17位目
「……ん」
天幕越しに日が昇ったのが感じられた。少し寝過ごしたみたいだなと、寝起きでぼんやりした頭で考える。多分アルファートと、腕の中の何かの体温のせいだろう。何か、何か、何か? 何かってもちろんヴァクシャサだ。それ以外には無いだろう。いやしかし寝心地がよかった。うちの弟たち や姪っ子 に匹敵する。可能なら毎晩でも頼みたいくらいの寝心地の良さだった。
彼女が顔を真っ赤にして汗に濡れながらはぁはぁ荒い息をついてなければ。
「よく寝た、とか言いたいところだけど……これは……」
時々、自分で自分が馬鹿だと自覚することがある。
それはつまり、仮にも成人して一年以上の時を過ごした男が、仮にも成人したばかりの女と同じ天幕の中で寝ている上に、その女を抱きしめていることに起因する倫理的な問題を全く考慮できていないから……なんかではない。
ちょっと考えてみるといい。
一年以上準備していた成人男子。それ以前は学校に通いながらほぼ毎日街外れの屋敷まで走って行って、精霊の住まう部屋の整備をしていた。掃除や洗濯から始まり、薪を割って火にくべ熱気が溢れる煙突を掃除し、そうかと思えば部屋の換気のために半日手漕ぎの風車を回し、あるいは水の入った瓶を片端から持ち上げて洗い雑巾で拭いて水気を切り、鍬を振り回して畑仕事まがいに精を出し、大理石だか何だかの重たい石板を数十枚磨きあげる日々。
そんな僕と、普通の孤児院で普通に暮らしていた普通の女の子。もちろん、一般家庭の一般的な子女と、孤児院のそれでは多少開きがあるかもしれないけど、単純に男と女の体力差でもいい。
「おい、大丈夫か?」
「はぁ……はぁ……はぁ……ごほっ、げほっ」
一昨日寒空の下でまんじりともせず過ごし、昨日半日僕の旅程に付き合って歩みを進めた。欠片も僕と彼女の体力差を考慮に入れてなかった馬鹿な僕の旅程に付き合って、だ。しかも、理想と現実との間に揺さぶられた精神的な疲れもかなりあっただろう。そうなれば成人したての少女の体がどうなるかなど、わかっていてもよかったはずだ。
病臥。この場合は、まあ普通の風邪だろうか。
症状は、発熱と呼吸の乱れ。もしかしたら体のどこかしらに痛みなどがあるかもしれないけど、声が聞けないことには判断がつかない。まあ、ありふれた症状だ。清潔にして、栄養をとって、ゆっくり休めばすぐに良くなるだろう……本人が精神的に休まる環境であるならば。
「とりあえずやるべきことは……服を着替えさせて、何か食わせる。で、できるだけ早く村まで運ぶ……か」
最初の二つはいい。だけど、この子を担いで山越え……1日と半分、歩き続けるなんて、できる気がしない。寝る間を惜しんで休まずいられたとしても、たどり着けるのは明日の朝くらいだろうか。そこまで自分の体力に自信が持てない。彼女がしっかり休める場所に、できるだけ早く連れて行く。そのためにはどうするべきか。最初から答えはわかりきってる。鉱山跡を探し出し、そこを通り抜ける。
我ながら短絡的すぎる結論だけど、それしか思いつかない。
この際、病人を運び込まれた村側の感情とかは無視だ。まずは彼女を引きずりやすいように担架と……それから、不本意だけど助けてくれる風精霊を探そう。 いや、その前に着替えさせるか?
「おい、起きれないか?」
まあ無理だろうとは思ってるけど。実際、荒い息遣いが聞こえるだけで目も開く気配が無い。
えーと、清潔な布はまだあったかな。あとこの子の服は……僕の着せちゃえばいいか。昨日の晩干したのがあるし……うん、布はあるしとりあえず脱がそう。
彼女が包まっている毛布を開き、着込んでいる薄い外套をその上に広げる。着ている綴着は汗でぐっしょりと濡れ肌に張り付いていて、胸巻きが透けていた。下の短筒も同じだ。胸元の紐飾り を解き、上から順に脱がしていく。
熱のせいかうっすら赤く染まった肌がなんか艶かしい。大きいとか思うわけじゃないけど、なんか、なんだ? なんだろうこの感じ。義姉や姪で慣れてるつもりだったんだけど。いや。
「そうか、そうだよな。さすがに姪っ子とは違うよな……何だ、その、ごめんな?」
今更ながら3歳になったばかりの姪と同じに考えて服を脱がしたことを後悔した。何に謝ってるのか自分でもわからないけれど、とりあえず謝って作業を続行する。そう、これは作業。断じて妙齢の少女の服を脱がして体を拭くなどという行為では無い。病人を介抱するための一環として、環境を清潔に保つための作業。水精霊の部屋を黴から守るために雑巾で乾拭きするのと同じ。そういう作業。下着の上から布を巻いて、僕の服を着せて、布ごと下着を引き抜く。うん。そういう作業。
……深く考えるのはよそう。とりあえずこの服をまとめて洗濯して、それから担架を作らないと。
鍋に水を足して、竃にかける。よし、ちょっと煮立つまで頼むぞアルファート。それで桶に残った水に服を突っ込んで撹拌する。というかあの子、馬車初日からずっと同じ服着てないか? 同じ服が何着もあるのは珍しく無いけど、こんな上等そうな服何着も揃えられるのか? どうなんだろう。ああ、楽しそうだね水精霊。悪いけどしばらくそのまま回っててくれる? いい? いいんだ。ありがとう。
「アステラ、頑丈な枝を探すぞ」
天幕をたためないから寒い。というか、多分天幕は今日1日彼女の担架兼寝台に化けるだろう。これで僕まで風邪を引いたら笑えないな。急いで探そう、できれば先にたくさん枝葉がついてて引きずる時に緩衝材になりそうなやつ。
「あとは……風精霊か」
また腹の音で寄ってきてくれたりは……しないだろうな。
いつも読んでくださってありがとうございます。
当たり前のことですが、この世界でもよっぽどのことがない限り成人した男女が同衾するのは倫理的にアウトです。当然服を脱がせるのもアウトです。
運命共同体だろうとか看病のためだとか、主人公はそんなことを思っていますが、彼の男女の機微に関する倫理観は小学生以下です。あしからず。




