道《6》
動く影。
醜いブタ、もといこのクソ監獄の所長の耳障りな悲鳴を聞いて、一瞬出遅れたセイハの同僚らしい全身ローブの護衛達が、瞬時に武器を引き抜き現れた俺に向かって距離を詰めてくる。
一人は動かず、こちらに向かって来るのは三人。
まず一番初めに突っ込んで来た護衛その一が、俺の首元目掛け的確にダガーで斬り払ってくる。
俺は半歩身体をずらして初撃を躱すと、反撃にその一の肩を軽く薙ぐ。
相手の動きが一瞬鈍った瞬間側頭部に上段回し蹴りを叩き込んでやると、派手に吹っ飛んで部屋の壁にぶつかり、もたれかかるように崩れ落ちて動かなくなる。
次いで、護衛その二。
その一を隠れ蓑に忍び寄って来ていたソイツの放つ突きをデリンジャーのバレルで受け流し、反対の手の短剣で首筋を狙う。
が、俺が攻撃を当てる前に首元を防御する構えを見せたので、途中で短剣の軌道を変更し、胴を斬り払う。
短剣の切っ先が浅く皮膚を裂き、更なる追撃を、というところでしかし護衛その三が間に割り込み、俺の斬撃を防ぐ。
囚人どもとは違い、よく訓練されているようで連係に無駄がない。
コイツらには出し惜しみ出来そうもないので、俺は確実に攻撃を当てるべく、その三の片膝をデリンジャーで撃ち抜く。
パァン、と、火薬の炸裂する音。
幾ら強力な銃と言えど、急所狙いだけだと相手も割と銃口を見て回避してくることがあるからな。
その点、狙いを脚にしておけばそう簡単には回避出来ない上に、攻撃が当たると相手の機動力を大幅に削ぐことが出来る。
膝を撃ち抜かれ、ガクリと体勢を崩した護衛その三の顔面目掛け、俺は弾切れしたデリンジャーを投げつける。
その三は、片膝を突きながらも、顔に迫るものを見て反射的な動きで防御する――防御してしまう。
無駄な防御の隙を逃さず、俺は上からソイツの肩に短剣を突き刺して固定し、顎に思い切り膝蹴りを食らわした。
うわぁ、痛そう。
今の感触、顎砕けたな。
護衛その三は、蹴られた反動で後ろにひっくり返り、そのまま白目を剥いて倒れ、そして俺が胴を軽く斬るだけしか攻撃を加えていない護衛その二は――まるで糸が切れたかのように突如ガクリと膝から崩れ落ち、動かなくなる。
俺が使ったのは、状態異常スキル『睡眠』。
急所をガードされたとしても、どこかに攻撃さえ当たれば相手を状態異常にさせることが出来る。
胴を斬った時の攻撃が、効果を発揮したのだろう。
俺の配下になったデカブツ、ベヒーモスにはあまり効果がなかったが、アイツとコイツらは違うのだ。
我がペット程状態異常耐性の強い奴が、ポンポンいてもらっても困る。
「……その身のこなし、見覚えがある。貴様、食われたはずの囚人だな。何故生きている」
と、一人その場を動かなかった護衛その四が、しわがれた声で憎々しげにそう言う。
この声は……聞き覚えがある。
食堂でセイハと飯を食っていた時、彼女を呼びに来た男の声だ。
……顔を隠しているのに、身のこなしで俺が誰だかわかるのか。
多分、コイツもその道のプロなのだろう。
他三人が攻撃している時に一切動かなかったことから察するに……恐らく他三人が攻撃要員で、ヤツが防御要員、といった布陣か。
とすると、人数差的に考え、セイハは防御要員だと思うのだが……。
「何をしている仮面ッ!! あのゴミクズ野郎をさっさとぶち殺せッ!!」
「あ、で、ですが……」
――そのセイハはと言うと、固まっている。
俺が斬り落とした方の腕を押さえながら、額に青筋を浮かべて喚き立てる監獄所長の命令を聞き、ローブの下からダガーを引き抜いてはいるが、その切っ先は中途半端な方を向き、俺の方には向いていない。
恐らく、死んだと思っていた俺が生きていて、こうして現れたことで、混乱しているのだろう。
雇い主に命令され、なおこちらに武器を向けてこないということは……彼女は彼女で、葛藤してくれているのだろうか。
「……フン、やはり誑かされていたか。手が早いものだな、囚人」
「アンタらのお仲間にさせられているセイハが不憫でな。良識ある人間として、放っとけなかった、んだ!」
その言葉尻と共に、アイテムボックスの中から予備のデリンジャーを新たに取り出していた俺は、短剣をス、と耳の横に持って来てソレを弾く。
短剣に防がれ、コロンと床に転がったのは、ガラスのような透明なもので出来た短矢。
いわゆる、暗器という奴だろう。
言葉で注意を引いている内に、側頭部にズドン、といったところだろう。
