14位目
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鬱蒼と繁る木々がざわざわと蠢き温かみある夕日の光を遮り、下草を刈り取った地面は寒々しく足元から冷気が這い上がる。腰掛ける切り株は腰掛ける岩は、まるで日が当たったことがないみたいに薄汚れていて冷たい。
「え、えーと……それじゃあ『授業をするための授業』第一夜を始めます」
「よろしくお願いしますッ!」
どうしてこうなったんだろう……そんな疑問を抱きつつ、自作竃の火にかけた鍋をかき混ぜる。今日の夕食は、アステラが巣を見つけた兎を一匹まるまる使った煮込み鍋 だ。自生していた芋と人参、薬草も少々刻んだ。
……本当は近くに水場が無いのであまり水を使いたくは無かったのだけど、この期に及んでヴァクシャサが可愛そうだの丸焼きでは食べられないだのと言い出したのだ。普通の孤児院の食料事情を鑑みるに、どこの院にせよ大なり小なり家畜を飼い当たり前にそういうことをしてるものだと思っていたんだけど、その経験が無いのなら相当恵まれた場所だったんだな……等と心中深く納得していたら、良く煮込んで形が崩れていたら食べられるかも? とか言い出した。察するに孤児院でも同じことがあったんだろう。院長の苦労が忍ばれる。
あ、骨が剥がれた。味見味見。
「ん……塩気が欲しいな……でもあれは使えないし、こんなもんで諦めるか?」
「……イルさん?」
「夕飯だぞ、これ」
「そういう問題じゃありません」
「そうは言うけどなぁ……」
そもそも君が血抜きした皿をひっくり返さなければよかったんだけどね。というのはまあ今更言ってもしょうがないから置いておくとして、さてじゃあ何から教えれば良いものやら。僕は彼女より準備期間が長かっただけで、別に教師の経験があるわけでもないのだけど。
けどまあ面倒見るって言ったし、何も教えずただついて来いって言えるほどしっかりした教師像があるわけでもないわけで……まあとりあえずできるところからだな。
「そうだな、僕らが教える相手ってどんな人間かわかる?」
「教える相手、ですか? それはやっぱり、街の学校でやってたみたいに、5歳位からの……あ、でも農村とかならそのうえで仕事の手伝いが出来ないような小さい子とかですよね」
「うん、違うね」
僕ら街の人間を村に派遣する側の思惑はそれで間違ってないけど、実際そうはならない。
「僕らみたいなよそ者に、無垢な子供を預けたら何を仕込まれるかわからないだろ? 教わりに来るのは、仕事を覚えて自我の確立した十代が仕事の合間にだよ。下手したら年上だね」
そんな、何を言ってるかわからない……みたいな顔をしないでほしい。これが当たり前のことなんだから。
避難村に再生村、あわせて自称自治村 略して自自村 。行政的に言うとその実態は『賊徒の塒 』。
僕は以前ヴァクシャサにガロンガルの場所を聞かれて『街道を外れて二日歩く』と答えたと思う。まさに今がその一日目もとい半日目で、明日丸一日歩き、明後日の昼過ぎ頃に辿り着ける予定である。
そしてここは街道から外れた細道……等ではなく思いっきり森の中だ。細道からちょっと脇に逸れた……とかじゃなくて、ほんとそのままただ森の中。理由はきわめて簡単。
街道の側に村があると国に把握されるから。
いや、そもそも既に把握されているんだけどね。把握されたから少し街道から離れた森の中に村ごと移転して違う村だと言い張るのだそうだ。去年行った村で聞いたことには、街道の整備のために税金を徴収してるのが気に入らないんだとか、そんな金はないんだとか。実際にそこまで金がないのかといえばそんなわけはないんだけど、そう言い張っていた。あれは確かハルウルンの村とか言ったか。
再生村の中でも特殊な位置付けだったらしいけど、他の自自村から嫌われてるとか? なんかそんな話だったが自自村全体の名誉に関わるそうできわしく聞けなかった。まあその問題の根っこ部分とやらは僕に取ってもどうでもいいことだから聞かなかったわけでもあるんだけど。
あ、あと国に管理されてると思うとなんか嫌だとか、五歳の子供が言ってた。たんぽぽ並みに根が深い。
「年上の人に教えるんですか?」
「まあ、僕らが学校に期待してるものと、向こうが教師に求めるものが違うからね」
っと、これ以上煮込むと水分がもったいないな。そろそろ食べようか。
と言っても食器一人分しかないから、一つの鍋に一つの|叉匙 (先割れスプーン)と玉杓 を交代で突っ込んで食べることになるんだけど。ちょっと不便だし、後で木の枝とか削ってそれっぽいものでも作ろうかな。向こうに行ったら絶対追加の食器必要なんだし。
「ん」
「どう?」
「やっぱり塩気が薄いですね」
「だろうね。それで、学校……というか教育の価値ってやつの話なんだけどね」
うさぎの血が残ってればな……一回火を通して殺菌はしないといけないけど、骨髄と薬草と混ぜこんで調味料も作れたんだけど。美味しくできるかどうかはとても怪しいけど、少なくともちょとした珍味ではある。うん、惜しかった。
「学校ってなんのために行くと思う?」
「え、勉強のためですよね」
「いや。見栄だよ」
びっくりした顔。言う前に叉匙と玉杓を受け取っておいてよかった。落とされたらたまらないし。
「だって君、学校行かないで孤児院の先生にいろんなこと習ったんだろう? その上で卒業試験だけ受けて通った」
「それは、まあそうですけど」




