第26話「別れ」(第一部 完)
第26話「別れ」
「いいぞ怜花、やってしまえッ! 鬱陶しい亡霊どもを今すぐ細切れにして、その絶望の顔を俺に見せてみせろォッ!!」
床に崩れ落ちたまま、四天王・黒崎烈治が血を吐きながら狂ったように叫ぶ。その言葉に呼応するように、星崎怜花の細い指先から放たれる絶対零度の冷気が、ロッジの空間を激しく軋ませた。
だが、戦場にはすでに有瀬ゆめと空原レンが合流している。タイクーンの元で過酷な修行を積んできた彼女たちの支援と回復魔法【LIFE】によって活力を取り戻した裕也、桃華、如月るなの3人は、今度は一歩も引かなかった。
「これ以上、怜花をお前の道具にはさせない……っ! おおあぁぁぁッッ!!」
裕也が魂を絞り出すように絶叫し、自身の【P・Z】の重圧を限界突破させて前方へと展開する。空間そのものを力技でねじ伏せるような超重力が、怜花が展開していた闇の支配領域を正面から強引に中和し、力比べの均衡を内側から激しく引き裂いていった。
「いっけぇぇぇぇッ!!」
ゆめの【BOOST】のバフ魔法によって出力を極限まで引き上げられた神楽桃華が、黄金のオーラを燻らせて踏み込む。自身の心拍数を限界まで加速させた、渾身の【BEAT】の物理衝撃波が、空間の歪みごと怜花の防御を外側から派手に叩き割った。
「るなちゃん、今よっ!」
「まかせてっ!!」
るなが桜と星の紙吹雪を散らしながら【HOP(ホップ!)】で死角へと瞬間移動し、怜花の背後から容赦のない魔力の波動を叩き込む。裕也の空間支配、桃華の衝撃波、そしてるなの容赦ない奇襲が完璧な三位一体となって怜花を捉えた。
ドンッ!!!
激しい衝撃が走り、極限まで高まっていた闇のオーラを剥ぎ取られた怜花は、激しいダメージを受けてその細い身体を小さくよろめかせた。紅い唇から苦痛の吐息が漏れ、足元ががくりと崩れかける。
その姿を目撃した瞬間――下劣で、独善的で、己の保身と支配欲のためだけに彼女を開発し尽くしたはずの黒崎の中で、何かが決定的に壊れ、大転換が起きた。
「……あ……怜、花……っ」
血塗れの顔を歪ませ、黒崎が喉の奥から絞り出したのは、これまで裕也たちが一度も聞いたことのない、生々しいまでの焦燥と悲痛に満ちた叫びだった。洗脳の檻で縛り付けていたはずの最高傑作が傷つく姿に、彼の歪んだ胸の奥から、言葉を失うほどの本物の「愛情」が漏れ出していた。
「もういい……もういいから逃げろ、怜花ァァァッ!! 貴様ら、俺の怜花に触るなぁぁぁッッ!!」
黒崎が絶叫する。その、洗脳をかけた主の、しかし歪みのない本物の愛の籠もった叫びがロッジの室内に響き渡った瞬間。
怜花の脳内で、彼女の精神をがんじがらめに縛り付けていた快楽と依存の呪縛の糸が、プツリと音を立てて一瞬だけ激しく揺らいだ。
「……え……?」
恐ろしい氷の女王のようだった彼女の表情が、一瞬にして瓦解する。トロリと蕩けた瞳が驚愕に朦朧と見開かれ、彼女は自身の細い両手を見つめ、それからゆっくりと正面に立つ少年の姿をその網膜に映した。
ずっと黒崎の手が届かない深淵の1%に隠されていた、本物の彼女の魂が、一瞬だけ表層へと浮き上がってきたのだ。
「……裕、也……?」
かすれた、ひどく幼い声で、彼女は本来の弟の名前を確かに呟いた。
「怜花……っ! ああ、俺だ、裕也だ!!」
あと一歩で、本当に救える。その確信に裕也が涙を流し、彼女の手を掴もうと懸命に手を伸ばした、まさにそのコンマ数秒の刹那だった。
「これ以上、喋るなぁぁッ!!」
エネルギー弾が放たれたまさにその刹那、如月るなが激昂の瞳で黒崎へと肉薄し、その脳髄へ向けて容赦のない指先を突き出した。
【PUSH(プッシュ!)】
空間そのものを爆発的に押し潰すサイコキネシスの絶対的な不可視の衝撃波が、至近距離から黒崎の顔面へとダイレクトに炸裂した。
ドガァァンッ!!!
「――ガ、あ、ぶ……っ」
るなの怒りの衝撃をまともに喰らい、黒崎烈治は白目を剥いて床へと激しく転がり、今度こそ完全に意識を失ってその場に崩れ落ちた。二度と口を開くことも、指一本動かすこともできぬまま、その場にはただ重苦しい沈黙だけが残される。
しかし、彼の手から放たれてしまっていた最後の一撃の凶弾は、裕也たちの真後ろ――朧朧と起き上がったばかりだった星崎怜花の、その足元の氷面へとまっすぐに着弾してしまっていた。
「あ――」
裕也の【P・Z】の展開は、直前の激闘による疲労でどうしても間に合わない。
バチィィィィィンッッッ!!!