正面にいる奴が放ったのだろう短矢が、何故横合いから飛んできたのかはわからないが……ま、魔法のある世界だ。何かしら方法があるのだろう。
だが、この身体は五感、特に目が非常に良いのだ。
ローブの下で腕を少し動かしたことも、袖口から何かが飛び出した様子も見えている。
本気で警戒している俺を、そう簡単に不意打ち出来るとは思わないことだ。
攻撃が失敗したことを悟るや否や、しわがれた声の男は瞬時に距離を詰めてくる。
突き出されるクナイのような暗器を身体をずらして回避し、そしてローブの袖から近距離で発射される短矢を短剣で弾く。
防御に使った短剣で、そのまま反撃に移ろうと一歩を踏み出すが、その時こちらの首筋に向かって何か――十中八九短矢だろうものが飛んで来るのが視界に映ったため、デリンジャーの銃身で弾く。
やはりコイツは、方法はわからないが短矢の軌道を自在に操ることが出来るらしい。
一発目はわざと防がせ、油断したところに二発目を確実に当てる、という攻撃だろう。
嫌らしい攻撃だな。
何と言うか、先程までの奴らと比べて動きが洗練されている感じがある。
俺がこの監獄で最も強いんじゃないかと思っているセイハと比べても、遜色ない実力だろう。
恐らく、この男が護衛達の隊長なのではないだろうか。
やられてばかりではいられないので、繰り出されるクナイを紙一重で躱してから、短剣を護衛隊長の太もも目掛け繰り出し、同時にデリンジャーの弾丸を腹部を狙って撃ち込む。
その一連の攻撃は、奴が斜め後ろに逃げることで両方とも避けられてしまったが……問題ない。
元より俺の目的は、距離を取らせることにある。
奴が後ろに回避した瞬間、俺は弾が無くなった二丁目のデリンジャーを投げ捨て、アイテムボックスを開く。
取り出したのは、三丁目のデリンジャーと、もう一つ――ここのところ大活躍の、シーツ君。
それを、バサッと大きく視界を奪うように広げながら護衛隊長に向かって投げ付ける。
「ぬっ……!!」
流石の反応速度を見せ、奴は俺が投げたシーツ君をクナイで斬り刻む。
だが、一瞬でも確実にこちらを見えなくさせることに成功した俺は、その間に分身を生み出し、自分自身は『ハイド』を発動して姿を隠しながら一歩後ろに下がる。
この『分身』と『ハイド』の組み合わせ。
初見殺しだが、意外と引っ掛かるのだ、これが。
案の定、シーツ君の向こう側にいるのがCPU操作に設定してある分身であることに気付いていない男が、そちらに向かってクナイで斬撃を放つ。
そのマヌケの側面に回り込んだ俺は、躊躇せず首筋に向かって短剣の突きを放った。
「ッ、何ッ!?」
驚愕の声を漏らす、護衛隊長。
姿は見えていなかったはずなのに、足音で違和感でも感じ取ったのか、俺の突きはすんでのところで防御される。
だが、もはや関係ない。
首筋を防御された短剣でそのまま肩を深く斬り裂き、片腕を使えなくさせる。
そこから続くのは、俺の一方的な攻撃である。
こちらの連撃に対し、護衛隊長はもう片方の腕だけで必死に防御を続けているが、防御にしか意識が向いていない。
攻撃のための防御は先がある。
だが、防御のための防御は先がない。
特大の隙を晒し、片腕をやられるという重いハンデを負ってしまったコイツは、防御のための防御しか出来ていない。
一つ、二つ、三つ、四つと、将棋の詰めのように逃げ場を無くしていき、動きの自由を奪っていく。
「クッ……!!」
――そして、とうとう俺の短剣が、男のまだ動いていた方の肩に突き刺さる。
動きが固定される。
「お疲れ。じゃ、死んでくれ」
晒されたその喉元目掛け、ゼロ距離で俺は、デリンジャーの引き金を引いた。
火薬の炸裂する音が鳴り響き、ブシュウ、と血を弾けさせ、護衛隊長は表情に驚愕を張り付けて後ろに倒れて行き――絶命した。
「なっ……何をしている、仮面!! 早く、早くアイツをどうにか――」
俺は、フゥ、と一つ息を吐き出すと、アイテムボックスから最後のデリンジャーを取り出し、未だ喚き続けるクソブタの額に向かって、まるで流れ作業のような適当さで弾を撃ち込む。
再度の火薬の炸裂音が室内に響き渡った後、刹那遅れて額に穴を空けたクソブタは、ドシャリと床に倒れ伏した。
――全ての敵を排除した俺は、そこでようやく、セイハの方を見る。
彼女は、ダガーを握っていた腕をだらんと下に垂らしており、敵意は一欠片も感じられない。
現在は仮面を付けておらず、彼女のものだろうそれが地面に転がっており、その神秘的なまでに美しい顔を惜しげもなく晒している。
