7位目
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乗ってきたのは同い年くらいの女の子だ。手には……僕の鍬じゃないか? あれ。だとすると一個下で僕と同じようにここを旅立つ人間か。地精霊の上に女の子とは珍しい。とりあえず馬車全体の空気がお通夜じみてるし、ここはちゃんと挨拶してこの空気を払拭しなくては。
「そうですよ。御者の方は、馬の世話をしていると思います」
「わかりました。ありがとうございます」
もちろん馬の世話をしてるなんて見ればわかるだろう。実際は用を足しに行ってることを示す隠語である。そんな僕の言葉に納得したのか女の子は馬車に乗り込み、僕の正面に座った。つまり荷台の一番奥、御者さんが戻ってきたらすぐに声をかけられる場所だ。木箱に座って両足でがっちり荷物を挟み込んでいる。
しかしこれだけ丁寧に対応したのに、なんで他の乗客は一々僕を見て息をひそめたり、彼女を見て痛ましそうにひそひそ話したりするんだろうか。さっぱりわからない。彼女、どこか変だろうか? どちらかと言えば人好きする容姿だと思うんだけど……せっかく正面なので少しじっくり観察してみる。
淡い茶色の髪は肩まで伸び前髪が額の上で一つに束ねられていて、目は細められているが優しげな弧を描いていることとあわせて、可愛いとか美人と言うより親しみやすい印象が強いだろうか。目鼻立ちは凡庸だけど部品が小振りで、肌の色が淡く頬が薄ら色づいてるのもそういった印象を強くしているかな。
服は僕と同じように外套を羽織ってはいるけど、前を開いているし地が濃紺なのにさりげなく青い糸で模様を編み込んでいるようだから半分はお洒落的な物だろう。履いているのは多分なにかの植物の蔓で編まれただろう濃い緑色と茶色の靴、靴下は薄い生成り色の物を膝の上あたりで暗い赤の紐で結んであり、外套より淡い紺のスカートとの間に覗く肌がまぶしい。上衣は清潔感のある白い物で、胸元には靴下と似た色の赤い飾り紐が結ばれている。赤と言うより臙脂色か? 派手さは無いけど、さりげなく気を使ってる感じがする。
「なにか?」
「ああいえ、その箱、中が空いてますから荷物を入れられますよ」
ああ、いきなりじろじろ見られたら不快にもなるか。っていうか見すぎた。とっさに口から出たにしては、中々まともなことを言ったと思うけど……
「そうなんですか。お気遣いありがとございます」
「いえ」
しかし彼女は荷物を箱に入れようとする気配はない。多分、見てたことを誤魔化そうとしたのが看破されたわけではなくて、あの荷物の中には財布も入っているんだろう。だから御者さんが帰ってきたときに備えて荷物をしまわないんだろうことは想像に難くない。だよね?
しかし固いな。これでは周りからの恐怖の視線を払拭するのも難しいような。なんとかしてもう少し会話を広げた方が良いかもしれないな……でもどんな話題を?
「あの?」
「はい?」
悩んでいたら女の子の方から話しかけてきた。
「もしかして貴方も、今日が旅立ちなんですか?」
「ええ。貴女もそうなんですよね」
「はい、ああ、やっぱりそうだったんですね。それがあるからそうなんだとは思ってたんですけど、あまりにも、その、恐ろしげな雰囲気があったので」
「はい?」
「いえ、ごめんなさい。でも同期の人がいてほっとしました」
「ええーと……どうも」
突然馬車全体の空気が弛緩した。『それ』っていうのは、彼女と同じように僕が抱えている依り代……精霊が宿る道具のことで、『そう』っていうのは多分成人して旅立つ人間って意味だろう。はっきり言って見たままのことだ。彼女はそれを確認しただけなのに……僕、なんだと思われてたんだろう? もし彼女もまたそうなのだとわかって緊張が高まると言うなら、彼ら皆が精霊を連れている人間を恐れているのだとも思えるけど、むしろ逆に空気が弛緩したのだし違うのだろう。やっぱり僕個人が見た目で怖がられてて、今の会話の何かが理由で警戒が薄れたと言うことだろうか。
そんな僕の疑問をよそに、どうにも僕を避けるように端によっていた乗客達が少しずつ席に余裕を持ってすわり始める。まあいいや。とりあえずぴりぴりしたまま過ごさなくていいならそれで。
「それでなんですけど」
「うん?」
「どこに行くんですか?」
……この子、ちょっとダメな子かもしれない。色々言葉がは足りてないと思う。
「えっとさ、話をするのは良いんだけど」
「はい?」
「こういうときって、先にお互いの名前を知るべきじゃないかな。いちいち貴女とかだと味気ないと思うんだ」
ノークンラダルまで途中12ヶ所の村に寄って、ほとんど三日掛けて移動するのに、その道連れに名前を名乗らないではいられまい。こうやって会話をする気があるならなおさら。その点考えても、他三名の人生の先輩ともいえそうなお客樣方は何を考えて僕を避けていたんだか……
ふと気になってそっと目をやると、なぜか目をそらされた。逆に言えばこっちを見ていたんだよね。うーん?
「とりあえず僕はイル・ヴィスコ……いや、今日からただのイルかな」
「私はヴァクシャサです。ただの……いえ、ヴァクシャサ=ヴァクシャサヴォナでしょうか」
「なるほど、そういう名乗り方もあったのか」
「女ですから。それで……」
「ああ、僕がどこに行くのかだっけ?」
そういえばと思って確認を取ると、静かにうなずかれた。良かった、自意識過剰とかだったらどうしようかと……なんでそんなこと気にするのかさっぱりわからないけど。
「ノークンラダルの2つ先の村だよ。そこで働くことになってる」
「そうなんですか? 私もその辺ですよ! 細かい場所はノークンラダルで地図を見ようと思ってるんですけど」
「村の名前ちゃんと覚えてるなら、そっちの人たちに聞くと良いと思う」
「……地図持って無いんですか?」
「持ってるけど……」
なぜかちらっと他の乗客に目をやって、すぐに僕に視線を戻した。
この子、やたら僕に話しかけてくると思ったけど、もしかして大人が怖いんだろうか? ますますダメな子っぽい匂いが……ちゃんと働けるのか? 任地でも同い年の人間はいるだろうけどみんな成人したてで自分のことに必死だし、既に派閥とか個人のつながりも出来てると思う。ここで僕とつながりを持ててもそこにはいないのだし、もっと外に目を向けて社交性をつけないと。
「じゃぁ見てくださいませんか? ガロンガルっていうんですけど」
前言撤回。そこに僕はいた。




