第九話 因律の眼
物価が高い…。なんとかなんないかなぁ。
ラグエルが唖然とした顔で俺を見る。
なんとも間抜けな顔だなと思わず思ってしまったのは内緒である。
数秒。
ラグエルはゆっくりと瞬きをした。
「……エイド様」
「ん?」
「あなた、自分が何を言っているのか、ちゃんと理解していますか?」
「そりゃ、してますよ」
適当に手を振る。
「だから呼んだんだろ」
ラグエルは指で額を押さえた。いや、わかるよ。だってまぁ、あれだもんな。
「因律の眼ですよ?」
「知ってるって」
「それを人間が?」
「だから使ってたんだって」
ラグエルは深くため息をついた。
「……本当に?」
俺は顎でアンナを指す。
「さっき俺の攻撃避けたって言ったろ」
「まあ、はい」
「俺の攻撃は?」
ラグエルは即答する。
「予備動作はありません。我々七天使長どころかセブノック様ですら避けるのは不可能でしょう」
「……だろ?」
褒めてくれたのかなぁ。よし!今度ラグエルと飯に行く時、奢ってあげようかなぁとか思ってたら、ラグエルが、
「その顔……またよからぬことを企んでいるのではありませんよね?」
「……は?もういいわ、お前に飯奢るつもりだったのに、奢らねぇわ」
「……え?……え?」
申し訳ありません!と、ラグエルが泣きながら俺の足に必死にしがみついてきたが俺は一切気にしない。
「話を戻すけど、あいつは避けたんだよ。俺の攻撃で少し苛めたろとか思ってたら避けやがったからさ……」
戻さないでくださいよ……。とかほざいているが知ったことか。
ふとアンナの方に目を当てると、こちらを不思議そうな目で見ていた。
アンナを見るラグエルの瞳が細くなる。
「はぁ、少し、観測させてもらいます」
ロッドが慌てた。
「ラ、ラグエル様!?」
「あー、動かないでください」
ラグエルの声は静かだったが、妙な圧があった。
アンナが困った顔でこっちを見る。
俺は肩をすくめた。
「大丈夫だ。死にはしない」
「それさっきも聞きましたよ」
アンナが小さく呟く。
ひどいな、俺をそんなふうに思ってるだなんて。
ラグエルがアンナの前に立つ。
そして、ゆっくり手をかざした。
「少しだけ、覗きますよ」
その瞬間。
空気が変わった。
見えない何かが、あんなの周囲の空間を薄く覆う。
ロッドが息を呑む。
「これは……」
ラグエルの瞳が、微かに光った。
「さて、解析開始」
静かな声。
まあ、ここからはラグエルの得意分野だな。
あいつは七天使長の中でも、観測と解析の魔法を得意とする専門家だ。
世界を構成している最小単位である、情報子。
それを直接観測して解析する能力を持っている。
普通の人間はもちろん、上位の魔族でもここまでは出来ない。※俺はスキルを使って解析できる。
だが次の瞬間、ラグエルの表情が、凍った。
「……え?あ、まじか」
俺は腕を組んだまま聞く。
「どうした?」
ラグエルは答えない。
もう一度、アンナを見る。
もう一度、観測する。
沈黙。
そして――
「……うそん、」
ラグエルが、信じられないものを見る顔をした。
俺は思わずニヤけてしまう。
「だから言ったろ」
ラグエルはゆっくり振り向いた。
「エイド様」
声が少し震えている。
「この子……」
アンナを見る。
「本当に見えています。」
ロッドが固まる。
「え……?」
ラグエルは続ける。
「それも中途半端じゃない。完全な因律視認です。」
ロッドが呟く。
「……それは一体……」
まあ、そりゃそうなるわな。
因律の眼
簡単に言えば、世界の因果の流れを直接見る目だ。
普通の生き物は、攻撃が飛んできた → 避ける
この順番でしか動けない。それが神の定めた法則だ。だが因律の眼を持つ奴は違う。
攻撃が起こる前の情報の揺らぎを見る。
つまり、未来の結果に至る前の原因を視認する。そして未来視よりも精度が高い。
だから避けられる。
ラグエルはさらに低い声で言った。
「あり得ません」
そして小さく続ける。
「……人間が、こんなものを持っているなど」
俺は少し笑った。
「面白いだろ?」
ラグエルは真顔で言う。
「面白い話ではありません」
