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プロローグ

 電車の乗り方も、家までの道のりも、とっくに忘れたと思っていた。

だけど、いざ歩き始めてみたら、気が付けば家に着いていて、それが何とも悔しかった。

 どんなに心のうちを豊田が占めても、結局わたしは現代に生きる人間なのだと、思い知らされるようだったから。


 暫く外には出たくないと思ったけれど、結局わたしは日常を過ごした。

週末には友人との予定が入っていて、人恋しさに会ってみれば、あっという間に日常は戻ってきてしまって、そのまま週明けは仕事にも行った。


 流石に仕事のことはあまり覚えていないし、久しぶりに見つめたパソコンはびっくりするほど眩しく頭痛がした。

 元々辞めたいほど辛いと思っていた訳ではなかったけれど、これを機に転職をする事にした。

 あの戦を経験してしまえば、現代では何だって出来ると思えた。


 それからわたしは、あの時代のことを必死になって調べ始めた。

 あまり勉強は好きな方ではなかったし、本さえそんなに読まなかったわたしが、図書館に通い、資料館に赴き、現代にも残っている史跡を訪ね歩いた。

 そうして、今までのわたしでは知る事が無かっただろう様々を知った。

 

 わたしがあの時代から消えた後、平将門の存在は本格的に怨霊とされ恐れられ、その認識は現代にもずっと続いている。

 けれど、同時に神として祀られた。

恐らく始めは滝姫様から。

 石井の屋敷のすぐそばに立派な神社を建てて、いつかわたしに語った様に、幽世の父を弔いながら暮らしたのだろう。

そう記された書物が今も残っている。


 それから後に、坂東の民も各地に御館様を祀る社を建てた。

 それを知って、わたしは心から安堵した。

あの戦は大義あっての事だったけれど、坂東を戦火に巻き込んだ事は確かだった。

 焼かれた集落の民達が豊田を恨んでいないか、わたしはずっと気掛かりだったのだ。


 時代が変わるにつれて、怨霊として、神として、扱いは少しづつ違った様だけれど、その存在は語り継がれて、坂東だけでなく今では国中に彼を祀る社が建っている。

 それは、本当に凄い事だと思った。

歪められても消されても仕方がない敗者の歴史が、今なお一つの史実として残され、信仰の対象にまで昇華されているのだから。


 しかし、当時を記す書物は少ない。

 あの時代、全員が文字を書けた訳ではないし、豊田の文官達の記した書類や木簡は、秀郷と貞盛の手によって焼かれてしまった。

 だから今残っているものの中には、史実と言うよりまるで物語の様に語られているものや、後の世の創作が加わったものが多いのだ。


 ただその中で、豊田と周辺の確執から朝廷へ弓を引いた最期の戦まで、事の詳細を語る上で信憑性の高い書物が存在する。


 名を、『将門記』。


 軍記物の祖とされるそれの、原本はもう存在しないけれど、写本の一部が今も残っている。

 前半部分の欠けたその書物には、豊田を中心とした十数年の騒動に加えて、民の嘆き、貞盛や朝廷の動向に至るまで、事の仔細が記されている。


 将門記の作者は未詳である。

 けれど、一つだけはっきりとわかる事がある。

それはわたしの他にも、この歴史を語り継ごうとした者が居たと言う事だ。

 わたしが書いた手記は、将門記の中で確かに息づいていた。

 けれど、ずっと豊田に居たわたしに、朝廷や貞盛の動きが分かるはずもない。

 だから将門記には、あの手記に、それぞれの視点で手を加えた者達がいるはずなのだ。

 それも、御館様を悪役に堕とさないように。


 結局、わたしが千年もの時を超えて、あの場所に飛ばされた意味は何だったのか、誰の意思が働いたのか。

 答えは今も見つからない。


 わたしはその答えを探して訪れる史跡の先々で、当時の鱗片を感じては泣き、もう会えない人々に思いを馳せた。

 もう一度あの場所に戻りたいのか、これがただの懐古なのか、自分でも良く分からない。

 辛い事も沢山あった。

それでも、あの場所で浮草と呼ばれて過ごした日々は、わたしにとって一つの大きな宝に違いない。

 

 今では遠く、夢のように感じるその日々を、花の絵の扇子が繋ぎ止めている。 




〈完〉



最後までお読みいただきありがとうございました。

宜しければ評価・感想をお寄せください。


というかもう、感想じゃなくて良いので、貴方の将門公はどこから?とか、この将門伝説が好き!とか何でも結構です。

将門公に魅せられてはや4年、なかなか同じ趣味の方と出会えないので、同じ趣味の方がいらっしゃればとても嬉しいです。


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