俺もまた、顔を隠していたシーツの布切れを外し、彼女へと顔を見せる。
「よ、セイハ。久しぶり――って程でもないな。ちょっとぶりだ」
未だ事態がよく呑み込めない様子で、ただじっと俺を見ていたセイハは、ポツリと呟いた。
「……幻覚、ですか?」
幻覚て。
相変わらずちょっと面白いセイハに、俺は少し笑いながら口を開く。
「幻覚じゃないさ。何なら触って確かめてみるか?」
冗談のつもりでそう言った俺だったのだが……セイハはダガーをローブの内側にしまうと、ピト、と俺の顔に両手を当てる。
滑らかな、心地の良い手の感触。
まるで壊れものでも触るかのように、優しく、そっと俺の顔に両手を這わせる。
しばらくして、彼女は俺が本物だと理解したのか、その手を下ろす。
「本当に……生きていたのですね。あの魔物に食われ、死んだのかと……」
「あぁ。食われたように見せかけたんだ。ああしておけば、皆俺が死んだと思うだろうからさ」
ま、これで全ておじゃんだがな。
だが、後悔はしていない。
やりたいことを、やり切った。
むしろ、こう……清々しさすらあると言えるだろう。
そして俺は、口元を少しだけ笑みの形に変え、仮面の少女に向かって言った。
「――な、セイハ。俺と来ないか」
その俺の言葉に、彼女は嬉しいような、それでいて泣き出しそうな、複雑な感情を感じさせる表情で、キュッと口を結ぶ。
「俺は、セイハと外の世界に行きたい。一緒に、ここを出ないか」
「私は……私は、犯罪者です。人を殺し、悪人を守り、生きてきました。きっと、この監獄の中でも大罪人に含まれるでしょう」
「あぁ、俺もだ。今二人殺したし、そもそもこの騒ぎを起こした張本人だ。恐らく怪我人も死人もたくさん出てるだろうな」
「……それに……私は、忌むべき存在です。傍にいるだけで不幸が訪れると言われるような、そんな存在です」
「悪いが俺は、宗教とか風習とか、そういうのはめっきり信じてないんだ。無神論者でな」
あ、けど、俺をゲームの身体にして転生させてくれた神がいるなら、崇め奉ってもいいだろう。
転生した理由も、いったい何が起こってこの世界にいるのかも、全くこれっぽっちもわからないが……俺のこの身体は、恐らく何者かによって手が加えられている。
説明不足も甚だしいが、とりあえず便利な身体にしてくれたことだけは、感謝したいと思う。
いや、何もわかっていない以上、もしかするとその存在に嵌められてこの世界にいるのかもしれないのだが……何となく、本当に何となくなのだが、『ソレ』は悪い存在ではないという直感があるのだ。
だから、『ソレ』に対してだけは、感謝と共に崇めてもいいと思うのだ。
「何だ、セイハは、俺と来るのが嫌なのか?」
そう、ちょっとずるい聞き方をすると、彼女は食い気味で言葉を返す。
「そんなことは! そんなことは、ありません。ただ……」
だが、尻すぼみで声が小さくなり、そして最後は消えてしまう。
躊躇するように、自分は望むことをしてはいけないのだと言い聞かせるように。
…………。
「――セイハ。お前は、どうしたいんだ?」
ただそれだけを問い掛けると、彼女は一粒だけ涙を流し、俺を見上げる。
様々な思いが渦巻いているのだろうことが容易に窺える表情で、しばし口を開けたり閉じたりを繰り返し――そして彼女は、胸の奥底から絞り出すようにして、言った。
「私は――私は、あなたと、いたい」
彼女の言葉に、俺はニヤリと笑みを浮かべた。
「なら、話は決まりだ。――というか、そもそもの話、ついさっきセイハの雇い主を殺しちまったから、今のままじゃあ、どっちにしろ職無しだぜ?」
「……フフ。えぇ、そうでしたね。でしたら、責任を取って、私を雇っていただけますか?」
「あぁ、大歓迎だ。雇用条件に関しては、今後二人で詰めていこうか」
「私を、ずっと、傍に置いてくださるのなら、どのような条件でも構いません」
「そうか? なら、お前を必ず傍に置くってことを第一条件に据えるとしよう」
そう言って、セイハの頬の涙をそっと指で拭うと、少女は奥底から滲み出るような、とても綺麗な微笑みを浮かべる。
俺も笑って、床に転がっている仮面を拾い上げ、彼女へと渡す。
彼女は両手でそれを受け取ると、自身の顔へと宛がった。
「それじゃあ、行こうか」
「了解しました、ユウ様――マスター。この身は、あなたと共に……」
次話から脱獄後の話が始まります。
ちなみに、ここまでがプロローグです。
ようやく脱獄してくれたよ……。




