11. ドキドキ☆新生活 ①
「――つーわけで、お前ら明日から学校な」
帝の職務室に呼ばれた珠子、光、夕は唐突に告げられる。
「光と夕は護衛として入るが、一応成績も出してもらうから、ちゃんと授業受けろよ」
「えぇぇぇぇぇぇぇ」
夕の絶叫の声が、部屋の外まで響き渡った。
「俺……学校ろくに行ってなかったし……勉強なんて生きてて何の役にも立たないし……」
正座のまま横に倒れた夕を、そこに座っていた女が膝で受け止める。
「まあ、可愛い」
珠子もそちら側に寄って、夕の頬をつついてみる。
「紋子の小さい頃を思い出すな、姉上」
紋子が幼い頃は、珠子や瑛子にくっついて、とにかく離れなかった。
「あの子最近触らせてくれないのよねぇ。だから珠子で解消しに来たんだけど……今日はこの子にしちゃおうかしら」
「どうぞご自由に使ってくれ」
珠子はほっとして夕を差し出し、改めて帝と向き合った。
「治院はどうするんだ」
珠子は治院拒否事件を引き起こした後、2日ほど休んで、結局また治院へ行き始めた。
あの時は、また行きたくなる日なんて、一生来ないと思っていたのに。
数日休んでみると、あっさりと行けてしまって、我ながら拍子抜けしてしまった。
また同じことにならないよう、今は3日に1度ほど休んでいるが。
「行ってもいい。ただし学業が優先だから、行ける時間はかなり減るだろうがな」
「なんで急に学校へ行けなんて話になったんだ?」
学校に行きたくないわけではない。
会いたい友達もいる。
だが、なぜ今になってその話が出てきたのか。
「ガキ学校に通わせんのが、この国の大人の義務だからだ」
身分関係なく、子供たちが学校に通わされるようになったのは、帝が幼かった頃だと言う。
その頃は5割を下回っていた就学率も、制度の改革や、現帝の半ば脅迫的な勅によって、今は9割を超えている。
「こんだけ人助けてきたんだ。お前のあの5年間の、人見捨ててきたーなんてくだらねぇ罪悪感も、そろそろ消えてきたんじゃないか」
「……っ」
翳力を封じて部屋にこもり、世界に干渉しないように生きていたあの日々。
恵まれた力を使わないことの罪悪感は、重く降り積もっていた。
「父上はもっと、人の心の機微に疎いかと思ってた」
「それくらいお前が分かりやすいやつってことだ」
しばらくの沈黙の後、父娘は顔を見合せて吹き出す。
光は、それを見て胸をなでおろした。
夕はといえば、相変わらず何かブツブツ言いながら、瑛子に撫で回されている。
「はっきり言って、重傷者の治療をお前一人に任せている今の状態は不健全だ。お前がダメになりゃ代わりがいないし、そんなのは医術と言えない。ただの奇跡だ」
帝は、握りしめた自分の拳を見ながら語る。
「奇跡にすがってちゃ、人の足は止まる。この先の当たり前の医術のために、珠子、今お前が助けられる人たちを見捨てろ」
帝の言うことは正しい。
けれど、ただ見殺しにするだけというのは、できればしたくない。
「ならその当たり前を実現させるために、珠子ができることはないのか?」
帝は、待っていたとばかりに、悪い笑みを浮かべた。
「そこでお前に、俺の研究を手伝ってもらいたい」
「……!」
帝は、己に降りかかった病なら、どんなものでも癒すことができる。
その力を保険として、流行病などにわざわざ罹り、癒しの術は使わず、様々な薬草や術を試すのだ。
そして命に危険が及ぶところまでいくと、癒しの術を使い生還する。
それを繰り返して、翳術に頼らない治療法を見つけ、庶民にまで行き届くようにした。
そうやって、毎年の流行病で死ぬ者は、大幅に減ってきている。
「お前がいりゃ、生きたまま体を切り開くこともできんだもんなぁ。なんなら今からやるか?」
「明日からにするよ。じゃあ学校に行きつつ、その研究を手伝えばいいってことだな?」
そうなればやはり、治院に行く時間を確保することはかなり難しくなるだろう。
「そうだ。まあ、そんなにこき使う気はないから安心しろ。とりあえず最初は、学校に慣れるところからだな」
「特に夕がな……」
珠子は、相変わらず瞳と歯を震わせている夕を見やる。
「あの……、私は5年前も同じ学校に通っていましたし、千影だと気付かれませんか?」
光は、話の区切りが着いたところで、やっと口を開けた。
「あ~大丈夫じゃね?」
帝は適当に返す。
「珠子も、千影の母上には似てるなーって思ったけど、女だし、お前が千影だなんて可能性すら考えてなかったぞ」
宴会場の屋根の上で再会したとき。
もっとも、その時は相手が千影だとは気が付いていなかったから、再会と言えるかは微妙だが。
性別を偽られては、疑うということすらしなかった。
「それよりあなたが気を付けるべきは、自分の欲望に飲まれないことだと思うわ」
「……え?」
満面の笑みで話に入ってきた瑛子に、光は固まる。
「その顔なら、男も女もほほいのほいでしょう?ちゃんと自制するのよ~。でも、珠子は大丈夫だからね」
「大丈夫ってなんだ」
柔らかな声で笑う姉に、珠子はキレる。
光は、困ったようにどっちつかずの顔をしている。
「光」
「はい」
光は、帝から名を呼ばれ、今度は何を言われるのかと体を強ばらせた。
「ガキの世話は大変だろうが、珠子と夕を頼んだぞ」
「はい」
まともな事を言われてほっとする光とは反対に、珠子はムッと頬を膨らませる。
「何かあったら俺や右京に言え。そんで珠子」
「あい」
珠子は、そっぽを向いて適当に返事をする。
「楽しんでこいよ」
「……っ」
一瞬言葉を返せずに、珠子は息を詰まらせる。
「……任せとけ」
どこかむず痒い気持ちを抑えて、珠子は胸を張った。
「それなら早く準備しなきゃな」
話を切りあげ、珠子は立ち上がる。
「教本なんかは部屋に届ける」
「わかった」
珠子の返事を聞くと、帝はまた、法的な書類なのか自身の研究なのか、筆を走らせ始めた。
「夕……は」
「一緒に運びましょうか」
嬉々としながら言った瑛子とそれに引いている珠子で、夕を両側から支える。
本当は自分が運んだ方がいいのだろうが、瑛子の楽しそうな様子を見て、光は3人を見守ることに決めた。
扉を開けて、珠子たちを通す。
「それでは、失礼します」
3人に続いて部屋を出ようとした光に、帝は言った。
「光、ありがとうな。珠子のこと」
「もったいないお言葉です」
――珠子のやつ、多分すぐガタが来ちまう。そん時は、側にいてやってくれねぇか?
帝は、牢に捕らわれていた光と面会した際、そう託していた。
父親としては情けないが、珠子には、自分よりも光の言葉の方が届くと思ったから。
結果、今の珠子の楽しそうな様子が見られているのだから、自分の選択を後ろめたくは思わない。
部屋の外には、壁に背を付けて右京が控えていた。
頭を下げて通り過ぎる光に、右京は呟く。
「わしもまた楽しそうな姫様を見られて、嬉しい限りじゃ。感謝するぞ、光」
「私や皆様、そして姫様自身の思いが実ったのでしょう」
光は謙遜するでもなく、思ったままを述べた。
その言葉に、右京はしばらく、珠子たちの後ろ姿を目を細めて見送る。
「すべては我が国の為に」
「心得ています」
光はまた一礼して、珠子の後を追った。




