8位目
「ガロンガル……ガロンガルね」
3世帯以上3千人以下で構成される共同体、村。極端な話、一つの洞窟に3組の家族が暮らし、周囲の獣や木の実などを採って暮らしているだけでもそれは一つの村と見なされる。世帯、あるいは家族の条件は繁殖出来ること、だから最低でも男女一対の組み合わせが3つ必要だけど。
さて、村と呼ばれるものが成り立つにはいくつかの法則がある。
多分一般的なのは、僕が『開拓村』と呼んでいるものだと思う。これは近くの街や町から、新しい土地……畑や鉱山を開拓するために開拓するために送り込まれた人夫達が生活するために形成される物で、現在もあっちこっちで少しずつ増えている。
次に『宿場村』。これは要するに交易路途中に出来る村々で、宿とか倉庫とか馬屋さんとかが住人の殆どを占め、ノークンラダルまでの間にある12の村々のうち7つがそれに当たる。というか街道にある村とかはだいたいがそうだ。逆に、そのうち5つがもとからあったからこそここに街道が出来たとも言えるかもしれないが、そこまでこの街道の歴史が詳細にされてるわけじゃないのでわからない。
閑話休題。
それで、多分今でも一番多いのが『避難村』と『再生村』だろう。街道にある残りの5つも基本的にそうだ。魔王が世界を滅ぼしたときに、襲撃から逃れるために方々の村や町に住む人々が三々五々に散って別の場所に村を作り直したものや、またそうして出来た廃村に人が戻ってきて作られたものを僕はそう呼んでいる。未だに国に登録されていないものや、発見されないまま滅んだものもあると言われているし、実際時折発見されたりもしている非常に怪しいものだけど、基本的に人の住んでいる数以外で村、街、都に高下無しと言うのが国の法なので、公的にはこういった呼び分けはされない。されないけど……住んでる人たちがどう思っているかと言うとまたちょっと違う。なんてったって彼らには『魔王が世界を支配した時代を勇者とともに生き抜いた』という自負があるのだ。
そして厄介なことに、勇者が万が一のために残したと言う『魔宝』を持っている。
つまり彼らに言わせると『行政の整備だかなんだか知らないが魔王が滅んだ後に出来た国なんぞが、勇者様に認められた村である俺達より偉いとか税を取るとかどういう了見だ。ああん? 力任せで言うこと聞かせようとか思うなよ? 勇者様から授けられた魔宝があるんだぜこっちにはよぉ!』となる。
僕が……というか彼女を含めた僕らが赴任する『ガロンガル』も、そんな村の一つだ。彼女はその辺のことをちゃんとわかっているんだろうか。あまりにも荷物が少ないんだが……身なりに気を使ってるし、案外小金持なのか。
「ええと、ガロンガルはこの地図だとこの辺だね。街道から外れて2日ほど歩くことになるけど」
「え?」
「……え?」
え? ってなんだろうか……いや、想像はついてるけどあんまり認めたくないと言うか。なんか聞いたら不味い気がすると言うか。
「あ、もしかして村の方からお迎えの方が来てくれるんでしょうか」
「いや、普通しないと思うけど……事前にお願いしたの?」
彼女はフルフルと首を横に振った。
たとえば何らかの職人さんの弟子として見いだされて、向こうに頼み込まれて呼ばれて行く場合とかはそういうこともあるけど、僕の知る限りガロンガルにはそういった特殊な職人が暮らしていると言う話は無いし、そういった特産品のたぐいも無かったと思う。何人か猟師がいる普通の農村だ。もしかしたら一寸だけ林業を始めたとか、家具職人が現れたとかそんな話があったかもしれないけど……この子家具職人には見えない。そういう服装じゃない。例えば……医者見習いとかなら、まあそういうこともあるだろうか。
「あ、でも私先生なんです。大切なお仕事だし、きっと」
「へぇ、教師」
「ええ。私、自慢じゃないですけど成績は良かったんです。友達にもよくわからないところを教えて、って頼まれて。体力はそれほど無いんですけど」
「そうなんだ」
それだと間違いなく迎えは来ないな。と言う言葉をとりあえず飲み込む。
まぁ、街規模なら確かに大切な仕事だけどね。村の教師、と言うのはまたちょっと……その、違うものなんだけど……気付いてないんだろうなぁ。この子が世間知らずなのか、それとも誰かの陰謀か、はたまた一年留年したせいで僕が詳しくなっただけでこれが標準なのか。依り代に鍬を選んでるだし、なにもわかってないわけじゃないと思ってたけど……もしかして偶々なのか。
はっきり言って、僕らのように暮らしていた街を離れて出稼ぎに行く場合、避難村・再生村の教師と言うのは最も避けるべき最低の職業だ。というか、そもそも避難村や再生村に赴任すること事態を全力で避けるべきだろう。僕の場合は下心ありであえて選んだのであって、彼女のように誇らしげに語ることでは絶対ない。理由はちょっと考えればわかると思うけど、凄まじく排他的だからだ。特に教師なんて言うのは、勇者とともに生き抜いた誇りたかき村の歴史に外からのものを持ち込んでめちゃくちゃにしようとする敵以外の何者でもない……とか思われていることだろう……っていうか思われている。
この子の面倒、本気で見ないとまずいんじゃないか。