18位目
「だいじょうぶ、か……?」
問いかけに、返事は無い。ぐっすりと眠っているのならいいが、単にぐったりしている可能性もあるのが怖いところだ。自分の不器用さを直視するのは情けないが、即席で作った担架はお世辞にも寝心地がいいようには見えない。
というか、非常に悪そうに見える。
引きずっても道の凹凸でガタガタしないようにと考慮して残したはずの枝葉は、ひたすらガサガサうるさい上に埃を巻き上げるしあっちこっちの下生えやらなんやらに引っかかる。しかもたいして緩衝材としての役割を果たしてないから結局ガタガタするし、やたら重いから僕がふらつく。これでよくもまあ面倒を見るなどとほざいたものだ。
(頼むぞ……アステラ)
当然、旅程の消化速度は予定の半分程度だ。それでも、炭鉱跡の坑道さえ見つければ、今日の夕刻にはガロンガルにたどり着けるかもしれない。そう思えば、この旅始まって以来の相棒に対する期待と祈りにも力が入ろうというものだ。
そう、現在僕は地精霊 と別行動……というか、アステラに先行してもらって後から追いかける形になっている。街道から外れて廃村の奥の森を女の子と二人、いざという時に力になってくれる契約をした精霊と離れて昨日出会ったばかりで何を考えてるかわからない精霊を連れて歩く。
あまりにも危ない橋を渡っている……そういう自覚はある。
森の中で何かの獣に襲われることもあるし、廃村になって長いあの場所を拠点にしている盗賊団などがここらをうろついている可能性もある。この角灯のなかの火精霊が、気まぐれで僕らをまとめて焼き尽くす……そんなことだってありえる状況で、それらすべてに対処できる一番大きな可能性であるアステラが近くにいない。これはとても致命的な事態だとわかっている。なんのために旅立ちの館でアステラを選んだのか。
だけど、他に選択肢が無い。というか、思いつかない。
「帰れたら……いいんだけどな」
ぽつりとこぼした言葉に、やはり返事は無い。
1つ前に休んだ村、あるいはノークンラダル。いっそ、自分たちの家。そういうところまで帰れたら、本当は一番いいんだと思う。
だけどそうはいかない。まず路銀が尽きているので、街道に出ても馬車に乗れない。あるいは乗せてもらえても薬師にかかる金も宿を取る金も無い。よしんばそれら全てを貸してくれる人があったとしても、それを返すために働くあても無いし、教師の仕事で返そうと思ったらいつになるかもわからない。その場でなんらかの仕事について働くという手もあるかもしれないが、そうしてガロンガルへの到着が遅れ過ぎれば国からの査定人が来て判定に落第とつけるだろう。
そうしたらせっかく得た仕事がなくなり、新たな仕事への紹介も厳しくなる。たとえどんなに最悪な仕事でも、仕事は仕事だ。できれば手放したくは無いし、彼女の場合はそれに生活をかけている部分もあるだろう。
したがって僕らに退路は無い。進むしか無い。
それで死んでしまっては元も子もないのだとは、わかっているのだけど。
仕事に命をかけてるわけじゃ無い。
仕事をすることに、生産性のある生き方をすることに、あるいは今日まで育ててくれた誰かに恩を返すために命をかけようとしているのだ。
……やっぱり間違えてる自覚は、ある。
僕の意地に、勝手にこの子を重ねて無茶に付き合わせてるような気もする。
たとえこの意地がこの子の願うところと一致したとして、面倒を見るっていうのは無茶に付き合うことじゃ無いとも思う。
どうあったって、結局出直せと言ってやることが一番正しかったんだろう。今更だけど。
結局悩んだって、僕には進む以外の道は見えないのだから、これ以上悩むのはただ不健康だ。行こう。
「しかし……この音じゃやっぱり無理か」
さしあたっては風精霊だ。アステラが坑道の入り口を探してはくれているが、見込みは薄い。どうやらアステラには地面の穴が理解できないらしいのだ。うさぎの巣を見つけた時も、あくまで地面の中に動くものがいるのを見つけたのであって、その巣穴の入り口を探したりするのは僕の仕事だった。
確かに山あり谷ありの大地を前にしたら、坑道もうさぎの巣穴も虫に噛まれた程度のことなのかもしれない。昨日、足を蟻に噛まれたって? 毒がなくてよかったなぁ。ところでどこを? と聞かれて答えられないようなものだ。少なくともアストラはそういうおおらかな性格なんだろう。なんか盛大に間違ってる気がしなくも無いけれど、そういうことにしておこう。深く考えてもやっぱり精霊のことはよく分からない。
今はとにかく風精霊だ。
それがあの風精霊 の個性だったのか、風精霊自体の個性だったのかはわからないが、ジスコは穴を探すのが得意だった。細い筒の口に息を吹きかけると音が鳴ることと、多分関係があったのだろう。それで作った笛をとても気に入ってくれて、会いに行くたびに妙な音を繰り返して歓迎してくれた……多分。
それに服や荷袋に穴が空いているのもすぐ見つけて指摘してくれた。指摘方法は穴をくぐり抜けることを繰り返す、というものだったから単に遊んでいたのかもしれないけど、そういうのを見つけるのが得意なようだった。
ようだった、かもしれない、多分、だろう。
そも、すがりつけるものが他に無いのだけど。
「なら、くだらない意地を張るのは、やめるか」
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