道《5》
――あぁ、死んでしまった。
「クソッ、何でこうなった!! おい、あの魔物をとっとと殺せ!! 調教師どもはどこに行った!?」
「む、向かった調教師はすでに食われました!! 他の者は、自分達の手に負えないと、観客に混じって逃げ出してしまい……」
「チッ、役立たずどもが……何人掛けてもいいから、とにもかくにもあの魔物をぶっ殺せ!! このまま市街に逃がそうものなら、私もお前達も、全員首が飛ぶぞ!! 物理的にだ!! 囚人どもも、さっさと黙らせろ!!」
自身の主人である醜悪な貴族が、苛立ちを隠しもせず部下に怒鳴り散らす様子を、遠い世界の出来事のように感じながらセイハは、一人物思いに沈んでいた。
あの、人の良い、この監獄にいるのが似つかわしくないような黒髪の青年。
笑うということ、愛おしいということ、今まで感じたことのない感情を味あわせてくれた人。
彼と共にいられた時間は、自身の生の中で感じたことがないくらい楽しく、温かかった。
だが――死んでしまった。
まるでゴミのように、何の意味もなく、死んでしまった。
もう、彼とは会うことも、会話を交わすことも出来ないのだ。
彼と過ごしたのは、数日。
時間にすれば、試合を含めたった数時間といったところだろう。
そんな、本当に短い間でしかなかったが……感じるのは、激しい虚無感。
まるでぽっかりと胸に穴が空いたかのような虚しさが全身を支配し、知っていたはずの世界の無常さに、ス、と心が急激に冷えていく。
暗く、重く、感情が奥底へと沈んで行く。
これ程までに、彼の存在が自身の中で大きくなっていたとは、我ながら思ってもいないことだったが……気付くのが、遅過ぎた。
――いったい、自分は、何をしているのだろうか。
まとまらない思考で、ただぼんやりとその場に佇んでいると、その様子が癪に障ったらしい。
「何をボーっと突っ立っておる!! どいつもこいつも、ここには役立たずしかおらんのか!!」
「ッ……」
雇い主の貴族に、バシンと、頬を叩かれる。
いつもなら、同時に顔を背けることで衝撃を殺すのだが……やはり、意識が散漫になっていたらしい。
叩かれた拍子に仮面が外れ、この監獄に来てから誰にも見せていなかった――いや、あの黒髪の青年以外に見せていなかった素顔を、晒してしまう。
顔を、見られる。
「き、貴様ッ、忌み子の類かッ!! よ、よくも黙って私の近くにいやがったなッ!!」
恐れと怒りが半々くらいの表情を浮かべ、そう怒鳴り散らす雇い主だったが……しかし彼女の顔を見て、今度は欲望を丸出しの、気持ちの悪い笑みを浮かべる。
「フン……だが、それなりに顔立ちは整っておるな。いいだろう、私は寛大だ。これからも私に尽くすのならば、これまでと変わらずに重宝してやろう」
そう言って、セイハの胸へと腕を伸ばしていく雇い主の醜悪な貴族。
「…………」
自身のことを嬲ろうとするその腕を、彼女はただ、他人事のように眺め――。
雇い主の腕が、セイハに触れる前に中程からズ、とずれ、地面に落ちた。
「へ? ――ヒッ、ヒギャアアアッッ!?」
刹那遅れ、ブシュゥ、と雇い主の腕の断面から激しく血が飛び散り、耳障りな悲鳴が部屋に響き渡る。
そして――いつの間にか、腕を無くした雇い主の背後に立っている、長い布で顔を隠した、何者かの姿。
「よ、セイハ。誘いに来たぞ」
「えっ……」
まるで普段と変わらないような、散歩でもしているかのような、そんな穏やかな声が、彼女の耳に飛び込んでくる。
――この声は、そんな、馬鹿な。
ドクンと、心拍が跳ね上がる。
目を見開き、その何者かの姿を凝視する。
侵入者を目視した時点で、普段ならば身体が勝手に迎撃に動き出すのだが……その時ばかりは自身の身体は全く動かず、ただ耳に残っている声を、頭の中で何度も何度もリピートさせる。
――その声は、食われたはずの青年のものだった。




