路地裏の正義
半グレが首を絞められていた。
必死に両手で手首を掴み、引き離そうと力を込めたが、びくともしなかった。まるで大木のような腕。
時は遡り、1時間前。
公園の隅で半グレ達が女子高生を囲んでいた。
「やめてください!」
「まぁまぁ、ママにまた貰えばいいんじゃない?」
「一旦見せてよ〜おねがい〜」
「そういうことじゃないんです」
必死に抵抗する少女の手から財布を強引に取ると、現金を引っ張り出し、財布を少女の前に投げ捨てた。
「あぁ!」
女子高生は財布を急いで拾うと、大切なもののように抱え込んだ。
少女は泣いていた。
そこに、大柄の男がやってきた。威圧感のある風貌。
少女は咄嗟に縮こまる。しかし、男の険しく、しかし優しさを感じる顔に安心感を覚えたように顔を上げる。
「何があった?」
「実は、男の人たちに襲われて……」
大柄の男は優しく言った。
「家は近いか?俺が付いていこう」
「はい。ここから10分もかからないくらいです」
道中、質問をする。
「どんな見た目をしていた?」
「少し太っていて身長は私より頭ひとつ分高いくらいだったと思います」
「怖かったか?」
「……はい。助けを求めることすらできませんでした」
「助けを求めるのは難しいことだ」
「寧ろ、刺激せずよく耐えたな」
「……はい」
「あの道は、いつも使っているのか?」
「はい。塾のときに」
少女が白い壁を指差した。
「あれが私の家です」
家の前で少女から一歩離れた。
「ありがとうございました」
静かに、力強く拳を握り込んだ。
かつて助けを求めてくれていた声を思い出す。
見殺しにした正義を。
女子高生が家に入っていくのを見届ける。女子高生は最後に大柄の男の方を見て会釈した。大柄の男は不器用に微笑んだ。鍵が閉められた音がすると、大柄の男は公園へと戻るため、踵を返した。
公園へと向かう途中、大柄の男は考えていた。
怒りが燻る。塾帰り、勉強を終えて帰路に着く女子高生。そんな子から奪っていいものかと。そんな怒りを押し殺し、代わりに手を広げた。指の節に残る古傷が目に入った。
砂塵の吹き荒れる大地。喉の奥が急に乾く。大柄の男は誤魔化すように喉を鳴らした。
公園に着くと男は辺りの捜索に取り掛かった。静かな夜では邪悪を隠すことはできない。
鋭い視線はすぐに路地裏でサラリーマンに暴力を振るう半グレ集団を発見した。
大柄の男はゆっくりと近づいた。
彫りの深い顔に皺を寄せた。
靴のつま先が照らされた。
集団の長と思わしき男に対して静かに言葉を発した。
「今すぐに彼を解放しろ」
驚いたように男は答えた。
「どうしてだ? 俺はこいつにぶつかられたせいで怪我したんだわ」
「……貧弱だな」
「黙れ!」
男は鈍く光るナイフを取り出し、大柄の男へと勢いよく飛びかかった。
大柄の男はバックステップで回避し、そのまま突撃してくる男に対して左側に身を翻した。
鈍く光ったナイフが空を切った。
大柄の男はナイフを持つ手を掴み、強引に引っ張ることで地面へ転倒させた。
「なんだあれ、ボスが!」
「俺たちもああなるんだ!」
恐れをなした男の仲間は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
サラリーマンは大柄の男を見ると、感謝も言わずに走り去った。
だが、大柄の男はそれに文句を言わない。目でサラリーマンを見送った後、足元で蹲る男の首を掴み、持ち上げると、静かに質問をした。
「奪わずにいられるか?」
大柄の男はこれまで何度も同じ問いを投げかけてきた。
男は虚勢を張りながら答えた。
「なんで俺たちが我慢しなきゃならないんだ。この社会は俺たちのような強い奴が弱者から搾取し続けるだけだ!」
口角が少し上がる。
そして、静かに答えた。
「それは違うな」
今度は男も強がらなかった。
「どうしてそう言い切れる」
大柄の男は静かに答えた。
「あんたも見てきたはずだ」
静かに地面に降ろすと、呆気に取られる男を横目に黒い外套を街灯の光が届かぬ夜闇に翻した。右腰には二丁の拳銃が輝いていた。
路地裏の正義、彼の名は「深澤晴希」。