戦場に、鼓膜を突き破るような凄まじい破壊音が鳴り響いた。
黒崎の放った最後の一撃の衝撃により、怜花の足元に広がっていた分厚い氷面が、瞬時に木っ端微塵となって爆散し、砕け散っていった。
地面が割れたのではない。ロッジの底が完全に崩落し、そこには光すら届かない漆黒の亀裂――「永久表土」の、圧倒的な極寒の暗黒の深淵が口を開けていた。
困惑の中で【P・Z】を展開していない無防備な状態だった怜花の身体は、爆風の余波に押し出されるようにして、その暗闇の底へと真っ逆さまに転落していった。
「怜花ァァァァァァァァッッッ!!! 怜花ァァァッ!!!」
裕也が狂ったように叫び、割れた氷の縁へと飛び込み、必死に手を伸ばした。
しかし、その指先が彼女のドレスの裾に触れることは二度となかった。
吸い込まれるように、極寒の奥底へと沈んでいく怜花。落ちていく暗闇の奥底で、彼女の洗脳の解けた瞳から、一筋の涙が静かに溢れ落ちた。汚され、すべてを黒崎の形に塗り替えられ、それでも彼に依存してしまった自分の歪みと絶望のすべてから解放されたかのように、彼女の唇は、最期にありがとうと微かに形作られ、静かな救済の微笑みを浮かべたまま――。
見てすぐに、どう考えても助けられそうにないと分かるような圧倒的な暗がりの奥底へと、完全に堕ちて、消えていってしまった。
「怜花……怜花ぁぁぁっ!! やだ、嘘だ……嘘だろ、怜花……っ!!」
裕也は砕けた氷の地面に両手を打ち付け、血が滲むほど頭を床に叩きつけた。
初恋の思い出であり、宿命によって結ばれた、たった一人の血を分けた姉。その魂を、あと一歩のところで、自分の目の前で永遠の死地へと落とされた。
そのあまりにも容赦のない残酷な現実の前に、裕也の心は、完全に粉砕された。
「ああ……あ、あ……」
瞳から一切の光が消え失せ、裕也は言葉にならない呻き声を漏らしながら、その場に廃人のようになって崩れ落ちた。魂が完全に抜け落ちた人形のように、ただガチガチと身体を震わせるだけの抜け殻。
戦場には、ただ凍てつく冷気と、あまりの凄惨な結末に息を呑んで立ち尽くするなたちの悲痛な静寂だけが残されていた。
ガシィッ、と。
その血を吐くような絶望のどん底、精神が完全に崩壊しかけていた裕也の背中に、一人の少女が力強く飛び込み、その震える肉体を自分の両腕で壊れるほどきつく、強く抱きしめた。
「裕也くん……っ! ああ、あたしがいる……あたしが、ここにいるから……っ!!」
神楽桃華だった。大粒の涙を流し、血を吐くような悲恋の重さに胸を痛めながらも、彼女は裕也の背中に自身の体温のすべてを預けるようにしがみつき、叫び続けた。
「お願いだから、あたしを一人にしないで……っ! 裕也くん……裕也くんっ!!」
タイクーンの元での地獄のような荒行を共に乗り越え、第1部を通じて誰よりも深く心を通わせてきた桃華の、命懸けの温もりと必死の慟哭。その強烈な抱擁の重さだけが、絶望の深淵へと完全に引きずり込まれかけていた裕也の魂を、ギリギリのところで現世へと繋ぎ止めていた。
「う、……うああァァァァっ……!!」
裕也の瞳から大粒の涙が溢れ出し、彼は桃華の腕の中で、ただ子供のように声を上げて泣き続けた。
◇
すべてを失い、最愛の怜花すら自らの手で奈落へ落とした四天王・黒崎烈治は、完全に魔力を使い果たし、無惨に床へと膝をついてうなだれていた。
その塵の戦場の外縁に、足音もなく、二つの影が静かに滑り込んできた。
隼人と健人の親子だった。
彼らの本領はカトリックの術式と暗躍術、そして必殺のトリック。しかし、暗躍する一匹狼のプロだからこそ、あえて派手な罠を誇示したり、敗者となった黒崎に対して無駄な手口を説明するような不自然な真似は一切しなかった。
中折れハットの陰から鋭い眼差しを向けた父親・隼人が、無言のまま黒崎の前に立ち、カトリックの重々しい術式の刻印をその場に淡々と敷き詰めていく。最初から退路も通信網も完全に封鎖されていた。
「そこまでだ、黒崎烈治」
健人がアッシュブラウンの髪を揺らし、冷徹なトドメの宣告を落とす。
もえや氷室に見限られた四天王としてのプライドも立場も意味もボロボロにされた黒崎は、抵抗する術もなく、静かに警察の手へとお縄となり、連行されていった。
冷たい吹雪が、すべてが崩壊した雪原のロッジを白く塗りつぶしていく。
愛する怜花を失って深く絶望した裕也。その背中を、ただ涙を流しながら抱きしめ続ける桃華。
ただ凍てつく風の音だけが、残された彼らの慟哭をどこまでも遠くへとさらい、世界に底知れぬ傷跡だけを残して吹き落とされていった。
(第26話「別れ」おわり (第一部完)/(第二部) 第27話へ続く)
メインヒロインのひとり有瀬 ゆめが歌う、らいだ~くの挿入歌です
『Underground Dreamer』
架空アニメ 「らいだ~く」 挿入歌
歌:有瀬 ゆめ & アングラサス
https://suno.com/s/1J44iLU25fVqeybX