「ん?」
ラグエルはアンナを見ながら言った。
「エイド様」
「この子は、」
一瞬、間を置く。
そして静かに言った。
「普通の人間ではありません。」
アンナがぽかんとする。
「……え?」
俺は肩をすくめた。
「だろうな」
ラグエルがゆっくり聞く。
「どこで見つけたんです?」
俺は頭をかきながら言った。
「拾った」
「……もう、勘弁してくださいよ」
ラグエルは本気で頭を抱えた。まあ、俺の仕事はこいつらを困らすことだからなぁ。
「エイド様、私にどうしろと?」
流石七天使長だな。話が早くて助かるわ。そんなことを考えていたら、ラグエルの眼が閉じていっている。
「エイド様……私、もう帰っていいですか?」
「え?無理だよ」
帰らすわけねーじゃん。こいついっつも定例会議欠席してるし、来たと思ったら会議中に寝るし。するとラグエルの顔を見ると額に青筋が浮かんでいる。
「私、今エイド様の仕事を他の天使長に押し付けられておりまして……精霊界の王の代替わりの書類を書かないといけないんですよ!」
「あ、そうなの?なんかごめん!で、誰から押し付けられてんの?」
この回答次第で今後のいじられキャラが決まるのだが……。
「はぁ、エイドさ……ではなくラファエルちゃんです……」
「……え?」
なんか言いかけていたがそれよりラファエルというキーワードに驚いた。だってあの
「ラファエルって言ったよな?生真面目なあいつが?」
俺の問いに無言で頷くラグエル。あ、こりゃまじだなと思ったね。
「1番若いんだったよね。確か、フリザエルが退役してからラファエルが入ってきて、お前、その時にはいたよな?」
「もちろんいましたよ。私は今まで代替わりしたことがないので……」
あ、そうだ。こいつ、解析の専門家で、神界にラグエル並みの解析力を持ってる奴いないから……。それに、天使は不老だし。
「で、なんで押し付けられたの?ラファエルは真面目だろ?」
「知りませんよ。仕事を引き受けちゃった理由は……可愛くお願いされてしまい……」
それは、こいつの自業自得だな。でもちょっとかわいそうに思ったので
「今度有給あげようか?」
と言ったら、ラグエルがまた俺の足にしがみついてきて
「ぜひ、よろしくお願いします!仕事に追われる日々は嫌ですよ!」
はぁ……プライドがないのか?とか思ってたら
「私にプライドはありませんよ!ですので!早く!有給をくださ」
とまぁ、言葉の嵐。
ラグエルが言い終わる前に俺はラグエルの私有次元に繋がるゲートを作りラグエルを放り込んだ。
「ちょ、まだ話の途中で」
「また今度なー。一応言っとくけど、お前の私有次元にミカエルいるから」
ゲートが閉まる直前、ラグエルの叫び声が聞こえたが、俺には関係ない!
ゲートが完全に閉まったことを確認してからアンナの方に向き
「さて、見苦しい光景を見せてしまったな。で、修業の続きなんだが」
「続きには入れませんよ!!アンナは一体どうなるんですか!」
うわ。そういや因律の眼の件がまだあったな。でもなー
「実はですね、俺も詳しくは知らなくてですね……」
「神なのに、ですか?」
「ガハッ!」
アンナが俺に実に素直な意見をぶつけてきたが、今まで一度も傷ついたことのない心核が傷ついた気がした。
「で、俺は詳しく知らないから今度はラファエルに聞こうかなとね」
「ラファエル様……ですか?」
「知らないのも無理はないよ。代替わりしてからまだ四十年も経ってないからね」
個人的にも聞きたいこともあるしね。
「ラファエルは力の調整がまだ下手くそだから結界張っとかないと周囲の生物が消し飛んじゃうからね」
と言いつつ、俺はアンナとロッドの周りに万物隔絶結界を構築する。
ロッドとアンナの顔がこの結界を見て青ざめているが、あいつも鍛えればこんな結界程度作れるんだけどな。
「今から、呼ぶのですか?」
「あぁ、ちょっとあいつの所に行ってくるわ」
ラファエルの仕事部屋に通じるゲートを開き、俺は入って行ったのだった。
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