鳴る。深澤の額からは鮮血が流れた。流れる血が頬を伝って足元の水溜りを赤く染める。
深澤は大きく息を吐き出し、心を落ち着かせた。
そして力一杯ハイキックを打った。
久保内は咄嗟にガードしたが、あまりの勢いに尻もちをついた。
「クソッ!」
久保内は体勢を立て直すと、背中を向けて逃げ出した。
深澤も慌てて追いかけた。
が、久保内を既に見失っていた。
深澤は空を仰ぎ、独り呟いた。
「…………必ず、未来を選び取ってもらう」
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