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 いや、意地というのも違うな。これは単なる未練だ。

 ひたすら担架を引きずって歩きながら、僕は自分自身を振り返って行く。


 物心ついた時僕の世話をしてくれていた兄さんと義姉さんは、すでにお互いのものだったように思う。両親は次々に生まれた弟二人にかかりきりで、とても僕のものとは言えなかったし、それどころか3年もしたら弟たちの世話は僕がすることになり両親は旅に出てしまった。ちなみに旅先で妹が生まれたそうな。呆れるばかりだ。

 別に僕は、両親が弟たちに取られたとか、妹に取られたとかは思っていない。と思う。

 もちろんそういう時期があっただろうことはわかっているけれど、どうしても僕の記憶がある限りであの人たちが僕のものであった期間が無かったからだろう。普段はぼんやりしたところがある弟たちが、両親がいなくなった時に限って癇癪を起こして大暴れしたし、妹ができたという手紙がきた時は塞ぎ込みもした。その世話で忙しかったのも大きかったんだと思う。それに正直な所をいえば、両親の顔はよく覚えていない。どちらかといえば、そんな両親の旅に連れまわされてる妹が不憫で、健やかに育つことを祈るばかりである。

 まあそれはさておき、弟たちの世話がひと段落して少しばかり解放されるかと思った頃に今度は姪が生まれた。また僕が世話係だ。しかも姪に構い過ぎると弟たちが拗ねるし、弟たちに構ってると姪が泣く。実は、これはちょっと嬉しいけど……結局両親のことを考えてる暇はあんまり無かった。

 義姉はしっかりした人だったから、僕が着る兄からのお下がりにはいちいち名前を縫い付けてくれてたし、胸元や袖元に色帯を縫い付けてくれたりとちょっと手を加えてくれたりもした。だけど、それはすぐらはすぐに剥がされて今度は弟たちのお下がりにもなってしまったし、弟たちは二人とも年が近かったから時々服を買ってもらっていたりもした。姪は女の子だったから基本的に新品だったし。

 今着てる外套が、僕の知る限り初めて『僕に』買ってもらったものだ。義姉が、就職記念に買ってくれた。


 こんなの、くだらない僻みだとはわかってる。

 だけど、だから、僕は僕だけのものに憧れを持っている。

 弟たちに譲ってやった代わりに自分で作った木製の食器じゃ無い。

 必要だったから煙突掃除の代行を請け負って稼いだお金で買った鍋でも無い。

 後で剥がされたけど義姉さんが服に縫い付けてくれた色帯の切れ端。姪が僕の気をひくために摘んできた白詰草で作った雑香ポプリ。僕にとって大事なものっていうのは、そういうものだ。

 僕が選んだものじゃ無い。誰かが僕に選んでくれたもの。僕を選んでくれるもの。


 だから、ずっと精霊の館に通っていた。

 街から外に向けて旅立つ者に与えられる、絶対の相棒。

 童話にあった、人の道を照らすもの。

 他の誰でも無い、僕のもの。


 不健康で不純な僕の未練。細い金属の筒を三つ連ねた少し大きな耳飾り。あの館の風精霊の部屋で多くの風精霊に好評だった鈴。相棒 ジスコの依り代として長い時間をかけて用意したもの。これのために耳に穴を開けたりもしたな。

 当然、ジスコを選べなかった今となってはいらないはずのもの。

 割といい細工だとは思うし、潰して売っても1日の食事代くらいにはなるだろう。銀だし。

 けど、僕はそれをしまいこんでいた。売りもせず、使いもせず。ただ荷物の奥に。


 それじゃ何の意味も無い。


「っあ!?」


 足がもつれて、つい膝をついてしまう。慌てて後の様子を伺うと、ヴァクシャサはまだ寝ているようだった。

 ほっと溜息をついて、荷袋を探る。水筒をと思ったのに、出てきたのは小さな木の箱だった。

 中にはジスコの為の銀鈴が入っている。もう、覚悟を決めろということか。


「ぅく……」


 耳に開けた穴に銀の針を通す。少し冷たくて、重い。あとちょっと痛い。

 だけどシャラシャラと鳴るそれが、今一番必要な助けを呼んでくれる可能性が高い。ジスコという名前も、風精霊も、この依り代も、使いたく無いなんて言ってる余裕は無いんだ。


「頼む……誰か来てくれ……」


 祈る。人の言葉で。

 当然精霊相手には何の意味も無いことだ。そんなことしてる暇があったら足を動かさなきゃいけない。アステラが坑道を見つけてくれたとしても、そこまで歩いて行くのは僕の足だ。立ち止まってる時間は無い。

 だけど、祈る。目をつぶって、両手を組んで。助けてくれと。

 精霊には僕の動作の意味はわからない。

 精霊には僕の言葉の意味はわからない。

 誰にも僕の心の声はなんか聞こえない。

 意味が無いことだけど。もしここに、それに答えてくれる存在がいたのなら。

 そんな奇跡があれば。



 ふわりと、風が頬を撫でた気がした。



 誰かがクスクス笑うような、そんな音にそっと目を開く。そこにいたのは一片の精霊。

 青い透き通るようなその身を、女人と同じような姿形に構成した精霊。

 小さな顔にこぼれそうな目、右の耳を出すようにこめかみから後ろまで編み込まれてそのまま流された髪型。小さいながらも美人を象ったものだとわかるその顔。

 若さんそっくりな水精霊が、目の前にいた。


「いや違う、君じゃ無い」


 思わず漏れた本音に驚いたような顔をされたけど、これは僕が悪いんだろうか。

 悪いんだろうなぁ。

いつも読んでくださってありがとうございます。

ここのところ遅刻が多くて申し訳ありません。

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